第6話 バカ女とFクラスと覚醒

「試験召喚戦争の模擬戦、ですか?」

「せっかくの仕組みを中々活用してくれないからね。ここらで一度、体験させようと考えたのさ」

「ですが……なぜFクラスと?」

「あいつらの方が下手なクラスよりも経験豊富だろう?」

「…………承知しました。では早速セッティングいたします」

「頼んだよ、高橋先生」


 藤堂学園長の言葉を受けて高橋先生は一礼し退室した。その様子を見届けると学園長は深く椅子に腰かけるとため息をこぼした。


「戦闘訓練、か……」


 せっかくの仕組みが宝の持ち腐れになっていませんか。昨日、学園長のもとを訪ねてきた女性はそう言い放った。今でも目を閉じれば彼女の貼り付けたような笑みがはっきりと浮かび上がる。


『試験召喚戦システムはまだ発展の余地があります。ともに新時代の教育を作りませんか?』


 よもや自分の子供とも呼べるような年齢の小娘がビジネスパートナーになるとは。学園長は窓の外に目を向けると口角を上げた。突如やってきたチャンスに久方ぶりに興奮しているのかもしれない。


「まったく……あの姉妹は何なんだろうねぇ」


 デスク上のパソコンには試召戦システムに関するプレゼン資料が表示されている。それは来月のハーバード大学の研究会で披露する予定のものだった。


・・・・・・・・・


 朝早く姉に起こされ家から送り出された明奈は、珍しく遅刻することなく登校できていた。本来、学生として当たり前のことなのだが、普段しない善行に何だか気分も良く、ちょっとしたルンルン気分だ。教室の扉を勢いよく開けると高らかにクラスメイトたちに挨拶をした。


「はろーやーやー、皆様こんにちは!」

「うるせぇ!バカは黙ってろ!」

「えぇ!?あんまりですわ~!」


 激おこプンプン丸の雄二に怒鳴られてしまう明奈なのであった。だが、いくらなんでも理不尽が過ぎる。不審に思った明奈は、心配そうに雄二を眺めている瑞希たちに声をかけた。


「ねぇねぇ、あのオコリザルは何が不満なの?」

「吉井さん、それが……」


 明奈の疑問に対して瑞希が今朝あった出来事を話した。どうやら雄二は早朝に学園長に呼び出されたらしい。そこで何とBクラスとの試召戦を勝手に決められてしまったという。

 あくまで模擬戦だが、Fクラスの敗北ないし不参加となれば不戦期間を延長されてしまうペナルティ付きだ。しかも戦闘エリアが限定されており、試召戦の監督者たる教員が立つ位置まで固定されている。保健体育や数学など、一部のFクラス生徒に有利な科目の教員を連れて奇襲攻撃することができない。

 おまけにFクラスの主戦力が全てAクラス戦で露呈してしまっている以上、戦況は非常に不利だ。開戦タイミングは今日の5時限目の終了後。午後最初の授業の後なので昼休みを挟むとはいえ、相手の戦力を分析しこの制約にあった作戦を立てる時間的余裕はない。


「なーんか変よね。こういうのってフツー当日に決めないでしょ?」

「それに学力を考えるとCクラスかAクラスがBクラスの相手には妥当だと思うがのう」

「…………不可解」


 突然、Fクラス不利な形で決まった模擬戦に美波や秀吉も釈然としないようだった。今、Fクラスを叩きのめす理由はないはずだが、何か陰謀めいたものを感じてしまう。最近はトラブルを起こしていないのでなおさらだ。もちろん、西村先生のロッカーから没収品を強奪したバカはいたが、あの事件は首謀者の停学処分で決着がついたはずだ。


「いったい何が目的なんだあのクソババァ!?ふざけやがって!」

「いい加減落ち着け雄二よ。抱え込んでしまうのはお主の悪いクセじゃぞ」

「あの……坂本君、もしよければクッキーをどうぞ。考え事をするときは甘いものが大事っていいますし」


 頭を抱えて苦悶する雄二を見かねたのか、秀吉が声をかける。瑞希もティッシュペーパーにのせた美味しそうなクッキーを雄二に手渡した。なんと手作りである。美少女クラスメイトから差し入れを貰った雄二にはもれなく羨望と嫉妬の眼差しが向けられる。


「……悪ぃ、少し冷静になるわ。ありがとな姫路。ありがたくいただくぜ」

「はい!お役に立てたようで私も嬉しいです」

「えぇー!?姫路さんの手作りクッキーいいなー!雄二のくせに!ずるい!」

「ふふ……吉井さんの分もありますよ。はい、どうぞ」

「わーい!やったー!」


 可愛らしくラッピングされたクッキーを貰った明奈は喜びのあまりクルクルと回りながらダンスしている。これだけあれば勝ちですわ、パクパクですわ。

 だが、いざ袋を開けてクッキーを口にしようとしたそのとき、ズゴンという大きな音を立てて雄二が顔面を教卓に打ち付けた。よく見ると、顔は紫に変色しており僅かに身体も痙攣している。


「雄二?いきなり倒れて、どうしたの?」


 不審に思った明奈は、雄二の身体をゆさゆさと揺らすが返事はない。そんな様子を眺めていた秀吉はふと衝撃の事実に気付いてしまう。


「のう吉井よ……もしやこやつ、息をしておらぬのではないか?」

「……え?」

「ちょっとアキ!坂本の脈、全然動いてないわよ!」

「…………ATMもってくるッ!」

「キャッシュマシーンなんか持ってきてどうすんの!?ちがうよムッツリーニ、ADBだよADB!」

「…………っ、了解!」


 猛スピードで教室を出ていく康太だが、当然ながら今この状況で必要なのは、停止した雄二の心臓に電気ショックを与えるAED(自動体外式除細動器)だ。間違ってもATMやADB(アジア開発銀行)ではない。


「姫路さん!いくら雄二がクズだからって毒殺するなんて酷いっ!モテない男子の純情を弄ぶのは重罪だよ!」

「えぇ!?ちょっぴり隠し味は入れましたけど毒だなんてそんな!」

「……ねぇ、瑞希。その隠し味って……何?」

「食感を滑らかにするための王水、とか」

「クッキーに猛毒を???」

「でも最終的に加熱しますし」

「加熱で無毒化できるものにも限りはあるでしょっ!?」


 予期せぬ瑞希の天然行動に明奈は盛大にツッコミを入れた。不思議そうに首を傾げる瑞希は可憐でキュートだったが、雄二の心臓はいまだに停止中だ。


「…………吉井すまない!ANAがなかったから代わりに道端に落ちていたローターを持ってきた!」

「仕方ない!これで雄二の心臓を振動させよう!」


 明奈と康太は阿吽の呼吸で雄二のシャツを引っ剥がし大胸筋を露出させると、露わになった乳首の上にローターを置きスイッチを入れた。ぴくりとも動かない雄二の胸板の上で、プルプルと大人の玩具が揺れ動く様はどことなくシュールだ。

 もちろん、何ら医学的に意味のない行いだが、きっと雄二にとって素敵な黒歴史となるだろう。なお秀吉はその様子をスマートフォンで撮影していた。やめたげてよお!


「ネットに上げたらバズるかのう?」

「…………ダメだッ!全然効いてないッ!」

「心臓マッサージだよムッツリーニ!ほらっいくよ!」


 ローターによる心肺蘇生を諦めた明奈と康太は、足をのせるとリズムに合わせて雄二の胸部を繰り返し踏みつけた。どうやら友達とはいえ他人の大胸筋に素手で触るのは抵抗があったらしい。ただ、傍から見ると死体蹴りをしているようにしか見えない。

 友を足蹴にする行動に瑞希と美波はドン引きするが、明奈たちは必死な形相で雄二の大胸筋を踏んでいる。だが数分ほど経過したところで、明奈は疲れのあまり座り込んでしまう。

 

「もうダメっ……!疲れたっ!雄二のことは諦めよう!」

「…………惜しい人を亡くした」

「あの……吉井さんと土屋くんは本当に坂本くんのお友達なんですか?」


 2人がかりで掃除用具入れのロッカーに雄二を押し込む様子を見て、瑞希は至極まっとうな疑問をこぼす。

 一応、ベストフレンドらしいですよ?ただ、友達を保健室に運ぶどころか、腫れ物に触るかのごとく存在を抹消しようとする様には猛烈な違和感がある。魑魅魍魎が集うFクラスだが、なかでも明奈や雄二の仲良死4人組はひときわ歪な友情関係を築いているようだ。なお、悲しいことにこの状況に慣れてしまった美波は、頭を右手で抑えている。


「いよーう坂本。Bクラス代表がわざわざ宣戦布告に来てやったぞ」


 そんな雄二の生死をかけた茶番を繰り広げていると教室の扉が開いた。入口にはBクラス代表の根本恭二と男子生徒が数人ほど立っている。望まぬ来訪者たちの存在に、さきほどまでワイガヤ状態だったFクラスは一瞬にしてお通夜のように白けてしまった。


「教授、あれはもしや」

「うむ、成績は良いが評判は最底辺な根本恭二じゃな。通称、文月学園の畜生。テスト問題を盗み出してカンニングをした、常に刃物を携帯している、など黒い噂が絶えない下衆じゃ」

「なぁ……なぜ俺は見ず知らずの老人にここまでコケにされるんだ?」

「いや、これは代表が全面的に悪いだろ」

「うん!因果応報だな!」

「お前ら後で覚えておけよ……」


 須川亮と教授(と呼ばれる不審者の老人)の言葉に恭二は不満をこぼす。だが、後ろに控えるBクラス男子たちは冷静に老人を擁護した。そのことに青いスーツと蝶ネクタイのクソガキは違和感を抱き考え込んでしまう。文月学園の近所に住む眼鏡の少年だが、生徒でもなければ関係者でもないので不法侵入したただの不審者である。


「妙だな……クラス代表なのに味方が誰もいないなんて……本当にコイツは代表者なのか?」

「おい!誰だよこの生意気な小僧は!てか、なんでFクラスには当然のように不審者たちが徘徊しているんだ!?」

「いやいや、代表。そういう細かいとこ気にしちゃダメじゃね?」

「ホント神経質すぎるのが問題だわ」

「Fクラスが1人増えたからって目くじら立てるなよな」

「なんなんだよもーっ!代表に対して文句を言うな!しかも俺は別に間違ってないだろうが!」


 悲しいことに今のBクラス代表はクラスメイトからまるでリスペクトされていないようだ。それどころか、必ず否定が入ってくる。おそらく真っ当なことを言っても、普段の恭二の素行が悪いせいでクラスメイトから一々反発されてしまうのだろう。

 本人は知らないがクラスメイトによる恭二のあだ名は「空気汚染機」「人間失格」「虫」など凄惨たるものだった。根本くん……かわいそうネモ。

 時間も惜しいのでロッカーの中に収納された雄二の代わりに秀吉が応対した。恭二に対する不快感を営業用スマイルで隠す実に紳士的な対応だ。


「根本よ、雄二は今ここにおらぬぞ」

「はぁ!?これだからバカは嫌なんだ!無能で役立たずのくせに最低限のマナーすらも守れない!」

「すまぬのう。ささやかじゃがお詫びのしるしをくれてやろう」

「って!ローターなんぞ寄越してくんじゃねぇ!いらねぇよ!」

「…………雄二が使ったやつなのに?」

「余計いらんわっ!」

「かーらーのー?」

「しっつこいなお前ら!」


 癇癪を起すかのように怒りをぶちまける恭二に秀吉もイラっとしたのだろう。挑発するようにさきほどの心肺蘇生ごっこで使ったローターを手渡した。

 当然、恭二は憤激したが、その怒りを煽るかのごとく康太と明奈が茶々を入れ出した。誰もが100%悪意でやっているので救いがない。全員悪人というアウトレイジなFクラスであった。

 おちょくるように秀吉は笑みを深めた。いわゆる暗黒微笑というやつで、BL漫画の鬼畜ドS攻めがよくしがちな表情だ。


「いやぁ、根本ごときが遠慮なぞしておるのかと思ってのう」

「…………陰湿な奴ほど素直じゃない」

「日本語って難しいよね」

「お前ら日本語もわかんねぇのか!?日本語わかる奴出せよ、じゃあ!」

「根本くん……その、吉井さんたちはちょっとお茶目なので……」


 頭に血がのぼった恭二を宥めるように見かねた瑞希が仲裁する。リアル巨乳JKの美少女にそう言われては下劣な汚物と呼ばれる恭二も流石に矛を収めるしかない。べろべろべーと腹立たしい顔をしたバカ3人組に対する殺意を抑え込んで長いため息を吐いた。


「はぁ~……、姫路さんには心底同情するよ」

「……えっと、同情ですか?」

「こんなバカどもと過ごすなんて苦行だ。劣等生なんぞいない方が良くないか?人間は自分たちの群れにそぐわない、群れ全体の利益にそぐわない人間を処刑して生きていける」


 恭二はそう言うと蔑むような薄ら笑いを浮かべた。そんな彼に同調したBクラス男子たちも含み笑いをしている。

 成績上位クラスにはFクラスのことを好ましく思っていない生徒が多くいる。学力の差を試召戦で強引に覆そうとしているのだから多少の批判や反感が出るのは仕方がない。

 とはいえ、恭二の過激な言葉を受け入れている辺り、もともと選民思想が強いのだろうか。自分たちより下だと思っているFクラス生徒を侮蔑するような態度が見え隠れする。


「まったく、Fクラスのクズどもに払う金があるんだったら、猫でも救って欲しいものだがな」

「ちょっと根本、いくらなんでも言い過ぎよ」

「あ?胸も点数もない女は引っ込んでろ」

「なっ……ウチだって漢字さえ読めれば!」

「漢字だぁ?」


 やれやれと呆れたように首を振ると恭二は底意地の悪い笑みを浮かべ、揶揄するように言い放つ。


「漢字も読めねぇヤツが日本にいるんじゃねぇよ」


 恭二の冷たい言葉に心を抉られた美波は、一瞬だけ泣きそうな表情をすると下唇を噛みしめて俯いた。本当は恭二に対して言い返してやりたい。だが転校してきたときの不安と恐れ、悲しみを思い出してしまい口元が震えてしまい、上手く言葉が出せない。

 漢字などの日本語で不自由していること、そしてそれを他人に揶揄されることは美波にとって苦痛だった。なぜ自分は日本にいるのか、ドイツに残りたかった。どれだけ打ち消そうとしてもあの時の苦悩が想起されてしまう。

 普段ならば強気になれるはずだが、どうしてか目尻に涙が溜まってしまう。人知れず苦しむ美波と恭二の間に、すっと人影が割って入った。


「根本くん。美波ちゃんに謝ってよ」

「は?なんでだよ」

「美波ちゃんを悲しませたからに決まってるでしょ。女の子を傷つけるなんてサイテーだよ」


 庇うように美波の前に立っていたのは明奈だった。その姿に凍えてしまった心も不思議と温かくなった。いつだってそうだ。今も、そしてあの時も、目の前の愛らしい少女がいざという時に自分を守り救ってくれた。


「……アキ」

「はっ!やはりバカな女ってのはダメだな!世慣れているふうなたわごとばかり言っている割には、もろくて、弱くて、お嬢さん育ちでナイーブで使い物にならないやつばかりだ」


 だが、明奈の言葉は恭二には届かなかった。もう用はないと言わんばかりに踵を返すと吐き捨てるように言葉を続けた。


「バカが人並みに生きようとするな。身の程をわきまえろ」


 Fクラス教室を恭二らが去ると、明奈は美波に近寄った。転校当初、クラスに馴染めず悲愴な思いでいた美波を知っていたからこそ、明奈は彼女が心配だった。


「美波ちゃん、大丈夫?」

「……うん。ありがと!アキ!」


 自分を想ってくれる愛しの少女を安心させようと美波は気丈に振る舞った。だが、それが空元気だというのも明奈はわかっていた。ぎゅっと美波と手をつなぐと微かに震えを感じた。

 鼻をすする美波のことを明奈は物憂げな表情で見つめている。勝ち気で男勝りな性格が目立つが、美波が本当は心優しい繊細な少女だということを、明奈はわかっていた。そしてだからこそ、いきなり強い言葉で美波のことを詰ってきた恭二のことが許せなかった。

 それはFクラス生徒たちも同じだ。根本許すまじ。やや暴力的で男子に厳しいとはいえ紛れもない美少女である美波が傷ついている姿を見て、Fクラス男子たちも奮起した。FFF団のマスクを被り片手に凶器を持っている辺り蛮族じみている。


「ミナアキを悲しませる野郎に生きる権利なんぞないな」

「だからアキミナだッつってんだろ!?頓死しろ!」

「ふざけやがって。味噌汁で顔を洗って出直してこい」

「は?お前みたいなクソは地獄に落としたる。死ぬまで償えボケェ」


 ただ、アンチ根本で一致団結するかと思いきや、なぜかカップリング論争による内ゲバを始めるFクラス男子たちだった。キーキー言いながら取っ組み合いを始める様子は猿山を彷彿とさせる。うんうん、それもまた青春だね。

 だがそれは明奈が望んだ青春ではない。友達と楽しい学園生活を送る、そんな理想に対して現実はどうだ。大切な友達は心無い言葉に傷つき涙をこぼした。喧騒に満ちたクラスではあるものの、いつもと違って空気は重く、皆の瞳は何だか悲しそうだ。誰もが悔しさと痛みを胸に抱いていた。

 果たして今のままで、他クラスの生徒たちに嘲られたままで、自分の望む学園生活を送れるのか。自問自答を続けて思考が堂々巡りに陥るなか、自分を送り出してくれた姉が朝に意味ありげにこぼした言葉が頭の中で反響した。


『アキちゃん、理想というのは実力が伴う者のみが口にできる現実ですよ』


 明奈の理想は楽しい学園生活だ。成績が悪いということで酷い仕打ちを受ける学園ではない。理想のためには今を変えなければいけない。自分たちの手で、どんな手段を使ってでも。

 大好きな姉は言った。時にルールから大きく逸脱しなければ望む結果は得られない、と。チェスの駒をチマチマと動かしていても意味がない。チェス盤は本来ひっくり返すものなのだ。

 決意を胸に真剣な顔をした明奈はクラスメイトたちに向かって呼びかけた。


「ねぇみんな……協力してほしいことがあるんだけど」


 あの日、戦争が空から降ってきた。

 それはお行儀の良い試験召喚戦争ではなく、無慈悲な殲滅戦だった。Fクラス代表不在の今、史上最低の模擬戦が始まる。

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