第12話 バカ女と第3回戦と自問自答
「姫路さんは!?われらが聖母はどこに行ってしまわれたんだ!?」
「もう全てがどうでもいい。何もかも。世界から色が消えた」
「頬が濡れてる。今日は雨だな」
「待ってこれ、手震えるんだけど」
補習室から飛び出した瑞希の行方がわからなくなったことで、Fクラス生徒たちは右往左往の大混乱に陥った。無理もない。Fクラスというドブに咲く花がいなくなり生きる意味を失ったのだろう。
飛び交う食べ物、砕ける食器類、踏みつぶされる人間。教室では逃げ惑う客と暴れまわる生徒たちによる終末世界が広がっていた。
これぞ阿鼻叫喚。そんな暴動を鎮圧できるのはたった1人の暴君だけだ。光の速さで獲物の背後にまわった美波は、横溝浩二の首を直角にへし折った。
「く・へ・し・ぶ(首をへし折らないと静かにならないのか、ブタ野郎共が)」
憐れ。魂が抜け膝をついた浩二は窓から外へと放り投げられた。てんやわんやの大騒動は鎮静化され、室内に静寂が訪れる。
「教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育」
「大変申し訳御座いません。厳しく改善指導致します」
「大変申し訳御座いません。即指導致します」
「大変申し訳御座いません。指導徹底致します」
執拗に同じ言葉を繰り返す美波を目の当たりにしたFクラス男子たちは一列に整列。誰もが酷く怯えた表情で軍隊式の敬礼をしている。
覇者の一括で混乱フェイズは終わり中華喫茶「ヨーロピアン」が再始動する。ビッグなモーターのようにFクラス生徒たちがあくせく稼働する中、真剣な面持ちの美波が明奈に近寄った。
「ウチが瑞希を探してくる。アンタたちは自分のなすべきことをしなさい」
「美波ちゃん……瑞希ちゃんのこと、任せていい?」
「うん。任された」
「ありがとう。雄二、いこう。次の試合が始まっちゃう」
「…………おう」
唇を一文字に結んだ明奈はどこか上の空な雄二とともに、試験召喚大会のステージへと向かった。
・・・・・・・・・
「これより2年生の試験召喚大会、第3回戦を開始いたします!Bクラスの岩下・菊入ペアとFクラスの坂本・吉井ペアはステージに上がってください!」
自己防衛のための出血でふらついていたすみれだったが、今や元気一杯に大会を進行している。さきほど輸血を終えたばかりであり血色も良い。司会兼実況のすみれに促され、明奈と雄二はバトルフィールドに登場した。
「殺気ッ!?見切ったァ!」
「へぶぁっ!?」
刹那、ステージ上の明奈に向かって釘バットが飛んできた。殺気を感知した明奈が避けたことで、飛来した凶器はすみれの頭部に直撃。怒髪天に釘バットが刺さり大量出血した少女は仰向けになって倒れた。
気づけば、武器で直接攻撃してきた狂戦士は、ゆらりとステージ上にあがっていた。Bクラスの真由美は、邪悪な笑みを浮かべて、トンファーを舌で舐めている。
「とうとう来たわぁ……Fクラスの劣等どもに復讐するときがねぇッ!」
「ゆ、雄二?何だろうあの子、明らかにおかしいよ?」
「あれだ、五月病ってやつだろ?だらしないヤツほど季節の変わり目にはあんな風になるんじゃないのか?」
「違うッ!真由美がイカれちゃったのは全部アンタたちのせいよッ!」
どういうことか?説明しよう!
学園長の陰謀で始まったBクラスとFクラスの模擬戦で、真由美はFFF団による暴力の被害に遭った。その結果、極度の人間不信とPTSDに陥り、苦痛と恐怖の極限の極限状態に置かれてしまったのである。
その際、真由美は教室で無様に失禁してしまった。これにより心無い生徒たちに陰で「
気の強い女ほどアナルが弱いとはよく言われるが、別に真由美の菊門は緩くない。完全な風評被害だ。だからこそ、事実無根かつ最低なあだ名が付く原因となったFクラスのことを真由美は憎んでいた。
公衆の面前で失禁した彼女の自業自得と思われるかもしれないが、未だかつてない命の危機を感じた危機において、儚い乙女がお漏らししないわけがない。だというのに、なぜ極限状態を経験していない部外者たちに、これほどまでに屈辱的な扱いをされねばならぬのか。
そんな悲しき事情を律子は、Fクラスのバカ2人に対してかなりオブラートに包んで話す。なお、雄二は神妙そうに頷いているが、興味もないので話半分に聞いていた。また明奈に至っては逆恨みだと感じており唇を尖らせている。
「なるほど。つまり菊入にとってそこのクソバカゲロカスゴミ女は仇敵というわけだ」
「そうだけど……貴方、よくチームメイトをそんな風に呼べるわね」
「あのさー、身に覚えのないことで責められても困るんだよね。完全に冤罪じゃん」
「アァァァァァ!シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ」
明奈が他人事のように不満をこぼすと真由美は大声をあげて発狂した。首元をガリガリと搔きむしりながら絶叫しており、その眼は虚ろで焦点が合っていない。
狂気に染まった少女に対して観衆たちは怯えているが、明奈と雄二からすればこの程度は日常茶飯事だ。子を諭す母のように穏やかな笑みを浮かべた明奈はゆっくりと近づいた。
「菊緩さんの怒り、私にも理解できるよ。でもね、それは私たちのせいじゃない。本当の敵は他にいるはずだよ」
「カス女……」
「菊緩さん……」
わずか数メートルしか離れていない場所で足を止め、明奈は真由美と言葉を交わした。
目と目が合う瞬間、好きだと気づくのが歌姫だった。では、クソバカゲロカスゴミ女と狂戦士が見つめあったとき、何が生まれるのか。
「死ねこのクソゴミがぁぁぁぁぁああああああ!!」
「弾幕回避ィ!」
情け無用の殺戮である。
すんでのところで真由美の振りかぶったトンファーを躱す明奈。怨念と力のこもったトンファーは狂戦士の手をすっぽ抜け、監視役としてその場にいた国語教師・竹内先生の顔面にめり込んだ。
このとき唯一の仲裁役である彼女が昇天したことで、試合はルール無用の殺し合いへと変貌。なりふり構わない真由美の凶行にすっかりビビってしまった明奈は、へこへこゴマを擦りながら相手のご機嫌とりを始めた。
「暴力反対!暴力反対!仲良くいきましょうよ!こんないがみ合ってどうするんすか!ラブアンドピース!」
「お前が悲劇を呼んでいるんだ!他者を守り英雄になりたいなら自滅しろ!みんなが助かる!」
「いえいえ!あっしは英雄志望なんかじゃありやせん!ただ楽しくて自由な学園生活を送りたいだけの小市民なんですわ!お代官様ほんま堪忍やわ~、えへっえへっ」
「その身勝手な願望の結果、私は生き恥をさらしているッ!この学園の全てが、お前たちFクラスのせいで嫌いになった!私の人生を台無しにしたカス女とバカどもを、私は絶対に許さない!」
無様に命乞いする明奈だったが、真由美は聞く耳を持たない。スカートの下に隠していたレッグホルスターから彫刻刀を取り出し投げつける。
飛来した暗器は明奈の頬を掠り、背後で観戦していた一般人の脳天に直撃した。オーディエンスから血しぶきと悲鳴があがる。外道乙女と名高いクソバカゲロカスゴミ女とはいえ、無辜の民の命を奪う行為にドン引きする。
「あっぶな!?凶器の持ち込みは禁止だよ菊緩さん!」
「その名で呼ぶなカス女がぁぁああ!今ここで惨たらしく殺してやるッ!」
「バカ!狂人に何言っても無駄だ!とっとと倒すぞ!」
「そんなことさせない!真由美は私が守る!」
律子の言葉とともにハンマーを持った召喚獣が現れる。雄二の召喚獣のメリケンサックによる一撃を受け止めると、ハンマーを大きく振りかぶってステージ端へと追いやった。
図らずも雄二と明奈が分断されてしまった。一念発起して猛勉強を始めた雄二といえども、Bクラス相手には無双できない。一進一退の攻防が続く中、律子をなんとか説得しようと言葉を投げかける。
「岩下ァッ!お前はそれでいいのかッ!?このままじゃ取り返しのつかないことになっちまうぞ!」
「私はッ!真由美を救えなかったッ!おかしくなっていくあの子に対して何もできなかったッ!だからせめて真由美が復讐するのを助けてみせるッ!」
「道を踏み外そうとしている親友を正しい方へと導くのがお前のすべきことだろうがッ!」
「うっさいうっさいうっさいッ!他人の気持ちを踏みにじるアンタに綺麗事を言われる筋合いなんかないッ!」
「ッ……!?」
召喚獣のハンマーが空を切る。律子は大粒の涙を流しながら雄二を睨みつけた。
「どうしてなのッ!?どうして貴方たちバカは現実を直視しないのッ!?自分たちのあらゆる言動が他人を傷つけているって何でわからないのよォッ!?」
「…………違うッ!違うんだッ!俺は……俺はアイツのために……ッ!?くそッ!」
「学年主席も可哀想よねぇッ!?周囲をメチャクチャにする自分勝手なバカが幼馴染でッ!まさに人生の汚点ッ!確実に黒歴史だわ!」
「黙れッ!黙れッ!黙れェェェッ!!!」
捨て身の攻撃で律子の召喚獣が吹き飛ばされる。そして手を離れたハンマーが雄二の召喚獣をつぶし、結果的に2人は相討ちとなった。
感情が高ぶった律子はその場で泣き崩れる。一方、雄二は唇を嚙み拳を握りしめていた。
「俺は……いったい、今まで何のために何をしてきたんだ?」
これまでしてきたことは間違いではないのか。過去の自分を否定しかねない疑問に答えが出せぬまま、雄二はやるせない面持ちで天を仰ぐ。
そんなシリアス空間の近くでは、真由美と明奈が地獄の追いかけっこに興じていた。狂戦士はクソバカゲロカスゴミ女に向かって様々な凶器を投げつけている。
「貴様らは自尊心を満たすためなら、世界すら犠牲にする!シネ!シネッ!シネェェェッ!」
「世界だなんて大げさ過ぎるよっ!?犠牲になるのはせいぜい何らかの業を抱えた人間だけだ!」
「言うに事を欠いて私を咎人扱いかァッ!?」
投擲されたカッターナイフを明奈がひらりと回避したことで、逃げ惑う観客に刺さった。出血、悲鳴、絶叫。無秩序な光景を前に真由美はけたけたと大声で笑う。
「きひひひひひひいっ~~、きゃははははは!いーひひひひひひ!戦いだぁ。蹴破り血煙り昂るわッ!アハハハハハハハハハ!シネシネシネシネシネコロスコロスコロスコロスコロスシネシネシネシネシネ」
「っていうかさぁ!菊緩さんって正気だよねっ!?いつまで狂ったフリをすんのさっ!?」
狂人のように笑い大暴れしていた真由美の動きがピタリと止まる。
「アァ?ワタシガ、ショウキ?」
「何の意味があって、そんな狂気に染まったような演技をしているのですか?アナタの狂気は正気に過ぎる。そんな賢し気に大人しく同情を買うよう振る舞うなど、狂気に対して失礼というものです。出来損ないの狂人の演技デス」
「私は……正気……」
「かまってちゃんなのはいいけど、はっきり言って大根役者だったよ?まったくもって見るに堪えない演技デス」
「………………ハハッ。アハハハハハハハハハァッ!よぉーくわかってるじゃないッ!そうよ私は冷静沈着で正気よッ!だから冴えわたった脳内にアンタを嬲り殺しにするアイデアが炭酸のようにシュワシュワと無限に浮かび上がってきてるッ!」
「うん?あれ?おかしくない?ここはさ、恥ずかしさとかで身悶えして弱体化する流れじゃないの?」
「羞恥心なんか感じなくなったわッ!アンタのおかげでねェッ!私を構成するのは怒りと憎しみとほんの少しの愛だけだァッ!」
改めて真由美は覚悟を決める。このカス女を惨殺してやる、と。血涙を流しながら真由美は天に向かってもろ手をあげて声を張る。
「子羊が第六の封印を解いたとき大地震が起こった!太陽は漆黒に染まり、月は血のように赤くなった!Fクラスという愚かで邪悪な下等生物どものせいで、世界は破滅の道を突き進み終焉へと向かっている!」
「コラー!人を下等生物扱いしちゃいけないって義務教育で習わなかったの!?今の菊緩さんは小学生以下、いや犬以下だよっ!」
「劣等がぁッ、身の程をわきまえろォォォォオ!」
どこからか取り出したゴルフボール入りの靴下を、真由美はヌンチャクのように振り回す。もう何も怖くない。再び奇声をあげながら明奈に向かって突撃した。
ひらりひらりと避ける明奈だったが、死のステップダンスをいつまでも続けることはできない。
「鮮血!恐悦!喝采!叫喚!」
「こんなひどいことするなんて信じられない!ゴルフを愛する人への冒涜ですよ!」
「喝采!叫喚!死屍累々!零れ溢れて阿鼻叫喚!」
「ダメだ!もう菊緩さんには人語が届いていないっ!こうなったら奥の手だぁ!」
背に腹は代えられない明奈は、試合前に青スーツのクソガキから奪った腕時計を取り出し、そこから麻酔針を射出した。首元に針が刺さった真由美はうめき声をあげステージ上に倒れる。
「し……試合……終、了っ……。勝者はっ……はぁ……はぁ……Fクラスのゴミ2人っ……ぐふっ……」
狂戦士が倒れたことで、気合で起き上がった血まみれのすみれは試合終了を宣言した。ピクリとも動かなくなった親友に、目を泣きはらした律子が駆け寄る。
「真由美ィーーッ!!どうしてッ!?どうしてこんな酷いことをッ!?」
「安心してよ。アフリカ像も永眠するような猛獣用の麻酔薬だから」
「どこに安心できる要素があんのよッ!鬼!悪魔!カス女!」
「あ~久しぶりの褒め言葉キター。ホント最高の気分だよ」
「~ッ!このクソバカゲロカスゴミ女ッ!絶対に復讐してやるから覚悟してなさいッ!」
「負け犬の遠吠えキモチー!これだよこれ!他では味わえなかったドーンときて、ガシャーンとやられる感覚!脳汁ドバドバですわ~!」
満足げに高笑いする明奈だが、第3回戦では観客を含めて多くの被害者が出た。悲しみ、憎しみ、怒りがうごめく試験召喚大会の会場を見つめながら雄二は、犠牲を払ってまで得る勝利だったのかを自問自答する。
自分勝手に動くバカのせいで世の中は狂っていく。真由美の凶行は、これまでのFクラス生徒たちの暴走の副作用の象徴ともいえる。それは雄二が見落としてきた、いや自身の目的達成のために直視してこなかった罪だ。
「俺は……どうしたらいいんだ……」
追い詰められたような表情で俯いている雄二は、苦しげに呟いた。
いつの間にか自分は目的と手段を取り違えていた。翔子との関係を認めてもらうために、何でもやってきたはずだ。ところが、道徳や倫理を無視してバカ女たちと暴れてきた結果、却って自分が翔子に相応しくない男であることを周りに示してきたのではないか。
それに翔子の想いはどうなるのか。幼馴染、いや愛する女の気持ちを無視して踏みにじってきたのはお前だ。そう言わんばかりに律子が突き付けた事実は、罪悪感とともに彼の脳裏に残っていた。
・・・・・・・・・
「やっと見つけた。ったく、手間かけさせないでよね……」
試験召喚大会の第3回戦が始まった直後、美波はようやく探し人を見つけ出した。
ここは旧2年Fクラスの教室だ。人は誰もおらず、新学年が始まったかつての状態のままだ。そんな廃墟の隅に瑞希は座り込んでいた。体操座りをしたまま、入室してきた美波にちらりと視線を向ける。
「……なんだ。来てくれたの、美波ちゃんなんですね」
「アンタ……随分と言うようになったじゃない。アキじゃなくて残念、とでも言いたいの?」
「わかってるならわざわざ聞かなくてもいいじゃないですか」
「このっ……クソアマ……っ」
そっぽを向いて拗ねる瑞希に青筋を立てる美波。思わず手が出てしまいそうになるが、相手は曲がりなりにも大切な友達である。前髪をかきあげてため息を吐くと、ムスッとしたままのお姫様の隣に座り込んだ。
「はぁ~……。で?こんな辛気臭いところで喫茶店をサボるお姫様はなにがしたいわけ?引きこもりにでもなりたいの?」
「別に……私はお姫様なんかじゃ……」
「偉大なご両親に反発して泣きながら逃げ出して、自分の殻に閉じこもって愛しの王子様が来るのを待ってるんだから、立派なかまってちゃんのお姫様でしょ」
「だって…………どうすればいいのか、わかんないんだもん」
「じゃあなに?埃まみれの小屋でただただ指くわえてるわけ?アンタ、シンデレラのストーリーも知らないの?」
「シンデレラが逆境を抜け出せたのって別に自分の力じゃないですよね?魔法使いと王子様がいたから、ハッピーエンドになったんです」
「屁理屈こねてんじゃないわよ」
「でも事実です。美波ちゃんと違って、私は頭がいいからわかるんです」
ナマ言いやがって。こいつ〆たろか。
怒りのあまり笑顔のまま握りこぶしを作りわなわなと肩を震わせる美波だったが、そんなことお構いなしに湿気たどんよりモードの瑞希は半ば愚痴るように話を続けた。
「さっき美波ちゃんも見ましたよね。お父さんは絶対に私を転校させるつもりです。保護者が決めたことを学生の私が覆すことなんて……」
「じゃあ何よ?アキたちの頑張りは無駄だって言うの?」
「そういうわけじゃ……。ただお父さんの決意が思ったよりも固くて……それで私も何をどうすればいいのか、全然思い浮かばなくて……」
「アキみたいに独り暮らしとかすればいいんじゃないの?アンタ一人っ子だし、安全な日本なら問題はないでしょ」
「でもお父さんはきっと認めてくれません。だって過保護ですし、転校も私のためですし」
「あーでもない、こーでもないってウジウジ言い訳するのは一丁前にできんのね」
「……色々と悩んで考えた結果わかったんです。やっぱり私は文月学園にはいられないって」
瑞希は力なさげにそう呟くと、ぎゅっと自らの腕を掴んで縮こまった。
ふと美波の頭をよぎったのは、これまでに彼女が見てきた明奈の顔だった。瑞希を案ずる心配そうな表情。瑞希のため試合へ向かう真剣な表情。瑞希や自分に向けられた幸せそうな笑顔。
愛する少女があれほど頑張っているというのに、目の前の友達はなんて情けないのか。
「待ってよ!なによなんなのよこの茶番は!こんな横暴、謙虚で奥ゆかしくて心優しき私が許しても、神様は絶対に許さないはずよっ!」
「神様の心せまっ!?」
「こんなところで腐ってんじゃないわよアホ瑞希ッ!アンタができることはまだ他に色々とあるでしょ!」
気づけば美波はその場で勢いよく立ち上がると吠えるように大声をあげていた。ビシリと瑞希を右人差し指で指すと、だらしない彼女へのお説教を始める。
「だいたいアンタ、いつの時代のヒロイン気取りよ!?誰かの助けを待ち望む無力で世間知らずな清純派(笑)のヒロインなんてイマドキ流行んないわッ!いつまでもぺらぺら……メルヘンぶっこいてるんじゃねぇッ!」
「なんなんですか一体!?今日の美波ちゃん、すっごく意地悪ですっ!」
「瑞希が救いようのないアホだから、アンタにとって耳が痛い話をしてるだけよッ!」
一度、発した言葉は取り消せない。美波は怒りのあまり早口で捲くし立てる。
「お隣の天使様ァ!?僕の心のヤバい奴ゥ!?恋する着せ替え人形ォ!?ウチから言わせればそんな奴ら
「そんなの……今は別に関係ないし……」
「関係大アリよッ!明らかにヤベー奴感を出しておきながら、清純派ヒロインのフリしようとしてる卑しくて浅ましい女がこの場にいるんだから!姫路瑞希とかいうアホ女がねぇっ!」
「なっ……!」
「アンタはねぇ純粋無垢な清純派ヒロインなんかじゃあないッ!アンタもウチも翔子も、欲望と野心と下心まみれの俗物なんだからッ!ドラクエならバルザック、ハリーポッターならヴォルデモートなのよッ!」
「ち、違いますッ!私、そんなんじゃっ」
「自分をアマガミの絢辻だと思うな!ウチらはノラガミの妖よ!」
絢辻さんは裏表のない素敵な人です(鋼の意志)。
啖呵を切った美波はそのまま言葉を重ねた。それは彼女の決意と覚悟に満ちたものだった。
「ウチはアキのためなら悪魔に魂を売る。世界を敵にまわそうとアキを守るッ!それを邪魔するなら例え親や妹であってもなぎ倒してみせるッ!」
「美波ちゃん……」
「翔子だってそうよ!アイツは頭のネジが飛んだイカれたサイコ女だけど、アキと坂本のためなら何でもやる。アンタにはその覚悟がない!すべてを投げ捨ててでもアキを得ようとする鋼の意志が!」
「でも、だって……仕方ないじゃないですか……。アキちゃんのことが好きでも、周りがそれを許してくれないんですから……」
「そうやってやる前から諦めてんのが腹立つのよッ!一般常識なんか犬にでも食わせときなさい!障害は自分の手で取り除け!ウチはそうする!そして誰がなんと言おうが、アキはウチが独占する!それが嫌ならFクラスに戻ってきなさいアホ瑞希ッ!」
美波はそう言うと、大きな音をたてて教室から出ていく。
言い方は少しキツかったかもしれないが、彼女なりの激励の言葉だった。それに瑞希とて、美波の言うことが正しいというのはわかっていた。それでも罪悪感と自己嫌悪のあまり、再び膝に顔をうずめて現実逃避してしまう。
「私だってアキちゃんのすべてが欲しい。美波ちゃんや翔子ちゃんとも幸せな学園生活を送りたい。でも自分の本心を曝け出したら、きっとみんな私のことが嫌いになっちゃう」
たった1つだけ、瑞希には何もかも投げ捨ててでも達成したい夢があった。
ただ、それは両親や美波や翔子だけでなく、愛する明奈にさえも否定されかねないものだった。
みんなに嫌われたくない。だから悪魔のような発想を封印したまま、文月学園から去るべきではないのか。非情な現実を前に、いつしか瑞希は堂々巡りの自問自答を繰り返していた。
「私は……私の中の鬼が怖い」
外の喧騒から隔離された教室内で泣きじゃくる。
あなたは奈落の花じゃない。もしも明奈がいたら瑞希をそうやって慰めてくれただろう。
だが、今この場に現れたのは明奈ではなかった。
「鬼さんこちら。手の鳴るほうへ」
子守唄を歌うかのごとく何かを口ずさむ女の声が響く。
咲かないで、咲かないで。そう願ってももう遅い。
種を残し、芽を出せば再びカルマが廻る。
それは永遠に繰り返される
それは決して交わらぬ
「どんなに逃げても捕まえてあげる」
顔をあげた瑞希の前では、七分丈のパンツに半袖のカッターシャツと薄手のベストを着た女性が艶やかに微笑んでいた。
「何かお悩みのようですね?瑞希ちゃん」
悪魔がやってきた。
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