幕間1 ゴースト オブ バカ
新学期が始まり1ヶ月ほど経ったある日のこと。春の陽気に誘われて二度寝してしまった明奈は、当たり前のように遅刻していた。
るんるんとスキップしながら向かうのはFクラスの新たな拠点である補習室だ。担任の教師が西村先生なのはマイナスだが、教室環境が良くなったのは嬉しい。瑞希も安心して授業を受けられているようなので明奈としては大満足だ。
勢いよく扉を開けると、壇上に立つ西村先生に向かって、明奈は元気よく挨拶した。
「鉄人、おっはよーございまーっす!」
「持ち物検査だ!カバンとポケットの中身を出せ、吉井!」
絶望の幕開けだった。
持ち物検査。それは生徒たちにとって死にイベともいえるクソイベントだった。抜き打ちで、あらゆる娯楽にかかわるモノが、根こそぎ略奪されてしまう。とりわけ、普段から学業に関係のない娯楽品を持ち込んでいるFクラス生徒たちは、毎回多くが検挙され持ち物を没収されている。
数分も経たないうちに、明奈の持ち物が教卓の上に積み上げられた。学業に関係のないモノは、いずれも西村先生が没収し後日、保護者のもとに送り返すことになっている。
「まったく!学業に関係のないものを山のように持ち込むとは何事か!」
「ぶーぶー。少しくらい良いじゃないですかぁー」
「良いわけあるか!貴様も高校2年生として節度を持ってだな」
「誉れは浜で死にました」
「よろしい。歯を食いしばれ」
その道を歩み続ければお前も獣になるぞ。
青筋を立てた西村先生は、明奈の両側の側頭部に拳の先端をネジ込んで圧迫する。激痛のあまり明奈は、ほぎゃー、と悲鳴をあげながら両手をばたつかせた。
教卓の後ろには、既に没収したモノが積まれている。ゲーム機や漫画雑誌だけでなく、高級ヘッドホンと音楽プレーヤー、一眼レフカメラ、など高額ガジェットらしきモノもあった。
折檻が終わり涙目になった明奈がトボトボと席に戻る。生徒全員が着席したのを確認すると、西村先生は教卓を強く叩き、座っていたパイプ椅子を補習室のドアへと叩きつけた。担任による暴力的な奇行にFクラス生徒たちは目を丸くさせ困惑した。
「いいか?お前らは学生なんだ、テストで点を取る以外に存在する意味なんかねえんだ。取れ。点を取って数字で自己表現しろ。いいじゃねえかよ。わかりやすいじゃねえかよ。こんなにわかりやすく自己表現できるなんて幸せじゃねえかよ。テストで点を取るだけだ、良い点取るだけでお前らは認められるんだ。こんなわけのわからねえ世の中でこんなにわかりやすいやり方で認められるなんて幸せじゃねえかよ。最高に幸せじゃねえかよ」
灰皿の飛び交うブラック不動産企業の社長さんみたいなことを言いなさる。この2週間、Fクラス生徒たちの生活態度を見ていて西村先生は考えを変えた。
厳しく冷徹に接しなければ、このバカたちにはわからない。たとえ生徒たちから恨まれようとも、真人間に矯正する教育を、彼らが社会に出る前にすべきだ。西村先生はそう決断した。それゆえ唐突に従来の態度を一変させたのである。
普段使わないような汚い言葉で罵る担任に、さしものFクラス生徒たちもたじろいでしまう。ただ1人、明奈は豹変した西村先生に物怖じすることなく、ビシッと挙手し声をあげた。
「鉄人!いいですか?」
「なんだ吉井!」
「私たちは不得手なことは一切やらず、得意なことだけをやるようにしています。嫌いなことを無理してやったって仕方がないでしょう」
「ほう?」
「だから没収したモノを返してください。私たちが得意なのは勉強することではなく遊ぶことです」
明奈の発言に鉄人は深く頷いた。拳はゴキゴキと鳴らしている。
大手自動車メーカーである本田技研工業の創業者、本田宗一郎の言葉だ。内容だけ見れば素晴らしいが、タイミングが最悪。これでは娯楽に没頭して勉強から意地でも逃れようとするただのダメ人間だ。
「偉大なる先達の言葉を言い訳に使うんじゃあない!」
「ふぎゃっ!」
案の定、西村先生から明奈は拳骨を喰らってしまう。鈍い音が鳴ると明奈の頭頂部に大きくはれ上がったタンコブができた。一言多いバカに雄二は耳打ちする。
「おい。何で今あんなこと言うんだ」
「だってぇ……思いついちゃったんだもーん」
「思いつくのは天才。軽率に口にするのはバカ。わかったか?」
「おっ?今、吉井の心にチャッカマンしましたけど?それ今吉井の心にチャッカマンしました、バカじゃありませぇーん。あっ!人のことバカって言っちゃいけないんだバーカバー……バーカ!人のことバカって言っちゃいけないんですよまったくバカめ。…………ワカメ。いや、今日ワカメスープ飲んだんだよ、そういえば」
「お前と会話していると頭がおかしくなりそうだ」
「そうか、そうか。貴様らを見ていると俺は頭が痛くなってくるよ」
深々とため息を吐くと西村先生は明奈を見つめて諭すように言葉を投げかけた。
「お前たちも2年生だからといって遊び呆けていてはいかん!今のままではダメだというのがわからんのか!」
「今のままではいけないと思います。だからこそ、私たちは今のままではいけないと思っている」
「……もういい。学業に関係のない持ち物はすべて没収する!」
西村先生は疲れ切った表情でFクラス生徒たちから没収したモノが入った袋を担いで補習室を立ち去った。ちなみに袋は大柄な西村先生の肉体が見えなくなるくらいに大きく膨らんでいた。
・・・・・・・・・
補習室のそこら中で不平不満が聞こえてくる。誰もが没収されたモノについて語り愚痴をこぼしていた。
「俺はゲーム機を奪われちまった。昨日発売のゲームだったのに……鉄人め!」
「わしは演劇の小道具などを没収されたのう」
「…………カメラと盗聴器」
「みんなも色々と大変だねー。私もゲーム機没収されちゃったよ」
「待て。お前は他にも色々とあっただろ」
「うん。UNOとトランプと人生ゲームでしょー?他にもボードゲームと漫画も沢山あってー。あと、お昼寝用の寝袋、抱き枕、アレクサも没収されちゃった!」
「お主は何をしに来ておるのじゃ……」
「キャンプかってくらいデカいカバンに、そんなモノ入れてきたのか」
学校を何だと思っているのか。舐め腐ったバカであった。
それはさておき、抱き枕という言葉に反応して2人の乙女が明奈に話しかけてきた。
「災難だったわね、アキ」
「美波ちゃん、姫路さん!2人も何か没収されたの?」
「ウチらも抱き枕がアウトだったわ……まさか今日やるなんて」
「そうだよねー!抜き打ちなんて最低だよ!」
「それにしても、吉井さんもムッツリ商会の抱き枕を持っていたんですね。知りませんでした」
「ちょっと意外かも。アキは誰の抱き枕を持ってるの?」
「お姉ちゃんが買ってくれたIKEAのサメだよ~。というか、ムッツリ商会って何?」
「「アッハイ……」」
「なんで2人とも縮こまってるの?」
罪悪感……ですかね?
純粋な娘にいかがわしいことを教えてしまったときのような心苦しさに瑞希と美波は苛まれていた。本当なら土下座したいところだが今やってしまうと明奈に感づかれてしまうなので踏みとどまっている。
そもそもムッツリ商会は秘密結社である。ほの暗い欲望を抱えた者には門戸を開いているが、いくらゲスでバカとはいえ普通の女の子である明奈が、そのような組織を知るよしもない。言うなればシャバの人間に情報漏洩したという、やらかし案件だ。
「んー。ムッツリ商会って何だろう?ムッツリーニ何か知ってる?」
「…………知らない」
「でも名前が」
「…………記憶にございません」
疑問符を浮かべる明奈だったが、語感から何となく康太と関係するということはわかったようだ。だが、当の本人は何を聞かれても堅く口を閉ざしている。私は貝になりたい。
普段のガードが緩いうえに、健全な内容であればむしろ撮影協力さえしてくれる明奈は、ムッツリ商会からすれば代えがたいほどに大事な被写体だ。そんな彼女に、もし事業内容がバレて、きわどい写真データの削除や撮影拒否をされてしまったら、その損失は計り知れない。
「まっまぁ、とにかくっ!関係ないモノを持ち込んだんだから没収もやむなしよね!」
「そっそうですよねっ!学校は勉強する場所ですからっ!」
「えー……そりゃあそうだけどー。みんなで遊びたかったなー」
美波と瑞希も必死に話題をそらし誤魔化そうとする。彼女たちとて『アキこれ:春のバカ祭り』が被写体の要請で出版差し止めになる事態だけは避けたい。本人さえ知らなければ、没収された2人の抱き枕だっていずれは再販されるはずだ。
2人の懸命な工作のかいあって明奈の意識もそらされた。しょんぼりする彼女に、美波と瑞希は身もだえする。これが"萌え"というものかっ!
「いや。今の時代に生徒の持ち物を奪うなんて横暴だ。絶対に取り返すぞ」
それでも、納得がいかない雄二は不服そうに鼻を鳴らす。隣にいる秀吉と康太も奪還作戦をやる気満々のようだ。
「でも雄二。どうやってやるの?」
「とりあえず情報収集しようじゃないか。後は臨機応変に行こうぜ」
つまりはノープラン。だが、3人寄れば文殊の知恵、4人寄れば何か凄そう、の精神だ。明奈は、乗った!と言い切ると雄二と固く握手をした。役者はそろった。
・・・・・・・・・
放課後、没収品奪還作戦に参加した4人は男性教師用のロッカー室へと向かっていた。
明奈によれば、今回の持ち物検査はFクラス限定で行われたという。そのため、職員室ではなく担任教師である西村先生のロッカーで一時的に保管されるようだ。後日、出張から戻ってきた学園長と教頭先生とともに保護者への返送などがなされるという。
国語の女性教師である竹内先生と仲良しである明奈は、色々と職員室の内部事情に精通していた。今も雄二たちに情報共有しながら、チャットアプリに寄せられる竹内先生の愚痴に返事を送っている。
「となると、鉄人のロッカーのカギが必要ってわけか」
「ううん、いらないと思う。竹内先生いわく、デカいサメのせいでロッカーに入らないって鉄人が怒ってたらしいよ。没収品はロッカー室内に放置されてるみたい」
「それ、お前のせいじゃねぇか」
「鉄人もお主には苦労させられておるのう……」
何はともあれ、目標の在処はわかった。4人は柱の影に隠れて男性教師用のロッカー室を見る。
「…………入口に鉄人」
「どうやら没収品を取り戻しに来ないか警戒してるみたいだな」
「ねぇ、鉄人こっち見てない?え……バレやつ?マルエツ?世界のナベアツ?ヤバイ?」
「こやつは一体何を言っておるのじゃ?」
「どうせ脊髄反射で喋ってるだけだ、気にすんな」
「はっ……!バレてないスタビライザーなんですけどぉ……!」
明奈の発言内容はともかく、西村先生は盗人たちにまだ気づいていないようだ。ただロッカー室に侵入するには、仁王立ちするゲートガーディアンをどうにかして退かさなければならない。
さて、どうしたものか、と4人で頭を悩ませていると秀吉が挙手した。なにか案があるようだ。
「わしに良い考えがある」
「何だと。それなら秀吉に準備を一任するぞ」
「うむ、任せるがよい」
そう言うや否や、柱の影から秀吉は飛び出した。緊張した表情で西村先生のもとへと駆け寄っていく。
「西村先生っ!」
「木下!廊下を走るんじゃない!」
「そんなことよりも大変ですっ!実はっ……!」
大声を出し縋る秀吉。ただならぬ雰囲気に西村先生も片眉を上げる。村を襲われた乙女がオークに助けを乞うているような構図だ。背伸びをして耳打ちする秀吉。
話が進むにつれ徐々に西村先生の表情は険しくなっていく。終いには怒り交じりに大声を西村先生があげた。
「ぬぁにぃ!?坂本の性欲が爆発して霧島に襲いかかっているだとぉ!?」
「待てやコラァっ!秀吉あの野郎っ!何てとんでもないデマを!」
思いもよらぬデマの流布に雄二も、思わず柱の影から廊下に飛び出た。すぐさま明奈と康太が、秀吉の援護射撃をする。
「きゃー!雄二が翔子ちゃんを獣のように貪ろうとしているー!先生助けてー!」
「…………やべーぞレイプだ!」
「ふざけんなよお前らぁ!」
いつもは大人しい康太がここぞとばかりに大声を張り上げたことで、西村先生もただならぬ事態だと誤解。土埃を巻き起こすロケットスタートで、眼前の雄二を捕らえんと走り出した。
「坂本ぉぉぉお!貴様まさか性犯罪に手を染めようとは!今日こそは親御さんも交えてみっちり指導してくれるぞ!」
「冗談じゃねぇっ!後で覚えとけよバカども!」
殺気をまとった西村先生の魔の手から逃れんと、雄二は校舎の外に向かって走り出した。
死が待ち構えるデス・ダービーにFクラス代表が出走だ。咲き誇る桜が生贄を待ち望む!クラシック第一弾!文月学園賞!ハナを掴む雄二はまだ絶叫する余裕があるようだが、やや掛かり気味。3バ身離れて追いかける西村先生に、おそらく数分と持たずに捕縛されるだろう。秀吉はこの上ない笑顔で2人を見送った。
「1、2の……ポカン!ツチヤはサカモトをきれいにわすれた!」
「……さか、もと?はて、誰じゃったかのう?」
「ぜんぜん忘れたァァ!ワハハハハハハハハハ!」
友人の無様なザマを堪能した3人は、談笑しながらロッカー室に侵入する。室内の奥の方には、目当ての宝が鎮座していた。確かに、巨大なサメや意外とがさばるボードゲームなどのせいで、ロッカーには入りきらなかったようだ。
「あっホエールちゃん!無事でよかった~!」
「吉井よ、なぜサメの抱き枕にホエールという名をつけたのじゃ?」
「だって英語だとホエールでしょ?」
シャークです。
微妙な表情を浮かべる秀吉と康太だったが、言わぬが花。とくに指摘せず自分たちの私物を探すことにした。
・・・・・・・・・
「いやぁ~みんな喜んでくれて良かったよ~」
「雄二のゲーム機も確保できたし……作戦成功じゃな」
「…………写真データも無事」
自分たちの持ち物を確保した3人は、その後Fクラス生徒に没収品を返却していた。ゲーム機、漫画、ガジェット、柄の見えない抱き枕カバーなどを渡された生徒たちは皆一様に喜んでおり3人に感謝していた。気分は義賊、配る秘宝、増してく魅力。でも待ち構えるのは地獄、だった。
帰路につく最中、廊下の先で3人を待ち構えている人物を夕陽が照らす。
「そこまでだバカども」
そこには怒気をまとった西村先生が立ちはだかっていた。右手には首根っこを掴んだ雄二を携えている。全身ボロボロで気を失っているようだった。
雄二の変わり果てた姿を一瞥すると秀吉は廊下に唾を吐き捨てた。
「チッ、やはり雄二ごときには荷が重かったかのう。案外使えぬヤツじゃ」
「なんまんだぶなんまんだぶ~。哀れなゴリラよ、安らかに眠れ~。恨むなら秀吉を恨んでね~」
「貴様ら本当に友達なのか?」
都合良く自分の捨て駒にしがちだけど、立派な友達です。あまりにも薄情な2人に西村先生は眉をひそめた。末期ともいえる教え子たちをどう更生すべきか、悩みは尽きないようだ。
「…………さらば鉄人」
片手が塞がり自分に注目がいっていない今こそが好機!そう判断した康太は音速を超えた速度で、西村先生の背後にまわった。瞬時に跳躍し両手のトンファーを西村先生に叩きこもうとする。
「……土屋よ、その程度のスピードで俺の目を誤魔化せると思ったかぁ!」
「っ!?」
刹那、康太を西村先生が掴みかかった。片手で康太の首を締め上げて宙づりにする。
「俺はスポーツマンだ。そこらの教師とは鍛え方が違う。一緒にされちゃ困るな」
拘束を逃れようと康太も必死に手足をばたつかせているが微動だにしない。抵抗しようとするその姿を見た西村先生は口角を上げた。
「俺がその気になれば教育委員会だってぶっ飛ばせる。生活指導担当を舐めんじゃねぇ!」
次の瞬間、手を離して康太の腹を蹴り上げた。廊下の壁に激突し康太は失神してしまう。そんな彼に向かって、西村先生は屍となった雄二を放り投げた。
生徒をボロ雑巾のように扱うのは、教師としては明らかに問題がありそうだが、文月学園ではモーマンタイ。気に入らない奴はぶん殴る、それが文月学園の規範……らしい。いつしか、Fクラス生徒たちの狂気が西村先生をおかしくしてしまったのだろう。お前らはヴァルハザクか。
「この俺がぬるま湯に浸かった貴様らの目を覚まさせてやる」
気を失った康太らを一瞥すると、仁王立ちになり明奈と秀吉を見据えた。自分から手を出すのではなく敵が動くのを待っているのだ。力とは山のごとく大きく、不動のものだと西村先生は考えていた。なれど滝をご覧あれ。動かざる岩はすべて水に削られる。
歴戦の武士のような覇気をまとう筋肉ダルマ。常識的に考えればこんな傑物にバカ女と男の娘が勝てるわけがない。開かれた窓から吹く風が明奈の頬を撫でる。
武士の道から外れ、邪道に落ちた兵「冥人」となれ。
次の瞬間、明奈は窓から飛び出した。
「っ!このバカがっ!」
西村先生は窓から身を乗り出した。ここは2階。命を失う可能性は低いが、骨折などの怪我を負ってしまうかもしれない。
幸い明奈は抱えていたサメの抱き枕を下敷きにしたことで、怪我もなく元気なようだ。窓の外では明奈が大きな荷物を背負って正門へと全力疾走していた。
「逃げるんだよォ!ひーでよし―!」
「なっ……!」
明奈の言葉を受けて西村先生はすぐさま振り返った。次の瞬間、破裂音とともに真っ白い煙が西村先生の視界を遮った。前に進もうにも煙が気管に入ってしまい思うように動けない。
これぞ誉ある武器、煙玉だ。しびれ毒も混ぜてある煙幕には、西村先生も太刀打ちできない。少し時間がたち煙が消えた後には、廊下には誰も残っていなかった。先ほどまでいた秀吉のみならず、気絶していたはずの康太と雄二も忽然と消えていた。まるで亡霊のように。1人残された西村先生は拳を握りしめると絶叫した。
「貴様ら……正々堂々戦わんかぁぁぁああああ!」
敵を前にして、背を向けてはならぬ。情けと覚悟を持つ、それが侍の姿だ。暴力的な側面はあるものの、自分なりの信念を西村先生は持っていた。そしてその信念に則りさえすれば、多少の悪事を働いてとしても、生徒たちのことはしっかりと愛をもって指導するつもりだった。
だが、その期待は無惨にも打ち砕かれた。虚に乗ずるは臆病の印。誉ある武人たる西村先生にとって、4人の行動は受け入れ難きものだった。
だが、たとえ臆病と罵られようと勝てばよかろうなのだ。当局による不当な物品押収に、4人は打ち勝った。学校から走り去る最中、明奈はふとした疑問を抱いた。
「そういえば、ホエールちゃんを踏んだとき何か壊れる音がしたけど……あれって何だったんだろう?」
不穏な未来を予感させる出来事だが、トラブルは想像以上に早く到来した。没収品奪還作戦の翌日、文月学園内には次のような書状が張り出されていた。
処分通知
文月学園第二学年
木下秀吉、坂本雄二、土屋康太、吉井明奈
上記4名を1週間の停学処分とする。
文月学園学園長 藤堂カヲル
やっぱり大人って汚い。
・・・・・・・・・
「吉井さん……その赤い痕は何ですか……?」
信じられるの?目に見えること。
「雄二?いきなり倒れて、どうしたの?」
信じられるの?息衝くこと。
「あんたの目の独占権はウチにあるんだから」
信じられるの?私のこと。
「アキちゃん、ただいま戻りましたよ」
次回、「隠しごと」。またの名を「姉襲来」(時期未定)
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