第3話 一度食ってみな、飛ぶぞ


「じゃあ、唐揚げ作っていきましょうか」

「うんっ!」


 気を取り直してキッチンに立つ俺。

 殺し屋さんは花が咲いたように目を輝かせ、小学生のように元気いっぱいに声をあげた。しかしふと冷静になって恥ずかしくなったのか、コホンと咳払いし「は、早くしてよ」と低い声で言い直す。……何だろう、ちょっと可愛く見えてきた。


「まずはといた卵を入れます。肉がしっかりと卵を吸ったら、次はこれを入れ――」

「しゃ、覚醒剤シャブ!? ダメだよ、そんなの入れちゃ!!」

「薄力粉と片栗粉です」


:シャブwwww

:いや確かに白い粉だけど

:伊波さんの冷静なツッコミ好き


「普通にスーパーで買えるものですよ。知らないんですか?」

「す、スーパーで……? あっ、いや、知ってる! 知ってるよ! もう知り過ぎて、一周回って驚いちゃったの! まさかそんなありふれたものを使うなんて、と思ってさ!」


 何だその言い訳は。

 そりゃ使うだろ、唐揚げなんだし。


「んじゃ十分に衣がついたんで、揚げる前にもう一回ちょっとだけ片栗粉をまぶしますね」

「……うわぁ、追いシャブしてる……」


 ボソッと呟いたその一言に、俺は軽く噴き出した。

 リスナーたちも一斉に草を生やしており、コメントが加速する。


「油の温度は160℃くらいで。お肉、入れていきますね」

「おぉー……じゅわじゅわいってるー……!」

「あんまり顔近づけたら、油が跳ねて火傷しますよ」

「熱っ!! か、からあげ、攻撃してきた!?」

「だから言ったじゃないですか」


 ここから少しずつ温度を上げていき、最終的には180℃の油で揚げる。

 低い温度から火を入れた方が、肉はやわらかく美味しく仕上がるのだ。


「音を聞いててください。今は水分が多い感じの音がしてますよね。これが段々と、パチパチとした軽い音に変わっていきますよ」

「ん……? おぉー、本当だ! 泡も大きいのから小さい感じのに変わってきた! 魔法みたい!」


:殺し屋さんが純粋すぎてくそ可愛い件について

:初見。どういう状況?

:自分を殺そうとしてたやつ相手に料理教室開いて唐揚げ食わせようとしてる

:意味わかんねえww


 安心してくれ。

 当事者の俺も、まったく意味がわからない。


「じゃあ、ここで一旦バットに移します」

「完成したの!?」

「余熱で火を通して、油の温度を190℃まで上げて更に揚げるので、もうちょっと待っててください」

「……」


 わかりやすくシュンとする殺し屋さん。

 ……何か犬みたいだな。髪色的に、シベリアン・ハスキーか。そう考えると、もうそれにしか見えなくなってきた。


「そんなにお腹空いてるなら、おやつでも食べて待ってます?」

「……い、いや、いい! 最高のコンディションでからあげを食べたいから!」


 フンスと鼻息を荒げ、両の瞳に硬い意思を宿して腕を組む。

 迫力こそあるが、ただ唐揚げができるのを待っているだけなのだから格好がつかない。


「さて、仕上げです。休ませていた唐揚げを油に入れますよ」

「うぉー! 何かさっきより音すごいし、泡も大変なことに……! ば、爆発しそうだよ!」

「水分を一気に飛ばして、表面をカリッとさせてるんです。……よし、こんなもんでしょう。完成しました」


 再び唐揚げをバットに移すと、殺し屋さんは「やったー!!」と両手を振り上げた。

 次の瞬間、自分が何をしに来たのか思い出しハッと目を剥く。すぐさま手を後ろに回して口笛を吹くも、何一つ誤魔化せていないしその目は唐揚げを捉えて離さない。


「早速一個、食べていいですよ」

「えっ……? いやでも、ちゃんとテーブルにつかないと行儀が悪いんじゃ……」

「意外とそういうこと気にするんですね」


 殺しはOKで、マナー違反はNGなのか。


 順守すべきは法律の方だと思うが……。

 かなり特殊な倫理観の中で生きてきたのだろう。


「キッチンに立つ者には、出来立てを一番に食べてもいいって特権が与えられているんです。むしろ食べない方がマナーに反しますよ」

「へ、へぇ……まあ、知ってたけどね? それくらい常識だし」

「はいはい」


:殺し屋さん、いちいち知ったかするの何なのww

:かわえー

:銀髪黒スーツのクール系美女でアホの子は推せる


 俺が目の前で一個頬張って見せると、殺し屋さんは警戒しながらも一個を手に取った。熱そうにしつつ持ち上げ、息を吹きかけ少し冷ます。


 そして桜色の唇を控えめに開き、唐揚げにかぶりついた。


「ん゛ぅううううう!! うまっ!! うんまぁ!! 何だこれっ、何だこれぇえええええ!! こんな美味しい料理、生まれて初めて食べた!!」


:リアクション完璧かよ

:青空レストランかな?

:やべー腹減ってきた

:うまそう


 殺し屋さんは両手両足をバタバタと動かし、感情を爆発させた。

 両の瞳は眩いほどに輝いており、俺を見つめながら全力で唐揚げを咀嚼する。


 ――こんなに美味しい料理、生まれて初めて食べた。


 不意に、昔母親に言われた言葉を思い出した。

 自分の料理を直接誰かに食べてもらい、美味しいと言われたのは何年ぶりだろう。


 ずっとこれが欲しかった。

 欲しくて、努力して、精一杯頑張ったのに……店があんなことになって、もう自分には向いていないと諦めてしまった。


 腹の底がじんわりと温かくなり、同時に堪らなく照れ臭くなる。

 抑え切れない思いで頬が綻び、どうしようもなくニヤけてしまう。


:伊波めちゃ嬉しそうやん

:この人ずっと追ってるけど、ちゃんと笑ってるとこ見たの初めてかも

:確かに

:ちょっと泣いてね?

:ほんとだ

:よくわかんけど何か感動した


 好き勝手なことを言うリスナーたち。

 コメント欄から意識を逸らして目を拭い、気を取り直して殺し屋さんと向き合う。


「そ、そんなに美味しいですか?」

「美味しいなんてものじゃないよ! もう一個いい!?」

「あっ……えっと、どうぞ」

「ふわぁああああ! 美味しいなぁ……! 何だこれはっ、顔が……くそっ、ニヤけちゃう……! うぅうううまい!! 美味いっ!!」


:ニヤける殺し屋さん、ごちそうさまです

:初見だけど、この人の唐揚げそんなに美味いの?

:レシピ参考に何回も作ってるけどガチで店の味

:自分居酒屋やってますけど、この人の唐揚げ店で出してます

:一度食ってみな、飛ぶぞ

:概要欄にレシピ動画あるから作ってみたらいいよ

:伊波さんが作ったら余計に美味いんだろうなぁ


 殺し屋さんが全力全開で感動を伝えてくれるためか、多くのリスナーが興味をそそられているようで、凄まじい速度でコメントが流れる。俺一人でやっても、絶対にこうはならない。


「もう一個食べたい!」

「ど、どうぞ。まだまだ食べますよね? 俺、もっと作りますよ」

「いいの!?」

「はい。無駄な殺生をしないため、ですもんね。食べなきゃもったいないです」

「えっ? ……あっ、あぁ、うん! そう、その通り!」


 どういう経緯で自分が唐揚げ食べてるか完全に忘れてたな、この人。


「白ご飯もあるので、勝手によそって食べちゃってください」

「うぉおおおお!! そんな悪魔的な組み合わせ、美味しいの確定じゃん!」

「何だったら、マヨネーズでカロリーマシマシにしても美味しいですよ」

「それ、絶対やばいやつだ! 美味しいしかないやつだ!」

「じゃあ、どんどん揚げていきますね」

「はいっ!」


:いい返事すぎて草

:手あげちゃってて草

:返事が可愛すぎるんよ……

:伊波もニコニコじゃん

:いい茶番だった


 唐揚げなんて、特別な料理でも何でもない。

 油の処理の面倒さを除けばかなり簡単な方で、いつもならほぼ作業。何の感情もいらないし、何の感動もない。


 それなのに――。


 お茶碗に白米、その上に唐揚げを乗せて、ウッキウキで揚がるのを待つ殺し屋さん。隣に彼女がいるだけで、俺は作るのが楽しくて仕方がなかった。





――――――――――――――――――

 あとがき


 作中に下味の分量は出ていないのですが、鶏もも肉600gに対して、醤油大さじ2、料理酒大さじ2、鶏がらスープの素小さじ1、こしょう適量、おろしニンニク&ショウガ適量、マヨネーズ(もしくはごま油)適量、で作っています(肉の量に応じて調整してください)。ニンニクとショウガはおうちでおろすと幸せになれます。


 唐揚げのレシピは星の数ほどあるので、ぜひとも自分の舌に合う味を探してみてください。


 市販だと、元祖からあげ本舗の唐揚げが一番好き。オススメです。


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