第4話 バカ女とAクラスと5本勝負

「では、これよりAクラス対Fクラスの試験召喚戦争を開始します。形式は一対一の5本勝負。両クラスとも準備は良いですか?」

「ああ」

「……問題ありません」


 学年主任であり今回の試召戦の立会人でもある高橋先生が確認をとる。知的な眼鏡とタイトスカートから伸びる長い脚が美しい。

 一騎討ちの会場となったのがAクラス。広大な教室と豪華絢爛な設備に、Fクラス生徒たちは喉を鳴らす。とうとう来たなこのときが!試合前の握手を終えて戻ってきた雄二は、明奈たちに近寄って、さっそく作戦会議を始める。


「第一試合に出るのは木下姉らしい。どの科目も高得点をとっている欠点のない優等生と聞くが……」

「秀吉ー。何か弱みとかないのー?ほらほら、言っちゃいなYO!」

「申し訳ないが、ここで何か言えばわしは姉上に亡き者にされてしまう。何も語らぬぞ」


 肩を震わせながらぼそりと呟く秀吉。学園では猫を被っているため誰も知らないが、優子はかなり短気で暴力的なところがある。そのため、秀吉としても下手なことを言うと後が怖いのである。

 だが、そんな事情、雄二や明奈からすればどうでもいいことだ。求められるのは勝利のみ。倫理だとか正義だなんて下らない、そんなもの勝てば後からついてくる、というのが2人の考えだ。

 正義は勝つって!?そりゃあそうだろ。勝者だけが正義だ!


「秀吉、残念だがそうも言ってられねぇ。搦め手でなんとか白星をあげてくれ」

「お姉ちゃんのお仕置きなんて少し大人なキスでしょー?目つぶって我慢すれば大丈夫だよー」

「嫌じゃ!お主らは姉上を知らぬからそんなことが言えるのじゃ!というか吉井の家はどうなっておるのじゃ!?」


 頭の良い変な姉がいます。

 断固拒否、徹底抗戦な秀吉とその周りでわちゃわちゃ騒ぐ雄二。見かねた美波と瑞希が助け船を出そうと声をかける。


「2人ともあんまり秀吉をいじめちゃダメよ」

「そうですよ!いくら勝ちたいからって酷いです!」

「えー?お姉さんにビシッと言える男前な秀吉が見たかったのになー」

「男らしい、じゃと?」


 その何気ない一言が秀吉の耳をぴくりとさせた。ほんの僅かな挙動。かつて神童だった雄二はそれを見逃さない。にやりと下卑た笑みを浮かべ畳み掛けた。


「仕方ないな。秀吉が女々しい臆病者なんだからしょうがない。別の作戦でいこう」

「女々しい?臆病?」


 雄二の言葉に秀吉は頬をひくつかせる。その発言の意図を汲み取った明奈は、瞬時に言葉を続けた。


「やっぱり自分よりも男らしくてカッコいいお姉ちゃんには逆らえないよね、秀吉ちゃん!」

「そうだな!男らしさが微塵もないからって気にするなよ?秀吉ちゃん!」

「お主ら……随分と言ってくれるではないか」


 意地悪い笑みをにたにたと浮かべながら秀吉の肩に手を乗せる明奈と雄二。これが悪魔的所業というやつだ。もしも僕が悪魔でも、友達でいてくれますか?

 外道の悪魔たちにコンビプレーで煽られた秀吉は、拳を握りしめてぷるぷると震えている。姉への恐怖心など消えてしまった。今、彼を突き動かしているのは、怒りとプライドだ。


「よかろう!姉上を打ち負かしてくれる!そうしたら先の数々の無礼な発言……撤回してもらうぞ!」

「きゃーすっごーい!さっすが秀吉ぃ!男前ぇー!シビれるぅー!!そういうとこがカッコいいよー!」

「よく言った秀吉!お前こそ男の中の男だ!蹴散らしちまえ!」

「悪魔たちにまんまと乗せられているわね……」

「大丈夫でしょうか?」


 ただ、激おこぷんぷん丸の秀吉に、心配する二人の声は聞こえない。ズカズカと勇ましく死地へと歩を進める秀吉。そんな普段あまり見たことがない秀吉を、優子は意外そうに見ていた。


「秀吉、アンタが相手なのね。随分とまぁ男らしいこと」

「そうじゃろう!そうじゃろう!何せわしは立派な、男の中の男じゃからな!」

「そんなことに一喜一憂しているあたり、アンタもバカよね……」


 友達の口車に乗せられてしまう単純バカな弟に溜息を吐いてしまう。身内にこんなバカがいると何だかんだで恥ずかしい。優子は呆れたように額に手を当てた。


「で、どうするの?アンタと私じゃ勝負になんかならないと思うけど」

「おいおい、随分とエッチな縦割れアナルじゃないか。そう言うとシンジはユウイチの釘バットを」

「秀吉ぃぃぃぃい!?ちょぉーっとこっちに来てくれるかしらぁ~!?」

「まっ、待つのじゃ姉上!試合前なのになぜわしを連れ出すのじゃっ!?」

「いいからっ!きなさいっ!」


 秀吉が水色のラブリーなノートをイケボで読み上げた瞬間、優子が廊下に連れ出していった。音読したのは優子が密かにしたためていた、BL小説『伝説の木の下で貴様を待つ』の二次創作だ。なんて酷いことをするんだ!この人でなし!男の娘!

 絶叫しながら弟をお姫様抱っこで悠々と運ぶ優子は、少し情けないところはあるにせよ、誰からどう見ても男前でかっこよかった。本人のあずかり知らぬところで、優子のファンになった女子が急増したとか。ただ、廊下からはドムッ!ザクッ!ぐふっ!という生々しい音が聞こえてくる。暴力による支配、それが木下姉弟の鉄の掟だ。

 数分後、制裁を終えた優子が教室に戻ってきた。頬に返り血をつけて鬼のごとく邪悪に笑いながら。


「ふぅ……。秀吉は急用ができたから帰るみたい。私の不戦勝でいいかしら?」

「お、おう……仕方ないな」


 弱い奴が嫌いだ。弱い奴は正々堂々やり合わず井戸に毒を入れる。醜い。弱い奴は辛抱が足りない。すぐ自暴自棄になる。そう言わんばかりに怒りと憎しみを滲ませる優子。鬼気迫る恐ろしいその姿に、さすがの雄二も押し切られてしまう。

 水色のノートを隠すように抱えた優子が踵を返すとともに、不愉快そうに顔をしかめる雄二。ただ不満は優子に対してではなく、秀吉に向けられている。


「チッ、やはり秀吉ごときには荷が重かったか。案外使えねぇな」

「なんまんだぶなんまんだぶ~。怖いもの知らずの秀吉よ、安らかに眠れ~。恨むなら雄二を恨んでね~」

「アンタたち本当に友達なの?」


 友達を大切にできない人は、誰も大切にできないんだって。そしてね、友達に大切にされたことを喜べない人は、何も喜べないんだって。

 だが残念なことにFクラスは友達を平気で使い捨てるクズが集っている。廊下でボロ雑巾のようになっていた秀吉は、覚えておれ……雄二に吉井よ、と呟き息絶えた。秀吉DEAD。


・・・・・・・・・


 圧倒的暴力の前に秀吉が敗北してしまったが、雄二としてはここで潮目を変えたい。


「よし!次は吉井だ!安心して逝ってこい!」

「冷静に考えるとさ、成績優秀者とのタイマン勝負ってフィードバックが大変なことになる……よね?」

「ところで吉井よ。お前はバカなのか?」

「違うよ!いきなり何さ!」

「じゃあ大丈夫だな」

「…………え、どういうこと?」

「いちからか?いちからせつめいしないとだめか?」


 雄二は心底バカにしきったツラで、わざわざ屈んで下から明奈を見上げた。その腹立たしい態度に明奈はイラっとした。1ポイント追加。1億ポイント貯まるとブッコロすやつだ。

 わなわなと震えて拳を握りしめる明奈の肩に手を置くと、雄二は真剣な眼差しで見つめる。戦地に赴く親友に最後の言葉を授けるかのごとく、真面目でシリアスな雰囲気をまとっていた。


「バカじゃないお前なら、Aクラスとの試召戦も余裕だろ?」


 全然シリアスじゃなかった。幼稚園児並みの雑なロジックで誤魔化そうとしている。

 誰から見てもバカげた話だが少しの間、呆けた明奈は両目を輝かすと大きくうなずいた。


「そっかぁ!そうだね!」


 世界よ、これが日本のバカだ。

 自信満々に胸を張ってのしのしと死地へ向かおうとする明奈。これでは秀吉の二の轍を踏んでしまう。


「吉井さん!さすがに無謀です!怪我したらどうするんですかっ!?」

「そうよアキ!ウチが代わりに数学で出るからっ!」

「大丈夫だよ二人とも。姫路さんとFクラスのためにも私が全力を出さなきゃ。私の真の実力、烈核解放を見せてあげるよ」


 見ていられなくなった美波と瑞希は、何とか止めようとする。だが、明奈はフッと笑うと2人を宥め出した。気分はもうハードボイルド小説の主人公。


「観察処分者の本気、刮目せよ」


 獰猛な笑みを浮かべ対戦相手を威嚇する明奈。Aクラスの面々も固唾を飲んで見守っている。もしや、あのバカは何かやるのではないか。そんな考えが皆の脳裏をよぎった。


『勝者、佐藤美穂!』


 普通にボロ負けだった。結果は当初の想定通り、3分もかからず明奈が惨敗した。いくら召喚獣の操作が上手くても5倍超の点数差は覆せない。

 敗北者の明奈はフィードバックによる激痛でのたうち回っている。ああ、やっぱり今回も駄目だったよ。あいつは筋金入りのバカだからな。

 人間のものとは思えない声をあげて明奈は絶叫している。これがリョナってやつですか?瑞希は、頬を赤らめて、ほんの少し興奮した様子で、そんな明奈を凝視している。ちょっと嬉しそう。こいつも大概やべー奴かもしれない。


「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」

「さて、次はムッツリーニだ。保健体育でねじ伏せてこい!」

「…………任せろ」


 死にかけの虫のように地べたを這いつくばる明奈を無視して、雄二は康太に第三試合をゆだねた。もとより期待なんぞしていない。ただ、吉井が苦しむのを見るために、試合をアテンドした外道。それが坂本雄二という男だった。

 明奈至上主義の美波は、愛しの彼女をよしよししながら雄二のことを軽蔑するような眼で見る。よせやい照れるじゃないか。雄二にとって下劣、外道は褒め言葉だ。

 それはともかく、雄二の声に反応して立ち上がった康太はフィールドへと向かった。保健体育だけは成績優秀者すらも超越する康太は、さしずめ試召戦におけるダークホース。寡黙なる性職者の異名は伊達じゃない。


「キミがボクの対戦相手かい?土屋くん」


 フィールドには緑髪のショートカットの少女が腕を組んで立っていた。ボーイッシュな少女、工藤愛子は1年生の冬頃に転入してきた生徒だという。性に並々ならぬ関心があり、恋に恋する少女。興味ありげに目を細めて対戦相手の康太を見ている。


「ボクも保健体育が得意なんだ。ただ、キミとは違って……実技でね」

「…………邪教徒め」

「じゃきょ……?とにかく。実践派と理論派のどっちが強いか見せてあげるよ。召喚!」


 スカートの裾を掴みピラピラとはためかせる愛子。その若干ハレンチな行動に男子たちは色めきだつ。一方、康太は不愉快そうに愛子を睨みつけた。

 ちらりと見えたスパッツ。それが康太からすれば邪道であり許せないことだった。ただ、鼻血を滝のように垂れ流しているあたりスケベ心は健在だ。結局、エッチなんじゃないですか!やだー!


「それじゃあバイバイ、ムッツリーニくん」

「…………加速」


 雷をまとった巨大な斧を掲げた愛子の召喚獣が、康太の召喚獣に襲い掛かる。だが、斧が胴体に達する寸前で、康太の召喚獣が姿を消す。戸惑う愛子。すると一呼吸置いて、愛子の召喚獣は全身から血を噴き出して倒れた。


「……え?」

「…………お前の負けだ」


 召喚獣のスペックなどが表示されるモニター上には、土屋康太・572点、という驚異の点数が映し出されていた。総合点数の8割を保健体育で稼ぐ男には、Aクラスの優等生といえども敵うわけがない。


「そ、そんな……!この、ボクが……!」


 床に膝をつき悔しそうに下唇を噛みしめる愛子。すると、キッと勝者である康太を睨みつけた。生涯のライバルを見つけた、次は絶対に負けない、そんな想いがビシビシと伝わってくる真剣な顔だ。

 これが100日後にムッツリーニに惚れて落ちる女の姿である。なお、康太は試合後に血液が足りなくなり緊急搬送されたとか。スパッツ、恐るべし。


・・・・・・・・・


 何はともあれ、勝ち星をあげられた。次はFクラスのエースこと瑞希が試合に出場する。


「姫路、頼んだぞ」

「はい。任せてください坂本君」

「なるほど。姫路さんが僕の対戦相手なんだね」


 フィールドには学年次席の久保利光がジョジョ立ちしていた。クイっと眼鏡の位置を直す利光の顔は、整っておりインテリイケメン風だ。女子ファンも多いらしくFクラスの男子たちは嫉妬の炎を燃やしている。


「姫路さん頑張れー!」

「吉井さん!吉井さんじゃないかッ!」

「え?えーっと……久保君?」


 フィードバックの痛みから立ち直った明奈は懸命に瑞希を応援している。そんな彼女に利光はよく通る声で話しかけた。熱意が伝わってくるため若干、暑苦しい。気圧されるように明奈はちょっぴり身を引いた。

 この男、明奈のことが大好きであり猛烈に愛している。そのことは意外にも多くの生徒に知られているらしい。イケメン優等生がクラスのアイドルにアタックする姿に怒り狂ったFクラス男子たちは、凶器を手にして歯軋りしている。実力行使すると不正行為になるのでできないが、夜道は気をつけるべきだろう。FFF団を名乗る輩がリンチするだろうから。

 だが、そんなことも我関せずな利光は明奈への熱烈アプローチを続ける。


「よもや君に出会えようとは。乙女座の僕にはセンチメンタリズムな運命を感じずにはいられないな!」

「あ……うん。そうなんだ?」

「今こそ君に伝えたいッ!この湧きあがるパトスをッ!躍動する愛の旋律をッ!吉井さん!僕は君をあい」

「召喚!!!」


 刹那、教室中に響き渡るほどの大声が、利光の言葉を遮った。見ると巨大なランスを構えた瑞希の召喚獣が仁王立ちしている。明奈への告白を邪魔された利光は苛立たしげに瑞希を睨んだ。


「久保君。私はずぅっと思っていたんです」


 対して、瑞希は悪戯が成功した少年のごとく無邪気に笑い、嘲るかのごとく利光のことを眺めている。そして、恍惚に満ちた表情を浮かべるとぽつりと言い放った。


「男の人は男の人同士で、女の子は女の子同士で恋愛すべきだって」

「まさか僕の告白を邪魔するとは……。堪忍袋の緒が切れたッ!許さんぞッ!姫路さんッ!」

「私は貴方の敵ですよ?久保君」


 利光も召喚獣を登場させたことで、ついに第四試合が始まった。

 決意した事。それは、それぞれの正義。分かたれたわけを知る由も無く少年と少女は道を選ぶ。

 虚しくすれ違うヘテロとホモの2人を尻目に、明奈は雄二に問いかける。


「ねぇねぇ、久保君が好きな人って誰なの?」

「バカは黙ってろバカ。そうやってバカなこと言っているからバカのままなんだぞ。このバカが」

「美波ちゃんどいて!そいつ殺せない!」

「あんたを前科者にするわけないでしょっ!」


 大きな三角定規片手に雄二を亡き者にせんとする明奈を、美波は羽交い絞めにする。時折、事故を装って明奈の胸を揉んでいるあたり、美波もちゃっかりしていた。そんな痴話げんかを延々と繰り広げているうちに瑞希と利光の戦いは佳境を迎えていた。

 必死に召喚獣を動かし善戦していたものの、圧倒的な点数差を前に成すすべがないようだ。試合が始まって以来、利光はずっと劣勢に立たされていた。


「ぐッ……なぜだッ!なぜ君はこれほどまでに僕を凌駕するッ!少し前まではこんなに戦力差はなかったはずなのにッ!」

「愛です、愛ですよ久保君」


 ほの暗い笑みを浮かべた瑞希は両手を広げて芝居がかった調子で語りかける。彼女の背後にはおぞましい何かが蠢いているように見える。


「愛が私を強くするのです。そして、試練は愛をより深くします。そうでしょう?」

「……ッ!しまッ」


 次の瞬間、巨大なレーザーがフィールドを焼き尽くした。あわれ、利光の召喚獣は塵となりアビスに還った。愕然とする利光を見ると瑞希は満足げに口角を一層上げた。


「ありがとうございます。この試練も、私と彼女の愛をさらに深くしてくれるでしょう」


 そう言い終えると瑞希は一礼した。刹那、Fクラス側から大歓声が沸き起こる。いまだかつてないハイレベルな戦いに会場の誰もが興奮していた。

 利光は眼鏡の位置を再び直し、瑞希に近づくと握手を求めた。負けた立場でありながらも相手を称えるよう利光は実に紳士的だが、瑞希は顔をしかめている。手を差し出そうとしない瑞希だったが、会場の拍手に押される形で、ようやく渋々と彼の握手に応じた。


「認めよう。姫路さんの愛は、僕の愛に負けないほど深くて美しいと」

「…………そうですか」

「だが、僕はしつこくて諦めも悪い。俗に言う人に嫌われるタイプだッ!何度でもアプローチし、必ず彼女の愛を勝ち取ってみせるッ!」

「……っ随分と強引じゃないですか?」

「多少強引でなければ吉井さんは口説けないさ」

「………………明奈ちゃんにはぜひとも今後一切近づかないでほしいですね」

「それは無理だなッ!」


 長い長い握手を終えると2人はそれぞれの陣営へと戻った。

 これで2勝2敗。最後の代表戦で勝負は決まる。


・・・・・・・・・


「さて、いよいよ代表戦だ。お前らよくここまで頑張ってくれた。ありがとうな。皆のおかげでようやく」

「雄二のウホウホ長文スピーチなんていらないでしょ~。カッコつけてないでちゃっちゃと行ってきなよー」

「死にたいらしいな」


 ボンバーマンみたいなニコニコ顔で殺意の波動に目覚める雄二。恐ろしさのあまり明奈も思わず美波の後ろに隠れた。


「はぁ……まぁいい。泣いても笑ってもこれが最後。行ってくるぜ、お前ら」

「ゴリラ兄ちゃんがんばえー!ほらっ皆も!」

「「「ゴリラがんばえー!」」」

「……あいつら後でシバく」


 知らぬ間に用意した秀吉と康太の遺影(まだ生きています)を胸に携えて女児アニメみたいなことをし出す明奈。そして、それに全力で乗っかるFクラス生徒たち。明日には皆、森の養分になっているだろう。

 野太い声援を背中に受け雄二はフィールドに上がった。眼前にはAクラス代表である翔子が待ち構えている。


「……雄二、待っていた」

「翔子、ここでお前を倒す」


 静かに熱い火花を散らす2人。溢れ出る闘気に全生徒が息をのんだ。そんな2人の気迫に飲まれることなく、立会人の高橋先生は試合を進める。


「坂本君。教科はどうしますか?」

「小学生レベルの内容の日本史。試験方式は100点満点の上限ありだ」

「そうですか。では問題を用意しますので、少し待っていてください」


 そう言うと高橋先生は席を外した。

 一時休戦となったことで生徒たちがざわめきだした。Aクラスからは、簡単すぎるだろ、差がつかないのではないか、何がしたいのか、と困惑の声があがる。

 一方、Fクラスからも、難しすぎるだろ、日本史なんてザビエルしかわからない、何がしたいのか、という声が出ている。知力の差が出てしまったね。


「……雄二、約束は覚えている?」

「あ?勝った方が負けた方の言うことを聞くってやつか?」

「……順番が逆」

「なっ!うっせーし!んなことわかってるわ!」


 すみません……気が付きませんでした。ありがとうボブ。

 顔を赤くした雄二を見据えると翔子は力強く言葉を続ける。


「……覚悟、しておいて」

「おいおい。もう勝った気でいるのかよ?」

「……当然。雄二は私に勝てない」

「そいつはどうかな?」


 そうこうしているうちに決戦の準備が整ったようだ。視聴覚室に移動し試験が始まる。Aクラス教室の巨大モニターには、試験を解く2人の姿とともに、試験問題が次々と表示されていった。小学生レベルの問題ばかりだが、Fクラス生徒たちは難問に遭遇したかのように頭を抱えて悩んでいる。


「あっ!アキ!見て!」

「あれって……もしかして!」


 ふと表示された問題に美波と明奈が声をあげた。それは翔子が唯一間違えるであろう、大化の改新の年号を答えさせるものだ。欲していた問題の登場に、思わず美波と明奈はお互いの手を握って喜ぶ。もしかしたら、もしかするかも?そんな淡い期待がFクラス生徒たちの間に広がる。


『はい。採点が終わりましたので、試合結果を発表いたします』


 気づけば試験が終わっていた。翔子と雄二の答案用紙を持った高橋先生が、それぞれの点数を言い放つ。まずモニターに表示されたのは、翔子の点数、97点。当然、満点をとるだろうと思っていたAクラス生徒たちがどよめき出す。

 難攻不落の翔子が失点したことでFクラス生徒たちは雄叫びをあげた。憧れのシステムデスクがついに自分たちのものに!期待は確信へと変わり、皆が手を取り合って喜びを分かち合っている。

 すると、今度はモニター上に雄二の点数が表示された。点数は53点。数字の順番を入れ替えても、逆立ちして見ても、翔子には遠く及ばない点数だった。想定外の事態に誰もが呆然としている。


『試験召喚戦争はAクラスの勝利!』


 高橋先生の透き通った声が、今回の試召戦の勝敗を告げる。

 この瞬間、Fクラスの備品はちゃぶ台からミカン箱へと格下げされた。


・・・・・・・・・


「……雄二、私の勝ち」

「……殺せ」

「神!仰せのとおりに!」

「ちょっ……!やめなさいアキ!」

「コロッセオ!コロッセオ!こいつは殺さないとダメだぁ!」


 巨大な分度器を持って暴れる明奈を美波が抑え込む。この構図、進研ゼミで見たことある!

 そんな2人はさて置き、床に座り込み項垂れる雄二に、翔子は話しかけた。


「……約束、守ってもらう」

「わかっている。何でも言うがいいさ」

「……それなら。雄二、私と付き合って」


 翔子の一言に教室が凍りつく。高嶺の花の学年主席が冴えないゴリラに告白したのだから当然だ。顎が外れんばかりに口を大きく開けてAクラス・Fクラスの生徒たちは唖然としていた。

 一方、この場で唯一、翔子の恋を知っていた明奈は、いやんいやん、と頬に両手をあてて、くねくねと揺れていた。恋に恋する乙女的には大観衆の前での告白は胸キュンポイントが高かったらしい。


「やっぱりか。お前はまだ諦めていなかったのか」

「……私は諦めない。ずっと雄二のことが好き」

「一応聞くが、拒否権は?」

「……ない。今からデートに行く」

「なっ!そんなの行くわけないだろっ!」

「……問答無用」


 いつの間にか手に持っていたスタンガンをバチバチと鳴らす翔子。突然の実力行使に雄二も成すすべなく絶叫し失神した。哀れだねぇ。

 雄二が気絶したことを確認し、翔子は首根っこを掴んで引きずっていく。これからラブラブデート(当社比)のようだ。長時間拘束される戦争映画でも一緒に見に行くのだろう。雄二からすれば長く苦しい戦いが待ち構えている。

 帰りがけ、翔子は明奈に話しかけた。


「……またね、明奈」

「うん!またね、翔子ちゃん!」


 明奈は太陽のような笑顔で翔子と雄二を見送る。翔子へのおめでとう、と、雄二へのざまぁ、で、ほわほわしている。親友の長年の恋が今ようやく成就したことに明奈は感動していた。

 そしてその後ろで美波と瑞希は、ほっと胸をなでおろしていた。明奈の親友である翔子が、雄二にご執心であり、自分たちの恋のライバルではないということに安心したのである。

 実際は、雄二と明奈を愛しており、2人と添い遂げたいと考えている翔子が、美波と瑞希のライバルであることには変わりないのだが。まさか学年主席がそんなバカのバイキングのような欲張りセットを求めているなんて、誰も思うまい。

 代表らの恋愛は置いておくとして、これでFクラスの試験召喚戦争は終わってしまった。Fクラス生徒たちはぞろぞろと出口へと向かい解散しようとしている。んーと背伸びすると明奈は残念そうに独りごちた。


「あーあ……何とかFクラス教室を良くしたかったのにな~!雄二の阿呆ー!」

「ふふふ、仕方ないですよ。我慢しましょう」

「はぁ~……結局、ウチらはあの汚い教室に戻らないといけないのね」

「あー、お前たち。そのことなんだが……」

「あれ?鉄人、どうしたんですかー?」


 見ると分が悪そうに鉄人こと西村先生が頭をかいていた。


「お前たちは当面の間、補習室で授業を受けてもらう。Fクラス教室は立ち入り禁止だ」

「「「なん……だと……」」」


 まさかの教室の使用禁止にFクラス生徒たちは驚愕する。いくら学年最底辺のバカクラスが相手とはいえ、教室がないなんて前代未聞だ。明奈は西村先生に詰め寄り抗議した。


「まさか差し押さえ!?差し押さえですかっ鉄人!くっ……!どこまで冷徹なんだ、あのババア長はっ!?干からびろ!」

「まさか学園長のことをババア呼ばわりしていないだろうな、吉井」

「まっさかカーニバル!してないですよー!ぷすーぷすー」

「吉井さん……全然口笛吹けてないですよ……」


 都合の悪いことを誤魔化そうとする明奈。吹けていない口笛ほど無様なものはない。明奈の奏でる空気音をBGMに西村先生は、ため息を吐くとFクラス生徒たちに向かって語りかけた。


「Aクラス代表の霧島が中心となり、生徒たちから多数の陳情が寄せられたそうだ。いくらなんでもFクラスの教室は酷すぎる、と。それを受けて学園側は、Fクラス教室の改修工事を実施することを決めた」

「翔子ちゃんだ……!翔子ちゃんが動いてくれたんだっ……!」

「あとFクラスの教室からアスベストが見つかった」

「「「いくらなんでも酷すぎないかっ!?」」」


 衝撃の事実に明奈を筆頭とするFクラス生徒たちは愕然とした。よもや数十年前に使用が禁止されていたモノが自分たちの教室で使われていたとは思うまい。問題発覚を受けて、建材の調達などを担当した教頭による謝罪会見が近々開かれるそうだ。ざまぁである。

 とはいえ、そのきっかけを作ってくれたのは、明奈のことを愛し心配してくれた翔子だ。親友の優しさに胸を打たれた明奈は感動のあまり涙をこぼした。数人の勇気ある行動が、人の心を突き動かし、世の中を大きく変える。

 西村先生はFクラス生徒たちが喜ぶ様を眺めると、満足げに頷いて言葉を続けた。


「そして、そのAクラス代表からの要請を受けて、俺が貴様らFクラスの担任となった。これから1年間、勉強漬けの毎日を送ろうじゃないか」

「「「な、なんだってー!」」」


 希望に満ちた表情から一変してFクラス生徒たちはムンクの叫びのような絶望的な顔になる。


「霧島から聞いたぞ。先進国の学び舎とは思えない、嫁に悪影響を及ぼす酷い学習環境だから立て直してほしい、とな。嫁云々はさて置き、確かにお前たちはやり過ぎた。学力が全てではない、とはいえ蔑ろにしていいわけじゃないんだ」

「説教臭いしおっさん臭いよ鉄人!だいたい、同じ教室にゴリラは二頭もいらない!森に帰れ!」

「吉井……やはり貴様が一番の問題児のようだな。まずは目上の人間に対する敬意をしっかり育んでもらうぞ」


 額に青筋を立てた西村先生は、ガシッと明奈の頭蓋骨を掴むとメキメキ音を立てながら締め始めた。宙ぶらりんになって、ギエピーと悲鳴を上げる明奈を無視し、西村先生は力強く宣言する。


「俺が来たからには貴様らの好きにはさせん!貴様らの冒険はここで終わりだ!」


 こうしてFクラスが引き起こした騒動はあっけなく幕を閉じた。

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