第3話 バカ女とAクラスと再会

「以上がFクラスとDクラスの試験召喚戦争の結果です」

「カッカッカ。随分と暴れてくれたみたいだね」


 高橋先生の報告を聞き終えると、藤堂学園長は愉快そうに笑う。一方、高橋先生はそんな彼女を諫めるように見つめている。クイっと眼鏡を上げると話を続けた。

 

「新学期早々やり過ぎではないでしょうか。一度、規律をもって鎮静化すべきでしょう」

「そのためにAクラスを?」

「はい。既に生徒たちには伝えてあります」

「なるほどねぇ……」


 試召戦を導入した背景には、生徒たちが楽しく主体的に勉強する、という狙いがある。最底辺クラスは与えられた逆転のチャンスをいかしつつ悪い環境を覆すべく勉強を頑張る。上位クラスも運や戦略などに左右されない圧倒的な知識と学力を身につけて自らの学習環境を守る。そんな学園が、藤堂学園長にとっての理想だ。今のクラス体制を維持するために、教師の側から生徒たちに働きかけて動かすのは、ナンセンスともいえる。

 とはいえ、教頭を筆頭にFクラスに反発する教師陣がいることも事実。聞くところによれば、試召戦の仕組みを悪用している、そもそも試召戦自体に問題がある、などと教頭は風潮しているとか。暴走するFクラスを鎮圧しなければ、革新的なシステムに難癖をつけられ面倒なことになってしまう。

 だからこそ藤堂学園長は、高橋先生に全てを一任し、Fクラスを抑え込むことを決断した。


「あのバカたちがどこまで抗うのか。見せてもらおうじゃないか」


 窓の外を見つめる学園長は楽しげに口角をあげた。


・・・・・・・・・


「お前たち、Dクラス戦ではご苦労だった。これよりBクラス戦に向けた作戦会議を始める」


 朝のホームルームが始まる前、Fクラス代表の雄二は壇上でクラスメイトたちに語りかけていた。


「今回ので試召戦にも少しは慣れただろう?この勢いでBクラスを倒す!そうすればAクラス戦の勝利も間違いない!いくぞお前らぁ!」

「「「おぉー!!!」」」


 雄二の掛け声に威勢良く応えるFクラス生徒たち。正直、何でDクラス戦がBクラスとの試験召喚戦争につながり、さらにはAクラスとの勝敗に関係するのかはわからない。わからないけど、雄二のノリに何となくのせられている。

 みんな説明なしに勢いで誤魔化されているのだ。ぜんぜんわからない、俺たちは雰囲気で試験召喚戦争をやっている。これ、詐欺の手法なので気をつけましょう。そのハナシ、ホントに大丈夫?


「……なるほど。真の狙いはあたしたちなのね。それは好都合」


 いつの間にかクラスの入口に立っていた少女は、ぽつりとそうつぶやいた。その顔はFクラス随一の美少女男子・木下秀吉と瓜二つだった。突然の来訪者、しかもクラスメイトと同じ顔をした美少女の登場に、Fクラス男子たちはどよめいた。

 そんなクラスメイトたちを尻目に明奈は秀吉に話しかけた。


「あれって……もしかして?」

「うむ。あれはわしの姉上じゃ」

「そうだよね!よかったぁ、ドクペのゲンカンかと思ってビクっとしちゃったよー!」

「それを言うならドッペルゲンガーでしょ……」

「お主は本当に……いや、言わぬが花か」

「はー?なにさまですかー?横文字がわかると偉いの?2人とも総理大臣気取り?」


 呆れ果てる美波と秀吉に対して明奈は小学生のような反論をする。そんなおバカな会話を繰り広げる3人も無視して、挑発的な笑みを浮かべた優子は壇上に上がった。


「私はAクラスの使者、木下優子。失礼するわねFクラス代表さん?」

「……いったい何の用だ」


 相手の真意を探るようにジロジロと優子を見つめる雄二。すると優子はびしりと彼を指さすと高々と宣言した。


「AクラスはFクラスに試験召喚戦争の宣戦布告をします」

「「「なん……だと……!?」」」


 突然の宣戦布告、Fクラスに激震が走る。どうしてAクラスが試召戦を挑んでくるんですか?わけがわからないよ。


「教授!!これはいったい?」


 すかさず須川亮は、蝉のように窓に張り付いている老人に問いかけた。住所不定無職の不法侵入者だが、またまた髭に手を当てると鋭い指摘をする。


「うむ、さしずめFクラスを叩きのめすことで学園の秩序を正したいのじゃろう」

「だにぃ!?ふざけたことをしやがってぇ!!」

「ホーゥ、ヒョウテキトージョーダナ」

「こいつがAクラスか。もろそうだな」

「いやいやいや!アンタたち、何で当然のように不審者を受け入れているのよ!?まともなのは私だけか……!?」


 それを言っちゃあお終いよ。ボートを用意しろ。

 それはともかく、眩暈がするほどのFクラスの愚かさに優子は衝撃を受けた。世界は驚きと奇跡に満ちている。これが学園スラムであるFクラスの実態だ。

 一呼吸置いた優子は雄二を睨むと大声を出した。


「とにかく!最高クラスの私たちには学年の風紀を正す義務がある!勉強もせずに試験召喚戦争で暴れるアンタたちにお灸を据えないといけないわ!」

「自分たちが正義ってか?はんっ……気に入らねぇな」

「そうだよっ!それにAクラスともあろうものが試召戦後のクラスに宣戦布告するなんて卑怯だっ!それでも人間か!?最低っ!お前ら人間じゃねぇ!」

「アキ……あんたにだけは絶対言われたくないと思うわよ」


 卑怯とらっきょうが大好物な女子高生、いったい何井何奈だ……?

 いつもなら一蹴するバカの言葉に、雄二も首肯する。


「そこのバカが言うように確かに卑怯だ。随分と最高クラスらしからぬ戦い方をするんだな」

「あら、勝てば官軍負ければ賊軍。大事なのは過程ではなく結果でしょ?」

「くっ!非の打ち所がねぇ正論だ……!」

「たしかにっ!」

「…………納得!」

「負け犬に正義はないからのう」

「アンタも随分とFクラスに染まったのね、秀吉」


 卑怯上等・死人に口なしを地で行くFクラスに、優子は正直引いた。ついでに人間性が腐りFクラス化が進行している弟を心底軽蔑した。

 実のところ、最高クラスらしからぬフェアでない戦い方には、優子も違和感があった。Aクラスならむしろ、万全の状態の敵と対峙して、余裕で勝利すべきなのではないか、と。それに今朝、高橋先生から話があったとき、代表が想像以上に乗り気だったのも気になる。

 とはいえ、使者である自分のミッションはFクラスとの試験召喚戦争を始めること。キッとFクラス代表の雄二を見つめ、言葉を促す。首をならすと雄二はニヤリと笑みを浮かべた。


「こっちも望むところだぜ、正義の味方さんよぉ」

「ふーん、話が早くて助かるわ」

「まぁな。どうせ結果は変わらねぇ。いっそのこと代表同士の一騎討ちで手短に勝負を決めないか?」

「……別に構わない」

「だ、代表っ!?」

「……ただし、負けた方が勝った方の言うことを聞く」


 いつの間にか自分の隣に黒髪ロングの美少女がいることに気づき優子はのけぞった。彼女こそ、Aクラス代表の学年主席・霧島翔子だ。

 普段は感情の読めないポーカーフェイスを貫いているが、今は違う。心なしか雄二を見つめる視線が熱っぽく、キラキラした瞳は恋する乙女のそれだ。にもかかわらず、浮気した亭主に対する嫉妬や不満が表情にあらわれており、身体全体から怒りと憎しみの炎が燃え上がっている。

 端的に換言すれば、頬を膨らませてむくれているのだが、周囲に漂うオーラは恐ろしく今にも雄二のムスコを切り落としそう、ということだ。

 悪寒を感じ玉ヒュンする雄二だったが、試召戦を始めた目的が目の前にいる以上、引くことはできない。じとりと大蛇のように見つめてくる翔子を睨み返す。


「いいだろう。受けて立つぜ」

「……交渉成立」

「ちょ、ちょっと待って!せめて5本勝負にしましょう!代表が負けるとは思わないけど、もしもを避けたいわ!」

「いいぜ。だが各試合の科目は俺たちが選ぶ」

「うっ……!仕方がないわね……」


 雄二と優子が交渉をしている傍に立つ翔子。そんな彼女に明奈は勢いよく抱き着いた。


「翔子ちゃん!久しぶりー!」

「……明奈。元気?」


 いえーいとハイタッチする2人。楽しそうに笑う明奈と、嬉しそうな翔子。思わぬ百合供給にFクラス男子たちは、てぇてぇ、を連呼する。VTuberにスパチャしてそう。

 そんな2人を雄二は怪訝そうな顔で見た。


「あん?お前ら知り合いだったのか?」

「えへへー、中学のときからの友達なんだぁ」

「……親友」


 ジャンジャジャ~~ン!今明かされる衝撃の真実ゥ!学力最底辺と最高峰の2人が親友ということは、意外と誰も知らないことだった。

 Fクラス生徒たちは、ほう中学校からの親友ですか……たいしたものですね、と言わんばかりに有識者ぶった表情で2人のことを見ている。脳内に広がっているのは百合妄想だろう。

 一方、受け入れがたい事実に優子は白目蒼白になった。吉井明奈……恐ろしい子ッ!


「し、信じられない!まさか代表が学年一のバカと親友だなんてっ!」

「翔子、いくらなんでも少しは友達を選んだ方がいいぞ?バカが感染っちまう」

「ちょっと!どういうことっ!?」


 学力的には足して2で割ればちょうど良さそう。ただし常識が足りないのは明奈も翔子も一緒。そういう意味では似た者同士なのかもしれない。

 雄二の発言に明奈は頭から湯気を出して抗議した。知恵熱ではない、怒りの湯気だ!俺の怒りが有頂天!詰め寄られた雄二は冷たい目で明奈を見降ろすと鼻で笑った。


「お前のバカさは他人に悪い影響をおよぼすレベルで最悪だってことだ。わかったら反省しろバカ」

「酷いっ!最低無神経ゴリラだっ!顔も頭も性格も悪い不良在庫のくせに!キングコングのなりぞこない!」

「なんだァ?てめェ……」


 雄二、キレた!!

 ボキボキと手をならし拳骨の準備をする。そんな雄二と明奈の間に翔子が割って入る。


「……明奈は確かに成績が悪い。それでも私の大切な親友。いくら雄二でもそんなこと言わないで欲しい」

「うぅぅぅっ!翔子ちゃぁぁあん!」


 両腕を広げて明奈を守るように立ちはだかる翔子。最愛の旦那様が第一とはいえ、大好きなお嫁さんのことを貶されて怒らない女ではない。そんなカッコいい翔子にジーンときた明奈は感極まって腰に抱き着いた。なにこれ百合じゃん。

 最高の百合展開にガッツポーズをとり涙を流すFクラスのキモ豚たち。KIMOI、KIMOIER、KIMOIEST。対して、愛しの彼女をポッと出の女にとられた美波と瑞希は、静かに修羅を燃やしていた。これまでにない禍々しい嫉妬の炎が2人の身を焦がす。

 寝取られやレイプは脳を粉々に破壊するよ。優しいものを見たり想像して脳を守ってね。 

 正確には、翔子は中学校からの親友なので、むしろポッと出の女は美波と瑞希になるのだが、そんなのは些細なこと。答える立場にないので答えは控えるが問題はないという認識だ。2人は都合の悪い事実から目を背けることにした。


「1つ気になったのじゃが、雄二と霧島は知り合いなのかのう?下の名前で呼び合うなど、随分と親しげじゃが」


 秀吉の問いに先ほどまで騒々しかったクラスがしんと静寂に包まれる。いい質問ですねぇ!そんななか、翔子はほんのり頬を染めて呟く。


「……雄二とは幼馴染」

「「「死ねぇ坂本雄二ぃぃぃいいい!!」」」

「危ねぇ!」


 翔子の言葉を合図にFクラス中から、彫刻刀やカッターナイフなどの殺傷性の高い道具が、雄二の顔面へと飛んで行った。それをよける姿はまさにMATRIX。黒板に刺さった刃物で雄二の頭の形ができていた。


「いきなり何すんだお前ら!」

「百合の間に挟まる男は殺してもいい。古事記にもそう書かれている」

「幼馴染だ!幼馴染だろう!?なあ。黒髪美少女の幼馴染だろうおまえ。首置いてけ!なあ!」

「お前を殺す」


 デデン!

 突然の非モテ男子たちの怨念をぶつけられる雄二。超理不尽。これぞFクラス。

 一瞬のうちにFクラス男子たちは黒装束に三角巾を被り、モーニングスターや鎌などの武器を掲げる。Aクラスの2人を無視したFFF団による粛清が始まった。

 そこは、狂気に満ちた無慈悲な楽園だった……。文月学園の底辺、Fクラスへようこそ。ここは狂気の最高峰。

 ふざけんなぁ!と叫び逃げ惑う雄二と追い回すFFF団。そんな珍百景を放置して翔子は明奈の方を向く。愛しの旦那様がしぶとい死にぞこないであるがゆえの無視だ。さすが学年主席、お頭の出来が違いますよ。


「……酷い教室。明奈は大丈夫?」

「全然っ!最低なクラス環境だよ~」

「……そう」


 不満げに頬を膨らます明奈を翔子は優しくなでた。霧島翔子は私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!そんな毒電波を受信しつつも明奈はデレデレする。

 このとき翔子はクラスメイトも含めたFクラス全体のことを指していたが、明奈は教室設備についての感想を語っている。このすれ違いが後々、Fクラスを恐怖のどん底に突き落とすことを、まだ誰も知らない。


・・・・・・・・・


 その後、Fクラス生徒たちに追い回された雄二は、昼休みになると明奈らとともに屋上で集まった。制服はボロボロでまだ生傷も少し残っている。


「くそっ……あいつらマジで容赦ねぇな……」

「いやー見事にボロボロだねー。大丈夫~?」

「心配している割に随分と嬉しそうじゃな」

「…………他人の不幸は蜜の味」


 これぞFクラス。ほくほく顔の明奈に雄二は軽く殺意を覚えた。


「で、どうすんのよ坂本。Aクラスと一騎討ちなんて勝てなさそうだけど」

「確かにのう。常識的に考えてAクラス生徒を1人ずつ囲んでリンチしないと勝てぬのではないか?」

「いや……むしろ狙い通りだ。科目を選べる代表同士の勝負なら、勝ち目はある」


 美波と秀吉が不安そうに問うと雄二はしたり顔で答えた。その自信ありげな態度に5人は不思議そうな表情を浮かべる。


「えー?翔子ちゃん相手じゃ雄二に勝ち目なんかなさそうだけど」

「吉井、大化の改新がいつに起きたかわかるか?」

「……わかんないけど」

「ヒントは飛鳥時代の出来事ということじゃな」

「あ!じゃあ2014年くらいの話だね!」


 ASKAの話はやめてさしあげろ。

 秀吉の助け舟も空しくバカな答えを出す明奈に、雄二は長い溜息を吐き呆れかえった。


「正解は645年。無事故の大化の改新と覚えられるが、俺は翔子に625年と教えてしまった。あいつは一度覚えたら忘れない。もし出題されれば、確実に間違えるだろう」

「むふふ~。何だかんだ言いつつも雄二って翔子ちゃんのことわかってるんだね~。何だかカップルみた~い」

「確かに。意外と坂本と霧島ってお似合いなんじゃない?」

「何だか夫婦みたいですね!」


 翔子の弱点を語る雄二に明奈は茶々を入れる。によによしながら、ユーたち付き合っちゃいなYO、と言わんばかりに攻める。こいつぁおせっかい焼きの吉井明奈!翔子の恋路が心配なんで雄二にくっついてきた!

 その言葉を待っていたとばかりに美波と瑞希が援護射撃する。翔子という最大のライバルを目にした今、少しでも明奈の周りにあるフラグはへし折りたい所存であった。


「ばっ、ちげーし!好きじゃねーし!別に翔子のことなんて!」


 3人からの生暖かい視線に対して、雄二は顔を真っ赤にして否定する。さながら特定の女子に悪戯ばかりする小学生男児がクラスの女子に、誰々ちゃんのこと好きなんでしょ~、と言われたときの反応のようである。模範的ツンデレというやつだ。誰得ですか?


「ところで、そのお弁当ってもしかしてアキの手作り?」

「うん!なにせ一人暮らししてるからねー」

「へぇ!随分と美味しそうね。さすがアキ」

「す……すごいですっ!吉井さんって料理上手なんですね!」

「いやぁ~……それほどでもぉ~?」


 話題を変えようと美波は明奈のお弁当の話をする。正直、雄二のことなんて興味がないから仕方がない。美波の世界は明奈を中心に回っているのだ。

 自作のお弁当を瑞希や美波に褒められてデレデレする明奈。ひざ元の小さな弁当箱には色とりどりのおかずが詰まっていた。夕食の残りや作り置きしたおかずを駆使して作ったお手軽弁当だとか。

 本当は食費すらも削ってソーシャルゲームに課金したいのが明奈の本音だ。ただそれをすると超過保護な姉が飛んで来るので、したくてもできないという。一度やったら大変なことになったとか。

 明奈のことを溺愛している姉・吉井玲は、常日頃から最愛の妹が健康的な一人暮らしをできているのか心配している。チャットアプリで毎晩声を聴かせないと何度も執拗に鬼電してくるほどだ。そのため、明奈は毎日写真付きで食べたものを姉に送っている。まるでRIZAPだ。

 それはそれとして、美味しそうな明奈のお弁当に雄二たちも感心した。


「確かにうまそうだ。バカでも料理はできるんだな。俺のバランと交換しようぜ」

「ごめんね。ゴリラ語わかんないから、雄二の言ってることもわかんないや」

「は?殺すぞ」

「どっちもどっちじゃのう」

「…………筍の背比べ」


 バランとはプラスチックでできた葉っぱのことだ。お弁当の仕切りとかで使われる。

 全盛期の大英帝国も真っ青な雄二の理不尽契約に思わず秀吉と康太は苦笑する。ちなみに、この2人も自分のお弁当にあったパセリやたんぽぽの花と明奈のおかずを交換しようと考えていた。目くそ鼻くそである。

 ゴミを押し付けておかずを奪い取ろうとする3人の箸に明奈も応戦する。その姿はスターウォーズのジェダイ同士の戦いを彷彿とさせる。フォースと共にあらんことを……。

 4人でジェダイごっこをしている一方、美波と瑞希は談笑している。そんな和やかな昼休みももうすぐ終わりだ。明日はいよいよ決戦だ。


・・・・・・・・・


 放課後、忘れ物をしてしまった明奈はFクラスの教室に戻った。すでに日も落ちつつある夕方、教室はオレンジ色に染まっている。中にはボロボロの卓袱台で一生懸命勉強している瑞希がいた。


「あれ姫路さん?まだ残ってたんだ?」

「吉井さん……はい、明日の戦いで少しでも皆さんのお役に立ちたいので」


 どうやらこれから試験を受けるようだ。自分と違って勉強熱心な瑞希に明奈は尊敬の念を覚える。


「姫路さんってすごい頑張り屋さんなんだね」

「私にはこれくらいしか取り柄がないですから」


 素直に褒める明奈だったが瑞希は少し悲しげに俯く。自己肯定感が低いからこそ、無理をしてしまうのだろう。けほけほと咳をしながらも問題を解く手は止まらない。

 そんな瑞希の卑屈な自虐を明奈は笑顔で否定した。


「そんなことないよ!姫路さんがいてくれるおかげで癒しがあって皆ハッピーだよ!」


 なお、視線はその豊満なバストに集中している。ハレンチなのはいけないと思います!

 それに気づいていないのか、瑞希は頬を染めて嬉しそうに話す。恋する乙女のように。


「ふふ……、やっぱり吉井さんは優しいですね」

「そうかなぁ?えへへ~」

「……坂本君から聞きました。吉井さんは私のためにAクラスの設備を勝ち取ろうとしている、って」


 そう言うと瑞希はぎゅっとスカートの裾を握りしめる。自分が明奈の負担になっていることへの負い目と、彼女に少なからず心配されていて想われていることへの嬉しさが、瑞希のなかで複雑に混じり合っていた。


「そうだよー。だって姫路さんが辛いのは嫌だから!」


 そんな瑞希の気持ちに気づくわけもなく、明奈はのんびりとした調子で答えた。一見するとぽやぽやしたバカだが、友達への気遣いと愛は誰よりも深いのが明奈だ。


「私ね、友達と楽しい学園生活を送るのが夢なんだ」

「楽しい学園生活、ですか?」

「うん!雄二や秀吉、ムッツリーニとバカなことやって、翔子ちゃんとも恋バナして。もちろん、美波ちゃんや姫路さんともいっぱい遊んで!」

「吉井さん……」

「だから、クラス設備のせいで姫路さんが苦しむのは、絶対にイヤ」


 じっと瑞希の目を見つめて決意をあらわにする。想い人の思わぬ表情に瑞希はきゅんとしてしまう。


「姫路さんは、もう一度振替試験を受けられるなら受けたい?Aクラスに行きたい?」

「……Aクラスに?」

「姫路さんが望むなら私は応援する」


 瑞希を見つめる明奈の瞳が不安に揺れる。離れたくない。だけど、彼女のことを思うなら後押ししないといけない。そんな相反する考えが、明奈の心の底で渦巻いていた。

 いくらバカとはいえ、明奈も瑞希がAクラスに編入するのが最善だということをわかっていた。だというのに、試召戦でAクラスの設備を奪う、という勝ち目の薄い賭けに出たのは偏に彼女のエゴだ。どこか懐かしくて愛しい瑞希と一緒のクラスで青春を送りたい。そんな願望が明奈を動かしていた。


 彼女の想いは残念ながら瑞希には伝わっていない。だが漠然とした明奈の愛を感じたことで、瑞希は天にも昇る想いだった。シャーペンを置き立ち上がると瑞希は明奈の方へと歩を進める。


「吉井さんは可愛いですね」

「姫路さん?」


 ぎゅっと明奈のことを抱きしめる瑞希。恍惚とした笑みを浮かべている彼女だったが、その表情からは何やら闇を感じる。ただ抱きしめられた明奈からはその表情もうかがえない。突然の行動に明奈は目をぱちくりとさせている。


「……どこにも行ったりなんかしません。貴女の愛があれば、私は不滅です」


 そう言い放つと明奈から瑞希が離れた。張り付いたような笑みを浮かべるその顔には影がさしている。それは夕陽が生んだものなのか、それとも彼女の内面のあらわれかはわからない。

 なぜだかわからないが引き込まれてしまった明奈は、その場で瑞希に見惚れているかのごとく立ち惚けていた。そんな彼女の耳元で瑞希はささやく。


「明日の決戦……私、頑張りますから。精一杯応援してくださいね?」


 マリア様……これは友情?それとも恋なのですか?

 少女たちの想いが交差するなか、遂に最終決戦が始まる。

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