第2話 バカ女とDクラスと試験召喚戦争

「さて、皆に1つ聞きたい」


 両手を広げると雄二は教室内の設備に視線を向けた。


「俺らに与えられたのは腐った設備。勉強はおろか、教室にいることさえ苦痛になるほど最低最悪だ」


 視線の先にあるのは、ボロボロのちゃぶ台、シミのついた畳、そしてひび割れた窓と壁。

 劣悪な設備を目にしたFクラスの生徒たちは強く頷き同意した。


「片やAクラスは冷暖房完備で座席もリクライニングシートだ。聞けば高級ホテルよりも居心地が良いとか」


 クラスメイトたちはごくりと喉をならす。脳裏に浮かぶのはAクラスの最高の設備。

 何であいつらばかり、どうして俺らだけが。心に生まれるのは学園に対する怒り、憎しみ、猜疑心。

 不平不満のマグマが沸き上がるのを確認すると、一呼吸を置いて雄二は問いかけた。


「一握りの成績優秀者ばかりが甘い汁を吸う学園。お前ら、不満はないのか?」

「「「大ありじゃあっ!!!」」」


 突如、立ち上がり怒りをあらわにする生徒たち。各々の怒号がオンボロ教室を揺らす。学園の制度だから仕方ないと我慢できるレベルはとっくのとうに超えていた。


「なんでAクラスに予算が多く割り当てられてんだ!俺たちの席を返せ!」

「ゼンリョク虫唾がランニング!」

「学費が安いからって限度がある!もう、学び舎ってレベルじゃねーぞ、オイ!」


 口々に胸中を吐き出す劣等生たち。1%の特権階級たるAクラスばかり優遇されて不公平じゃないか!俺たちは99%だ、大衆のための学園運営を!そう言わんばかりに彼らは拳を突き上げる。


「みんなの意見はもっともだ。そこで」


 雄二は挑発的な笑みを浮かべて言葉を続けた。


「--FクラスはAクラスに試験召喚戦争を仕掛けようと思う」


 学年最高レベルの頭脳を持つAクラスへの宣戦布告。明らかに現実味のない提案に、さきほどまでは勢いのあった生徒たちも急速に言葉を失ってしまう。


「Aクラスに勝てるわけないだろ……頭ハッピーセットかよ」

「姫路さんさえいてくれればそれでいい」

「ミナアキはジャスティス」

「は?アキミナだろJK」

「何も持っていないとき、人は頑張れる」


 諦めの言葉が教室中からあがる。

 これまで散々、劣等生として扱われプライドも失ってしまった生徒たちには、反抗する意志も残されていなかった。やっぱり、負け犬根性が染み付いた奴には苦労するな。

 既にFクラスはお通夜ムードに入ってしまった。Fクラスの生徒たちは不安よな。坂本 動きます。

 パァンッ!と大きく手を鳴らすと、雄二はクラスメイトたちを鼓舞した。


「お前ら諦めるのはまだはえーぞ。俺たちは必ず勝てる。このクラスには戦争で勝つことのできる要素が揃っているからな」


 その言葉にクラスはざわめきだした。一体どういうことだってばよ!

 聴衆の反応に気をよくした雄二は、得意の不敵な笑みを浮かべるとまずは康太を指した。


「まず、そこで畳に顔をつけて姫路のスカートを覗こうとしている男は土屋康太。寡黙なる性職者(ムッツリーニ)だ」

「え……きゃあ!」

「…………!!」


 雄二がそう言うと康太は必死になって顔と手を左右に振り、否定のポーズを取った。その顔には畳の跡が残っている。

 スカートを覗かれそうになっていた瑞希は裾を押さえ、康太から少しずつ遠ざかった。


「現行犯なのに覗きの証拠を隠して、下心なんてないかのように振る舞うとは。ムッツリの名に恥じない男だ」

「あれが最大勢力ムッツリ商会の……」

「正直、めっちゃタイプだ」

「そして姫路だな。Aクラスに匹敵する逸材であり、ウチの主戦力だ」

「えっ?わ、私ですか?」


 雄二は瑞希を指しクラスメイトたちに希望を与えた。クラスからはおお!と感嘆の声が各所からあがってくる。


「そうだ。俺たちには姫路さんがいるんだ!」

「可愛くて頭も良いエースとか最高かよ……」

「悪いが女には興味ないね」


 さらに、と雄二は秀吉を指し言葉を続けた。


「それに演劇部のホープ、木下秀吉だっている。当然、俺も全力を尽くす」

「確かに2人がいればなんだか頼もしいな」

「坂本って小学生の頃は神童とか呼ばれてたっけ?」

「おいおい……マジでイイ男ばっかりで胸が高鳴るぜ。一体どうなってんだ、Fクラスはよぉ!」


 クラスのボルテージは有頂天を突破しつつある。気を良くした雄二は明奈を指した。


「それに、吉井明奈だっている。一見ただのバカだがそうじゃあない。こいつはな、観察処分者なんだ」

「「「な、なんだってー!!!」」」


 雄二の言葉にクラス全体に激震が走る。だが誰もその意味を理解はしていない。何となくのノリで驚いているだけだ。クラスメイトたちの反応にきょとんとする明奈。大丈夫、誰もわかってないから。


「教授!!これはいったい?」


 たまらず須川亮は窓辺に立つ老人に問いかけた。ちなみにこの老人は教授でもなければ学園関係者でもないただの不審者だ。住所不定無職。

 しかしこの老人、顎に手を当て神妙な顔をして、ぽつりと真理を言い当てた。


「うむ、観察処分者とはすなわちバカの代名詞。つまりはこの学園で史上最悪のバカだということじゃ」


 不法侵入老人の発言にFクラスの生徒たちは一斉にずっこけた。ただのバカかーい!

 一方、明奈は顔を真っ赤にしながら不服そうに抗議した。非常に可愛い。瑞希と美波もほっこりとした表情で彼女を見つめている。


「違うよ!ちょっとお茶目でプリチーな16歳につけられる愛称で」

「いや。確かにこいつの成績は最底辺、前代未聞のバカで悪さばかりするダメ人間だ。役立たずかもしれないからさっきの発言は忘れてくれ」

「ちょっとぉ!?雄二!?」


 突然の梯子外しに明奈は絶望した。

 ただ、がっかりしたのはクラスメイトたちも同じ。教室のあちらこちらからヤジが飛び始めた。


「成績最底辺とか、ただの戦力外じゃねぇか!引っ込んでろ!」

「しかもヤバいこともやってるってことだろ?大問題児と言わざるをえない」

「ふぅん、おもしれー女」

「認知症と言ったら怒られるけど、判断力、脳がおかしいとしか言えない」

「あの……ヤジは本気で傷つくのでやめてほしい」


 これじゃあサンドバッグじゃないか!あんまりな言葉の数々に明奈はさめざめと泣くしかない。

 一応、観察処分者は教師の雑用を手伝うため、特例として召喚獣は物に触ることができる。その反面、召喚獣が受けるダメージの幾分かは明奈に痛みとしてフィードバックされるという。正直なところ、メリットはあまりないように思えてしまう。

 こほんと声を整えると雄二は大声を出す。

 

「とにかくだ!まずはDクラスに対して試験召喚戦争を起こし、前哨戦といこうじゃないか!」

「「「おー!!!」」」


・・・・・・・・・


「まったく!雄二はホントに失礼だよっ!」


 雄二の演説後、作戦会議があると言われ屋上に向かう明奈たち。ぷりぷりと怒る明奈を瑞希や秀吉が宥める。


「まぁまぁ。もう許してあげましょうよ」

「うむ。雄二も色々と考えがあって言ったのじゃろう。そう気を荒げるでない」

「覚えてろ坂本雄二ィ……地べたを這いずり泥水をすすってでも目にもの見せてやる」


 それでも明奈の怨念は消えない。人の業は果てがないから、人の恨みは尽きない。

 憎き雄二を思い浮かべ眼を血走らせる明奈を指しながら、美波は康太に話しかける。


「ねぇ……確認なんだけど、アキと坂本は友達なのよね?」

「…………昨日の敵は今日の友」


 逆に言えば昨日までは敵だったわけだ。Fクラス情勢は複雑怪奇なり。

 だが、人を恨めば自分に返ってくる。古い校舎特有の謎の床の盛り上がりに、明奈は足をひっかけてしまう。グフっ!とおかしな悲鳴をあげて明奈は盛大に転んだ。ドムっと鈍い音をあげ、ザクっと廊下を滑る。さすがのドジっ娘である。


「ちょっ!アキ、大丈夫!?」

「うぅ~っ!これも全部雄二のせいだ!あの非人道的サイコゴリラめぇ~!」

「八つ当たりにもほどがあるでしょ……」


 横座りになりおいおいと涙を流す明奈。継母と義姉らに虐められたシンデレラのようだが、実際は勝手に転んだ挙句、無関係な人間を呪っているクズである。


「ムッツリーニよ。なにゆえ写真を撮っておるのじゃ?」

「………………シャッターチャンスは逃さない」


 ここぞとばかりに明奈の周囲をカサカサと動き回りシャッターを切り続ける。その姿、まるでゴキブリ!来週のムッツリ商会の商品ラインナップに、今日撮った写真が加わるはずだ。

 見るも無様な明奈、そんな彼女に心優しい瑞希は声をかける。


「吉井さん。膝の傷とかこれで抑えてください。その……私のハンカチでごめんなさい。絆創膏とかあれば良かったのですが……」

「イヤ……姫路さんありがとう(結婚しよ)」 


 瑞希は明奈の擦り傷を自身のハンカチで拭いた。マジかよ天使じゃん。あまりの神対応に明奈もジーンときてしまう。おっぱい星人の明奈からすれば、瑞希は豊満なバストを持つ女神様だ。


「ほら明奈、作戦会議に行くわよ。あんたが部隊長になるんだから、しっかりしなさい」


 そう言うと美波は、感動の余韻を噛みしめている明奈を引っ張り上げた。

 瑞希が信仰の対象である女神だとしたら、明奈にとって美波は甘えられるお母さんだ。厳しくも優しい、そしてちょっぴり甘やかしてくれる、そんな理想の存在らしい。たまに怖いが。


「えぇ~……もうめんどくさいよー。欠席しまーす」

「そんなこと言わないの。まったく、明奈には一度Das Brechen……えっと日本語だと」

「………………調教」

「そう、調教の必要がありそうね」

「ひえっ」

「まったく……美少女なのにバカなことばっかり」

「………………確かに需要はかなりある」


 あまりのバカさゆえに男子陣ですら忘れがちだが、明奈はかなりの美少女だ。ムッツリ商会でもブロマイドなどのグッズが多数販売されており、DクラスやFクラスのみならずAクラスでも商品が流通している。本人が隙だらけなので際どいモノも多く高額商品やレアモノもあるとか。


「えぇ~~~???そぉかな~~~???いやぁ~~~???私ってバカだしぃ~~~???」

「調子乗ってるとお嫁に行けない身体にするからね」

「ひえっ」

「…………グハッ!!!!」


 右手をワキワキとさせる美波を前に明奈も思わず胸を隠す。この仕草は明奈の胸を揉みしだくというサインだ。

 なお、哀れなムッツリは美波の言葉だけでめくるめく妄想世界に突入してしまい自爆した。すごいすごーい!ムッツリーニは鼻血を出すのが得意なんだね!

 明奈も懇願するように美波のことを見つめてしまう。するとピン!と美波にデコピンされた。


「少しはしっかりしなさい。わかった?」

「う~~~、はいぃ……」

「よろしい」

「お主らは何をやっておるか。早く行くぞ」 


 旧校舎の屋上に着くと、雄二を中心として作戦会議が始まった。


「良いか、今回の作戦はごく単純だ。Dクラスの侵攻を食い止めて姫路が回復試験で点数を稼ぐ時間を確保する。そしてDクラス代表の隙を作ったところで、試験後の姫路が討ち取る。以上だ」

「なるほど。持久戦に持ち込んだうえでの奇襲攻撃で突破ということじゃな」

「わ、私……が、頑張りますっ!」

「おう、頼りにしているぞ。姫路」


 ガンバリマスロボのように奮い立つ瑞希と笑みを浮かべ頷く雄二。2人の間に何だか信頼、絆みたいなものが生まれているかのように感じる。

 ここだけの話だが瑞希は明奈が好きだ。マジでぞっこんLOVEしている状態らしい。

ただ明奈からすれば、そんなことわかるわけがない。同じ小学校出身とはいえ、振り分け試験のときに熱を出した瑞希を助けたこと以外で接点はほぼなかったのだから。

 恋に恋する乙女としては、はにかむように笑う瑞希と、自分や美波に対する時とは違って何だか爽やかな感じで話す雄二は、お似合いのカップルのようだ。少なくともどちらかが好意を持っていてもおかしくないようにも思えてくる。


「これは同志に報告かなー……」

「おい吉井。バカのくせに独り言を言うなバカ。そんなんだからバカなんだぞ、バカ」

「ねぇっ!何回バカって言ったっ!?バカって言う方がバカなんだよっ!?ブァーッカ!」

「不毛な言い争いはやめなさいよ……」

「まるで小学生じゃな」


 そういえば、と秀吉はかねてから気になっていたことを聞くことにした。それは雄二と明奈の関係についてだ。


「お主らは息ぴったりじゃが、もしかして交際などしていたりするのかのう」

「「はぁぁぁああああっ!?」」

「そうなんですかっ!?吉井さん!」

「なっ、アキと坂本がいつの間に!?」


 秀吉の爆弾投下に揺れる屋上。明奈と雄二に4人の目が集まるなか、2人は必死になって否定する。


「ないない!雄二はマジで絶対にない!ありえない!だって私の理想は、身長180センチ以上の壇ノ浦冬馬みたいなイケメンで、年収が4ケタで、年齢プラス5歳までのママになってくれる人なのっ!身長以外まるでかすりもしないし!根は優しくてちょっと頼れるゴリラかもだけど、雄二とかこっちから願い下げ!完ッ全に事故物件だから!」


 理想が高すぎて対価で身体が全部持って行かれそう。負けじと雄二も反論する。


「ああ、まったくもってありえないな!こんなバカにどうすれば惚れるのか皆目見当がつかない!ゴキブリ並の生命力しか取り柄がない、常識なしの宇宙人みたいな女だぞ!?デリカシーもゼロ!もっとお淑やかな大和撫子だったら良いが、まるで正反対のガサツなバカ女じゃないか!顔が少し良くて茶目っ気があるかもしれないが、恋人にしたいなんて1ミリも思わない!考えただけで悪寒がするしむしろこっちが願い下げだ!」


 脳裏に浮かぶ理想の相手は黒髪ロングの幼馴染。言葉にはできないが、あの日から彼女に強く惹かれている。そんな坂本雄二は男のツンデレという正直、誰得な存在だ。

 互いに引けを取らない罵倒合戦に明奈と雄二はにらみ合う。


「んまー!こんなチャーミングな女子に願い下げとかどんだけー!?ゴリラの癖に理想が高すぎるんじゃなくって!?目の手術と整形を強くおススメしますわー!」

「お前にだけは理想が高いなんて言われたかねぇよ!イマドキ小学生でもそんなバカげたハードル立てねぇよ!お前のバカさは天元突破してんのか!?サル以下のバカが!」

「なにぉー!?」

「やんのかー!?」


 死ねーッ死ねーッ死・死・死・ね、と口を揃えて罵倒し合う2人。そんな白熱討論を尻目に秀吉もため息を吐く。


「うむ。とりあえず恋仲ではないが、息ぴったりだということはわかった」

「ホント仲良いわよねーあんたたち」

「2人がちょっぴり羨ましいですっ」

「「どこがじゃっ!!」」


 そんなこんなで作戦会議は白熱していった。初めての試験召喚戦争は午後からの開幕である。


・・・・・・・・・


「アキ!前方からDクラスが攻めてきてるわ!」


 Dクラスとの試験召喚戦争が始まってから30分が経過している。主戦場となっている新校舎と旧校舎の渡り廊下では、激しい戦いが繰り広げられていた。

 戦闘の中心は秀吉の率いる先遣部隊だが、一部のDクラス生徒が戦線を突破。そのせいで、後方支援を担っている明奈の部隊も、既に戦闘を始めている。


「複数人で1人を囲んでいるからまだ大丈夫だけど、さらに多くの敵が来たら厳しいわよ」

「おっけー!じゃあ各位、転進!」

「了解!」「了解!」「了解!」「(^q^)ハイ!ワカリマシタ!」


 転進とはすなわち撤退である。無様な敗走であることを隠すための都合の良い言葉だ。作戦と違う行動を見かねた美波は、仲間を捨てて逃げようとしたバカの頭を小突く。


「何言ってんの、おバカ!」

「だって、私の場合フィードバックがあるからあんまり戦いたくないというか」

「ウチがアキのことは守ってあげるから!大丈夫よ!」

「美波ちゃん……ありがとぉ……!よーし……一緒にがんばろー!」

「任せて!あいつらの奥歯ガタガタ言わせてやるわ」

「ひえっ」


 やはり美波は少し怖い。

 とはいえ戦況は芳しくない。新校舎側から新たに2人の教師が走ってくるのが見える。立会人の教師が増えればそれに伴って戦線も広がってしまう。瑞希が回復試験を終えるまでの時間を稼ぐためにも、最低限の戦線に抑えて、じわじわとDクラスの戦力を削らなければならない。


「アキ!五十嵐先生と布施先生よ!Dクラスの奴ら、化学で押しきる戦略みたい!」

「美波ちゃん、化学に自信は?」

「全くなし。基本60点台」

「うーんこの底辺クラス感」

「あんたにだけは言われたくないわよ」


 雑談をしていようと状況は刻一刻と変わっていく。気づけば明奈の部隊の生徒たちは、Dクラスに押され気味だ。


「やってやるぅ!やってやるぞぉ!う……うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

「って、おいいいいいいいいいい!!!無理だろ!いやこれ無理だろ!」

「もうダメだ……お終いだぁ……」

「Dクラスの倒し方、知らないでしょ?俺も知らないんですけど」


 もはや阿鼻叫喚。このままでは全滅も時間の問題だ。

 何か突破口はないものか。辺りをキョロキョロ見回したところ、明奈はあることに気がついた。立会人の1人である布施先生の背中が心なしか曲がっているのだ。さらに、やたらと片手で腰の辺りを擦っている。

 そういえば、と明奈は思い出した。授業中の雑談で布施先生が言っていたことを。最近、ぎっくり腰になってしまい腰の調子が悪い、と先生は恥ずかしげに話していた。


「あ、閃いた」


 名案が思い付いたとばかりに手をぽんと叩く。無邪気な表情を浮かべているが、明奈の脳内には悪魔的アイデアが浮かんでいる。Think Different。

 これが文月学園を代表するゲスの極み乙女だ。

 思い立ったが吉日。明奈は近くの掃除ロッカーから箒を取り出して召喚獣に持たせる。そして五十嵐先生と高橋先生の注意が他所に向いた瞬間、その箒を投げ飛ばした。


「いっけぇぇぇええ!私のロンギヌスぅぅぅう!」


 この日、召喚フィールドとともに、布施先生の腰が砕け散る音がした。

 召喚獣が持つ強力なパワーで投擲された箒は、最悪の凶器となり布施先生に襲い掛かったのであった。


「はうぁっ!」

「布施先生っ!?」


 がくりと崩れ落ちる布施先生。渡り廊下に立っていた五十嵐先生も思わず彼に駆け寄った。それに伴い、化学の召喚フィールドは一時的に消滅。Dクラスに押されていた渡り廊下戦線は、新校舎側に立っている高橋先生の周囲にまで後退した。

 召喚フィールドは立会人である教師を起点とした半径10メートル内に限られる。当然、教師が減れば領域は狭くなるし、戦闘に参加できる人数も限られてしまう。


「よっし!ホールインワン!五十嵐先生!早く布施先生を保健室に連れていかないと!」

「え、吉井さん。今、ホールインワンって」

「言ってないですぅ!空耳ですぅ!とにかく!このままだと布施先生の腰がご臨終を迎えちゃうよ!ほらほら!早く早く!」

「待てやFクラス!五十嵐先生には立ち会いをしてもら」

「布施先生の腰が大変なときに何てこと言うの!この人でなし、ろくでなし、玉なし!そんなんだから1年生のときに翔子ちゃんにこっぴどく振られるんだよっ!人の心を失った汚らわしい化け物め!」


 明奈の猛烈な罵詈雑言にDクラス男子はぶわっと涙を流し崩れ落ちた。言葉は、弾丸にもなる。この名もなきDクラスの彼には、1年生の秋ごろに霧島翔子に告白したところ「悪いけど貴方に微塵も興味が持てない」と一蹴された辛い過去があるのだ。

 ハートを粉々にされた男子は膝を抱えて蹲った。ガラスの少年時代の破片が胸へと突き刺さってしまっている。そんな少年の横を布施先生を担いだ五十嵐先生が通過する。作戦通り無事、化学教師2名を保健室送りにした明奈は、腰に手を当て高笑いする。まさに外道。


「勝ったな、ガハハ」

「アキ……あんたなんてことを……」

「ふふっ卑怯もラッキョウも大好物だからね!」

「いつか痛い目見ても知らないわよ……」


 呆れ果てる美波だが、立会人の教師が減ったことでDクラスの侵攻が滞ったのは事実。高橋先生の周辺では、複数のFクラス生徒たちが寄ってたかってDクラス生徒を痛めつけている。

 新たな教師が来ない限りは膠着状態が続きそうだ。とはいえ、力の行使には代償が伴う。


「この泥棒ネコめっ!お姉さまの傍から離れなさい!」

「ひでぶっ!!」

「アキッ!!」


 突然の悪質タックルで明奈は横に吹き飛んだ。インド人を右に!

 タックルの主は清水美春。美波に恋する百合乙女だ。明奈のことを憎き恋敵と思っており、やや暴力的だとか。


「やめなさい美春!アキをいじめないで!」

「お姉さまぁ!なぜこのような知性の欠片もない泥棒ネコに!?」

「いひゃい!いひゃい!いひゃい!」


 明奈の頬をみょーんと伸ばして叫ぶ美春。知性の差が顔に出るらしいよ……困ったね。ただ少なくとも今、明奈があほ面をしているのは間違いなく美春のせいだ。


「何度も言うけど!ウチはあんたの想いには応えられないって言ってるでしょ!西村先生ぇ!!Dクラスの清水さんがルール破りをしてます!!」

「そんなっ!?お姉さま!どうして美春の愛を理解してくれないのですかっ!」

「清水!お前、召喚戦争のルールを忘れたかぁ!召喚者自身の戦闘参加は反則行為であり処罰の対象!ルール違反者には特別補習だ!」


 突如出現した西村先生が美春を米俵のように抱えていった。なんたる出オチ。行き先は特別補習室、文月学園の地獄だ。

 

「くぅーっお姉さま!美春は必ずや泥棒ネコから救い出して見せますからねぇ!」

「よっしゃー!目にものを見せてやったわ!あーっはっは!」

「うぅ……酷いよ美波ちゃん……。私を犠牲にして得た勝利なんて本当に誇れるものなのかな……?」

「言っとくけど、あんたよりかは大分マシだからね?」


 例えばロンギヌスが布施先生の腰を貫いた事件とか。あれは痛ましい事故だった。

 とはいえ「文月学園におけるクラス設備の奪取・奪還および召喚戦争のルール」には「立会人である教師への直接攻撃」を禁止する文言はない。倫理的には大問題だがルール違反ではないのである。

 なお、そんなことをバカは一切考えていない。たまたま運よく法の抜け穴をつけただけだ。考える前に飛べ。試験召喚戦争はゲーム。遊び方を知っていたら、世界最高のゲームである。


「吉井、島田。すまぬ!撤退する者はわしで最後じゃ!」

「くそっ!卑怯で邪悪なFクラスめ!Dクラス塚本がお相手いたす!召喚!」

「戦争なんて始めた瞬間どっちも悪だよ」

「急に達観しないでよ……。召喚!」


 数学の長谷川先生を伴ったDクラスの主戦力が到着した。

 2人は秀吉を何とか後方へと逃がすことができた。ただ、塚本含め数人の生徒を相手しなければならない。

 当然、美波だけでは厳しいと考え明奈も加勢しようとした。ところが、美波は明奈のことを片手で制する。


「ここはウチに任せなさい!数学はBクラス並だから大丈夫!アキは本丸を攻め落とすことに集中して!」

「……っ!うん、わかったよ美波ちゃん!ありがとっ!」

「くっ……いくら点数が高いからって、俺たちとやり合っても相討ちだぞ!?」

「それが何よ。あの子を守れるならむしろ本望」

「なっ!?」

「あんたはここでウチと死ぬのよ」


 美波は塚本らをまっすぐ見据えると口角を上げた。その姿はあまりにも男前で格好良く、本人も知らないうちに新たな女子ファンを何人も獲得したのであった。


・・・・・・・・・


『塚本、他数名、戦死ィ―!Fクラスの島田と相討ちになった模様!』

「なにぃ!?塚本がやられたなんて!あいつら得意科目ごとにわけた部隊で1人1人を袋叩きにして、こっちの数を徐々に減らしていってやがる!」

「長期戦になれば回復試験を受けた奴らも戻ってくるしジリ貧だぞ!?どうする代表!」

「こうなりゃ一気に叩く!行くぞみんな!」


 Dクラス代表の平賀源二の号令で待機していた生徒たちが一斉に突撃を始めた。

 目指すは雄二のいるFクラス。勇ましい掛け声とともに代表を含めた精鋭部隊が渡り廊下を駆けていく。抑えようと壁を作るFクラス生徒たちも、精鋭部隊の前では塵のように吹き飛ばされてしまう。


「ちょぉっと待ったぁぁああ!召喚!」

「なっ!Fクラスの吉井だと!?」


 途中にあるEクラス前を源二たちが通過しようとした途端、いきなり扉が開いた。

 教室内から大声をあげて出てきたのは明奈だ。隣にはEクラスの女子たちに引き留められていた現代国語の竹内先生がいる。

 愛され系のバカとして知られる明奈には同性の友達が沢山いた。意外と人気者なのである。今回もEクラスの仲良しの友達に頼み込むことで、密かに匿ってもらっていたのだ。すべては雄二の奇襲作戦を実現するため。


「そうはさせないよ吉井さん、召喚」

「なっ!玉野さんっ!?」

「ふふふ、いざというときの備えはしっかりしておかないとね」


 だがDクラスもすぐさま対処してきた。源二の傍にいた玉野美紀が明奈を遮る。勝ち誇ったかのように源二も笑みを浮かべた。

 その美紀だが当初はキリっとした表情だったが、徐々にだらしない顔つきになっていく。この女、実は明奈のことが異常なまでに大好きであり、できることならお持ち帰りして着せ替え人形にしたいと常日頃から思っているくらいにはやべー奴なのである。ここだけの話、100万回抜いたねこれ。


「えへっえへっえへっ。吉井さん……ううん、アキちゃん。こんなところで会えるなんて私たち、運命の赤い糸で結ばれているみたいだね」

「た、玉野さん?何を言ってるの?」

「うふふふ、美紀って呼んで。アキちゃんに似合う素敵な服を、いっぱいいーっぱい着せてあげるからね。二人だけの着せ替えショー、私だけのアキちゃんコレクション……うふふふふふ」

「こわいこわいこわい!何かダークサイドに堕ちかけてるよ!誰かタスケテー!」


 肉食獣のように飢えた瞳を光らせる美紀に、明奈は思わず悲鳴をあげる。変態に遭遇した生娘のように。

 そんな状況に付いていけず源二は立ち尽くしてしまう。クラスメイトの変貌にはっきり言ってドン引きだ。


「玉野さん……?」

「大変だ!代表が宇宙猫みたいな顔してるぞ!」

「しっかりしてよ代表!ここで相手の大将を討ち取って勝負を決めなきゃ!」

「おっそうだな。ただし平賀、討ち取られるのはてめえだ」


 源二が放心している最中、雄二がにやにやしながらFクラスから出てきた。周りにはクラスメイトが複数いる。単純な数でいえば源二の部隊よりも少しだけ多い。

 Fクラス代表が登場したことで、Dクラスの精鋭部隊たちは前方に集中し守りを固め出す。


「おいおい坂本。人数が揃ってたとしても俺とお前の点数じゃ勝負にもならないだろ。何をバカなこと言ってるんだ」

「あぁ、確かに俺らじゃあ相手にならないかもしれないな。だが、こいつならどうだ?」


 そう言うと雄二は新校舎の方向を指した。するとそこには、いつの間にか瑞希が困ったような表情を浮かべて立っている。ただ、彼女がまとっているどす黒いオーラは見る人を怯えさせるものだった。


「平賀君。現代国語で勝負を挑みます。召喚」

「え?あれ?姫路さん?どうして?」

「すみません、早く勝負してくれませんか?」

「あっ、はい。召喚。ん?」


 言われれるがまま召喚獣を出してしまう源二だが、瑞希の側に表示された点数を見て愕然としてしまう。倍近くの点数を持つFクラスの主砲の登場に、精鋭部隊は大混乱だ。


「このままだと吉井さんが手遅れになってしまうので手っ取り早く終わらせます。いざ、お覚悟を!」

「いや、あ、ちょっと待っ」


 轟音とともに源二の召喚獣は半分に切断される。悪・即・斬!ただ悲しいことに源二は別に悪いことをしたわけではない。むしろ悪事を重ねてきたのは、今まさに美紀に組み敷かれて襲われかけている明奈の方だろう。

 なにはともあれ、クラス代表の召喚獣が倒されたことで、試召戦は幕を閉じた。


『試験召喚戦争はFクラスの勝利!』


 立会人である高橋先生の号令とともに勝敗が確定する。

 それを聞いたDクラス生徒たちは床に跪き、Fクラス生徒たちは小躍りを始めた。格上のクラスに勝利できた嬉しさのあまり、Fクラス側はちょっとしたお祭り騒ぎだ。


「やった!勝った!第一部・完!」

「まさか俺たちがDクラスに勝てるなんてなぁ!」

「YATTA!YATTA!YATTA!YATTA!」

「これで念願のBMWが買える。早く料亭に行きたい」

「クラスの設備って、上げるものじゃなくて、上がっちゃうものだから」

「吉井さんを離してください、玉野さん!こんなところでダメですぅ!それにそれに私だって吉井さんのことは……!大体、吉井さんだって何なんですか!?ちゃんと拒否してくださいっ!」

「良いではないか、良いではないかぁ!ねぇアキちゃん!脱ぎ脱ぎしてもっと可愛いお洋服着ようね~!」

「ひぃん!2人ともこわいよぉ!美波ちゃあん!雄二ぃ!秀吉はぁ!?ムッツリーニはどこぉ!?」


 約3名(うち1名Dクラス)はおかしなことになっているが。それもEクラスの女子たちによる仲裁が始まっているのでじきに終息するだろう。

 ポリアモリーな百合ワールドを尻目に、雄二はがくりと項垂れている源二の方へと歩み寄った。当然助けたりはしない。雄二にとって明奈の不幸は幸福なのである。


「ははは……まさかFクラスに敗れるとは……油断した」

「まぁ、学力がすべてじゃないってことだ」

「違いない。で?教室はいつ明け渡せばいいんだ?」

「いいや、教室交換は行わない」

「なんだって?」

「その代わり次の試召戦の手伝いをしてもらいたい」


 にやりと笑う雄二を源二は怪訝そうに見上げる。窓からの夕陽に照らされる2人は何だか尊かった。BL作品のワンシーンといっても過言ではない。

 そんな2人をEクラスから撮影する女生徒の姿があった。彼女が密かに撮影した写真が、後に波乱を巻き起こすことになるとは、まだ誰も知らない。

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