第11話 バカ女と試験召喚大会と親心


「みなさーん、お待たせしました!これより2年生の試験召喚大会、第1回戦を開始いたします!」


 校庭のステージで女生徒が掛け声をかける。清涼祭2日目、文月学園ならではの試験召喚戦争をPRする宣伝行事である試験召喚大会がついに幕を開けたのだ。


「司会は放送部員の新野すみれが務めさせていただきます!皆さん、どうぞよろしくお願いいたします!」


 学園長不在の中で教頭先生がスポンサー集めに尽力した甲斐あってか、学年ごとに特設ステージを設けられている。形式はトーナメント制であり、事前に出場登録のあった2人組がタッグマッチを行う。ちなみに第1回戦はFクラス対Eクラスと、下位クラス同士の戦いだ。


「さて、選手入場です!第1回戦は教科・数学でバトルです!観客の皆さんから見て左側にいるのが、Eクラスの中林宏美さんと三上美子さんです!」


 すみれの掛け声とともに照明がEクラスの2人を照らす。多くのスポンサーマネーが投じられたイベントだけに、設備も気合が入っている。多数の観客がいる会場は熱気につつまれていた。会場内ボルテージの高まりを受けて、女生徒はテンションを上げる。


「対するFクラスは姫路瑞希さんと島田美波さんです!さぁ、Fクラスのお2人は準備できてい、ます……か?」

「はい!Fクラス、ヒメジミズキ!ガンバリマス!」

「………………シマダミナミデス」


 そこには美少女とバケモノがいた。

 自らをヒメジミズキと主張する明奈は胸にバレーボールをつめてピンク色のかつらをかぶっている。美少女による美少女のコスプレであり何ら違和感はない。

 問題なのが隣に立ち、シマダミナミを名乗る雄二だ。明らかにサイズ不足な女生徒向け制服は、はち切れんばかりにピチピチだ。ギリギリまで引っ張られた布地の隙間と膝上15㎝のスカートの下からは、彼の筋肉質な肉体が見え隠れする。

 なんて名状しがたきバケモノなんだ!照明が悲しきモンスターこと雄二を照らすとともに、会場はSAN値ゼロの阿鼻叫喚に包まれた。


 どうして雄二はこんな気持ち悪いコスプレをしているのか?

 説明しよう!

 翔子から無限重婚という悪魔的な計画を聞かされた明奈と雄二は、それを阻止すべく試験召喚大会に出場しようとした。ところが、大会の出場期間はすでに終わっており、2人は登録できなかったのだ。

 そこで明奈と雄二は、すでに登録を済ませていた瑞希と美波に土下座して頼み込んだ。どうか、翔子を止めるために代わりに出場させてほしい、と。瑞希と自分のタッグの方がまだ勝ち目があるのではないか、と考えた美波だったが、当の瑞希があっさりと承諾したため、結局バカコンビに出場権を譲ることになった。

 ただ、登録されているのは美少女2人であり、美女と野獣ではない。そこで明奈の発案で、2人は瑞希と美波に変装することになったのであった。

 以上!

 

 観客が絶叫し嘔吐する中で、プロ意識の高いすみれは自らの太腿にボールペンを突き刺して正気を保った。脚から鮮血を流しながらKOOLにバカ2人を諭す。


「あの……出場者の交代はルール上認められているので、そんな気持ち悪いコスプレをして誤魔化そうとしなくても良かったんですよ?」

「歯ァ食いしばれバカ女ァ!」

「違う違う違うッ!私知らなかった!そんなルール知らなかっただけッ!ホントだからッ!」


 なんと憐れなことか。ルールを碌に読まなかったバカ女のせいで、雄二は癒えぬ傷を負ってしまった。

 消えない黒歴史を残した雄二は、渾身の一撃を明奈にかました。それは見事なアルゼンチン・バックブリーカーであり、さながらロンドン名物タワーブリッジだ。

 その際、雄二のスカートが広がり男らしいトランクスが衆目に晒された。誰得なパンモロである。


「あァ……アアアアア~~ッ!目がァァ~!目がァァァアッ!」

「コロシテ……コロシテ……」

「なんということだぁー!Fクラス代表の史上最低なコスプレにEクラスコンビが撃沈!これは勝負ありぃっ!」


 気持ち悪い女装を持ち前の体育会根性で堪えた宏美と美子だったが、流石に2回目の即死攻撃は避けられない。あえなくSAN値直葬となり発狂、病院送りである。

 通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のゴリラは好きですか?私は嫌いです。何はともあれ、明奈と雄二の初陣は多大なる犠牲を払って不戦勝となった。


・・・・・・・・・


「死ねェッ!私とお姉さまの愛のデスロードを邪魔する泥棒ネコがァッ!」

「見ィ切ったァッ!」

「アキちゃああん!私と楽しい着せ替えごっこしましょぉぉおお!」

「緊急回避ィッ!」

「おー、すげぇなこりゃあ。バカ女にしかタゲ向かないから楽チンだぜ」

「見てないで助けてよッ!この外道ヘタレゴリラッ!」


 続く第2回戦は清水美春と玉野美紀のDクラスタッグとの対戦だ。試合開始早々にリアルファイトを仕掛けてきたガチレズコンビは、雄二に見向きもせず明奈を追いかけまわしている。

 敵のヘイトを一身に受ける明奈はまるでトレインちゃん。完全に蚊帳の外である雄二は後方腕組みオタクと化して、てんやわんやする3人をひたすら眺めている。パツンパツンの制服で仁王立ちする雄二は醜怪の極みだ。


「我こそは正義の番人!死の歌の指揮者だ!お姉さまに横恋慕するメス豚に死を与えん!」

「さぁ、一緒に作りましょう!私だけの夏限定アキちゃんコレクション……そう、アキコレ!サンシャイン・エクステンション!」

「あー。飽きたからもういいわお前ら。ここで終わっとけ」

「「「ひでぶっ!」」」


 なろう系主人公みたいなイキり方をした雄二に、3人は吹っ飛ばされた。一撃KOされており、これぞTHEかませ犬な負け方である。ちなみに、明奈が巻き込まれる必要はまったくない。コラテラルダメージなんかじゃなく、私怨によるフレンドリーファイアだ。

 地理という暗記要素の多い科目ゆえか、彼の点数は短期間のうちにCクラス並みに成長していた。科目次第では、Bクラスの上位の生徒が相手でも対等に渡り合えるほどの実力を備えつつある雄二なのであった。

 女装ゴリラという宇宙的狂気を再び直視した司会のすみれは、ボールペンを腕に突き立てることで正気を保ちつつ試合終了を告げる。


「これは意外な結末!急遽、参戦したFクラスの美女と野獣コンビが第2回戦も勝利したー!第3回戦は午後からなので、気色悪い野獣には早く消えてほしいですねー。切に」

「おいおい。お前、あの放送部員に気色悪い野獣扱いされてるぞ。残念だったな」

「鏡見てみなよキモゴリラ。トぶよ?」


 こうして明奈と雄二はDクラスの百合乙女コンビを難なく突破し、トーナメントを勝ち上がった。


・・・・・・・・・


 次の試合までの時間を過ごすため、明奈と雄二は校庭から補習室へと戻った。教室の入り口には小規模ながらも人だかりができており賑わっている。Fクラスの中華喫茶は案内待ちの列ができるくらいには繁盛しているようだ。


「クレームもらおうが何しようが、まず売れ。もうなりふり構わず売るしかない。今うちのクラスに必要なのはそこだ。最低だよ。進歩あってもクソだ。果敢にチャレンジするんだ。それも思いっきり高値でな」

「「「「アラホラサッサー!」」」」


 教室内では中華喫茶の統括マネージャーを自称する亮が陣頭指揮をとっていた。グレイスでテックな掛け声にクラスメイトもやる気満々のようだ。不気味なモジャモジャ頭の中華料理人が作った料理は、Fクラス生たちによって手際よく配膳されていく。


「ふーん、ナカナカヤルジャナイ」

「テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるなぁ~」


 まるで人気レストランのような動きに、通常の制服に着替えた明奈と雄二も驚く。

 繁盛する店内を入口近くで眺めていると、明奈は後ろから抱きつかれた。


「バカなおねーちゃーん!」

「わわっ、葉月ちゃん!どうしたのその可愛いチャイナドレス?すっごく似合ってるよ!」

「いつもカメラで盗撮しているスケベなお兄ちゃんが作ってくれたのです!」

「…………なぜ俺を指さす。俺はスケベじゃないし盗撮なんてしてない」

「流石ムッツリーニ!スケベな盗撮魔もここまで有能だとあっぱれだよ!」

「…………何度も言わせるな。俺はスケベじゃないし盗撮もしてない」

「嘘こいてんじゃないわよこの変態がッ!勝手に写真撮ってんじゃないわよッ!」

「あべしっ!」


 かさかさと床を這いずり回ってローアングルから瑞希や美波、葉月を撮影する康太だったが、美波のスタンピング・クラッシュであえなく撃沈。白銀のスナイパーなどではなく所詮はただのムッツリなので、康太は墓地に送られるとともに500ポイントのダメージを受ける。

 中華喫茶の看板を持つ美波と隣で苦笑する瑞希。どちらも康太が夜なべして作ったチャイナドレスを着ていた。美少女2人の可憐なコスプレに男性客の目はくぎ付けだ。

 しかしながら、当の美少女たちはチャイナドレスを持って明奈へと迫る。少し興奮気味であり流石の明奈もドン引きだ。

 美少女の豹変ぶりに精神を破壊された男性客たちはすっと目線を床に向けた。一歩間違えればトラウマものである。


「さぁアキ!あんたもムッツリーニが作ったチャイナドレスを着なさいッ!特別にエチエチ仕様にしてあげたんだからッ!」

「そうですよ明奈ちゃん!さぁ早く!私たちとお揃いのチャイナドレスに今すぐ着替えてくださいッ!そして明奈ちゃんの特別写真集のための撮影をして、その後はめくるめく百合ワールドに突入しましょうッ!」

「ちょちょちょーい!2人とも鼻息荒くて怖いっ!ムッツリーニよりも変態さんみたいだよ!?」

「…………俺は変態じゃない」

「こらこら。お主ら入口の近くで騒ぐのをやめぬか。悪目立ちしておるぞ」


 いつの間にか教室から出てきた秀吉は、美少女2人の頭をお盆で軽くはたいて落ち着かせた。

 着ているのはチャイナドレスではなくウェイターの制服だが、これはこれでかなり似合っていた。さながら男装している美少女のようで、男性客はそわそわしながら秀吉のことを見ている。

 彼らもどうやら新たな性癖の門が開かれたようだ。おめでとうコングラチュレーション超親友ブラザー。オマエたちは強くなれる。

 それはさておき、雄二はわけがわからないと言わんばかりに首を傾げている。どうやら秀吉の本当の性別を忘れてしまったようだ。


「ん?待て待て、なんで秀吉はチャイナドレスを着てないんだ?おかしいだろ常識的に考えて」

「お主こそ何を言っとるか。わしは男じゃぞ?」

「お……おう?そうだな?そうだったな?確かに?そういう設定だった気がするぞ?うん?」

「…………ハハ、ワロタ。ナイスジョーク秀吉ちゃん」

「チャイナドレスが恥ずかしいのはわかるけど、秀吉ちゃんが男装すると文月学園中に特殊性癖が広がっちゃうからやめた方がいいと思うよ?ウェイトレスの格好をしなきゃダメでしょ」

「お主ら、わしを無礼なめるのも大概にせぇよ」


 青筋を浮かべた秀吉は持っていたお盆で3人を力一杯ぶん殴る。演劇部の力仕事で鍛えられた剛腕は、バカトリオの頭に大きなたんこぶを作った。そんなこんなで、いつも通りバカ騒ぎをしていると突如、明奈は後ろから声をかけられた。


「失礼。君がFクラスの吉井さんかな?」


 そこにはスーツを着た40歳前後の男性がいた。見るからにインテリジェントでキングスマンな風貌であり、いわゆるイケオジというやつだろう。

 いきなり面識のない謎の男性から声をかけられ身構える明奈だったが、同時に瑞希が驚いたように大声を出した。


「お父さん!どうしてここに!?」

「え!この人、瑞希ちゃんのお父さん!?」

「ご挨拶が遅れました。私は姫路瑞希の父です」

「あっ……ご丁寧にどうも。私は吉井明奈と言います」

「……なるほど。やはり君が“あの”吉井さんか」

「あらあらまぁまぁ~。瑞希ちゃんがご執心になるのもわかるくらい素敵な娘ね~」


 姫路父の後ろからひょっこりと顔をのぞかせた女性は、年端もいかぬ幼子のように見える。出るところは出ているものの、その小柄で愛くるしい姿に美波は顔をほころばせた。


「あら可愛い。瑞希ってば妹がいたのね。もしかしたら葉月と同い年かしら?」

「葉月よりお姉さんな気がするのです!ただ、学校で会ったことないのです」

「そもそも瑞希ちゃんの妹さんって小学生なの?それとも、もう中学生?」

「……はぇっ!?いや、その……えっと……妹じゃないです。お母さんです……」

「初めまして姫路瑞穂と申します~。いつも娘がお世話になってますわ~」


 その瞬間、時が止まった。

 それは1分か、はたまた1時間か。とにかく長い時間が経過したように感じられた。

 動きを止めたバカどもと姫路親子。冷え込んだ空気。尋常じゃないほどに居心地の悪い空間だ。

 刹那、再起動した明奈たちは一斉に姫路父を指さして絶叫した。


「「「「ロリコンだぁぁぁぁぁああああああ!!」」」」

「君たち……初対面の人に対していくらなんでも失礼じゃないかね」


 いきなりの爆音上映に姫路父は顔をしかめる。妻と出かけると1時間ごとに職務質問されるだけあって、ロリコン扱いは慣れたものだ。

 だが、ここからがFクラスの本領発揮。汚物を見るような冷たいまなざしを向けつつ、容赦なく姫路父のメンタルを削りに行く。


「こいつはくせえッー!ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッーーッ!!」

「人間の屑がこの野郎……」

「悪行はそこまでじゃあっ!」

「…………君さぁプライドなさすぎちゃう?もしもしポリスメン?」

「こっちに来なさい葉月っ!このロリコンオヤジの毒牙にかからないうちにっ!このゴミカス死ねッ!」

「ほら!この社会的地位だけは無駄に高そうなおじさんだって所詮はロリコンなんですよ!こんな汚物が存在を許されるなら、10年しか年の離れてないバカなお姉ちゃんと葉月が結婚するのも普通なのです!」

「うふふ、私は41歳ですから~。お父さんとは別に年の差カップルではありませんよー」


 罵詈雑言の嵐であった。これぞFクラス・クオリティ。モラルも何もあったものじゃない。

 姫路父はピンチでちょっと泣きそうだが、妻を悲しませまいともちこたえた!

 涙を隠すため少し上を向いて天井を見つつバツが悪そうな瑞希に話しかける。


「くっ………………瑞希のクラスはいつもこんなに賑やかなのかい?」

「……うん。だ、だけどっ!普段はもっと理性的だし、基本的に良い人ばかりなの」

「にわかに信じがたいが……。そこの少年だって先ほどの試験召喚大会で、吐き気を催す邪悪なコスプレをしていただろう?正気とは思えない」

「おい、お前のせいで俺の名誉が毀損されているじゃねぇか。死んで詫びろバカ女」

「雄二が秀吉ちゃんみたいに華奢で女の子みたいだったら良かったんだよ。私は悪くない」

「…………気色悪すぎてカメラにデータを残せなかった。存在が罪。秀吉ちゃんを見倣えゴリラ」

「夜道にはせいぜい気をつけるのじゃな。クソバカゲロカスゴミ女とヘタレクソザコナメクジムッツリよ」


 刹那、始まる小競り合い。キーキー騒ぎながら足を踏み、肩を殴り、髪の毛を引っ張る。低レベルで見るに堪えない喧嘩を繰り広げるバカ4人を目の当たりにして瑞希の父は嘆息した。


「残念だが、彼らは潜在能力を著しくアンダーパフォームしている。この学園は瑞希に相応しくない」

「そんなことないッ!みんな、私の大切な……お友だちなのッ!」

「朱に交われば赤くなる。周りに腐ったミカンしかなければ、瑞希まで腐ってしまう」

「違うッ!Fクラスのみんなは腐ったミカンなんかじゃないッ!私の成績だって落ちてないもんッ!」

「成績の問題ではない。人間性の問題だ。彼らの存在が瑞希に悪影響を及ぼすと言っている。それに、Fクラスの設備はスラム街のごとく劣悪だと聞いた。もし瑞希が体調を崩したらと思うとお父さんは心配なんだ」


 声を荒げて反論する瑞希だが、暖簾に腕押しだ。

 困ったように眉を下げた姫路父は諭すように語る。よく見ると彼の眼は本気で愛娘のことを案じているようだった。

 さもありなん。賢さF・人間性F・スキルポイントゼロのFクラス生徒たちなぞと一緒に過ごすよりも、優秀な生徒が集う名門校に転入させて安心安全な学園生活を過ごさせた方が、瑞希にとってベストだと考えても無理はないだろう。弁護士としてやべー奴らを見ている姫路父の言葉だからこそ重みがある。


「お願いだ瑞希。お父さんの親心をわかってくれ」

「ッ……!お父さんの馬鹿ッ!」

「瑞希っ!待ちなさいっ!」


 大した反論もできず、かといって父親の親心を無碍にもできず、まさに八方塞がりだ。

 一瞬、諦めに似たような苦悶の表情を浮かべた瑞希は、子供じみた捨て台詞を吐くと学園のどこかへ走り去った。

 傷心の瑞希を独りにさせられないと判断した美波は、彼女の後を追った。

 残されたのは4バカと姫路夫妻だ。親子喧嘩を目の当たりにして、何とも言えない微妙な雰囲気になっている中、姫路父は頭を下げて謝罪した。


「君たちすまない。楽しい学園祭に水をさしてしまった」

「別に気にしてねぇ、すよ。もめ事なんて日常茶飯事だ、です」

「そうか、日常茶飯事か。……正直、学校選びに失敗したと後悔しているよ。独自かつ最先端の試験召喚システムなら、瑞希も楽しい学園生活を送れると思ったのだが……。実態は極端な格差社会を是とする乱暴な校風だったなんて」

「いやいや、文月学園もまっこと素晴らしい学校ですぞ。のう、吉井よ」

「文月学園のここがすごい!徹底した実学教育で、健康、医療、スポーツ、経営学など幅広い学問が学べるんだぞ!」


 健康(を劣悪な環境で守り抜く方法)、医療(の大切さと素晴らしさ)、スポーツ(のように行われる殺戮での生き残り方)、経営学(では制御できないサルとの共同生活を送る術)を学べる学園だ。

 コンビニなどで流されるような宣伝文句でアピールするが、姫路父の反応は芳しくない。


「瑞希ちゃんってば昔から病弱でしたからお父さんは過保護になっているんですよ~。あの子を安心して任せられる環境なら良いんですけどー。……そういえば、明奈ちゃんって瑞希ちゃんのガールフレンドなんですか~?」

「えぇ!?私と瑞希ちゃんは別に恋人同士じゃないですよ~。ただ、私のものになってほしいとは言ったので擦れ違いがあったかもしれません」

「あらあらあらあら~!うふふ~!いいですね~、青春ですね~!」

「いったいどういうことだ?恋人ではないが自分のものになってほしい?」

「瑞希ちゃんを私の所有物にできれば転校もなくなるかと思ったんです。ちゃんと手の甲に油性ペンで名前も書きました!」

「まるで意味がわからんぞ……」

「気にしないほうがいいですぞ。こやつは文月学園最底辺のバカですからのう。脈絡などあってないようなものじゃ」


 頭痛を抑えるように頭に手をやる姫路父だったが、秀吉の言葉に納得すると改めて明奈たちを見つめた。そして、ため息交じりに語り出した。


「……君と瑞希が恋人だったとしても、君たちが親友だったとしても、私の考えは変わらないよ。今の時代、遠距離恋愛なんておかしくないし友人なら休日に集まればいい。本音では君たちと瑞希をあまり会わせたくないがね」

「それは俺たちがバカだから、すか?」

「いいや違う。学力や成績なんてどうでもいい」


 疑問を投げかけた雄二と向かい合うと、姫路父は話を続けた。

 自分の半分程度も生きていないような少年に対するような態度ではなく、1人の人間と向き合うような真剣な顔だ。


「君たちは腐ったミカンであり劇薬だ。ヘドロで暮らす君たちとあの娘では端から住む世界が違う」

「お言葉ですが、学校や肩書なんて関係ない。清流に棲もうがドブ川に棲もうが、前に泳げば魚は美しく育つんです」

「素晴らしい言葉だが、瑞希には当てはまらないな。あの娘は純粋無垢な白紙タブラ・ラーサだ。親バカと誹られようが、醜悪な現実に接して欲しくない。吉井さん、どうか私のエゴを受け入れてくれ」

「やです」

「……もう一度聞かせてくれるかい?」

「何度聞かれても答えは同じです。やです」


 姫路父を睨みつけると明奈ははっきりと言い切った。

 そして、拳に力を込めてケツイを胸に声を張り上げる。


「大切な友達を、親の都合で奪われるのを見過ごせるわけないじゃないですか!」

「姫路殿。悪いがわしらは抵抗させてもらうぞ。なにせわしらは腐ったミカンじゃからのう」

「…………バカの底力、見せてやる」

「好きにしたまえ。だが、君たちが何をしたとしても私の考えは変わらない。瑞希にとってベストなのは文月学園からの転校だ」


 明奈たちと姫路父の間で火花が散る。

 威勢のいいハッタリかもしれないが、それでも明奈は何が何でも瑞希の転校を阻止するつもりだった。その気持ちは秀吉と康太も同じだ。策なんて何もないが、とにかく前へ進もうとやる気満々である。


「俺とあいつでは住む世界が違う……か」


 ただ1人、雄二だけはどこか上の空だ。

 その眼に映るのは、瑞希ではなく、在りし日の幼馴染の後ろ姿だった。

 まもなく試験召喚大会・2年生の部の第3回戦が始まる。

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