バカ女とテストと召喚獣
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第1話 バカ女とFクラスと直談判
「ドーはドーピングのドー。レーはレンタカーのレー」
桜咲く4月、スキップをしながら文月学園に登校するご機嫌な少女がいた。彼女の名は吉井明奈、栗毛色のロングヘアーとカチューシャがトレードマークの女子高生だ。
二重の瞼をぱちぱちとまばたかせながら、満面の笑みを浮かべ歩いている。大きな瞳はきらきらと輝いており、新学年が始まることへの大きな期待が感じられる。なお、明奈は寝坊しているため、周囲に登校している生徒は他にいない。
「ミーはミースドーのミー。ファーはファンケルのファー」
「遅刻をしているのに妙ちきりんな歌を歌って。随分と楽しそうだな吉井」
「あ、鉄人!おはようございまぁーす」
「ちゃんと西村先生と呼びなさい」
校門の前で仁王立ちしている筋肉モリモリマッチョマンは西村先生。トライアスロンが趣味であり、その圧倒的なフィジカルから鉄人と呼ばれている。
「ほらクラス分けの結果だ。しっかりと確認しておけ」
「はーい、ありがとうございまーす!えへへ~」
大きくため息を吐くと西村先生は、明奈に一通の封筒を差し出した。封筒を受け取ると明奈はいそいそと緋はじめる。なかには、今年からのクラスが書かれた書類が入っていた。
「実は私、振り分け試験が結構よく解けたんですよー。だから、ちょっぴり自信あるんですよね~」
「ほう……そうかそうか」
文月学園では振り分け試験の結果に応じてクラスが決まる。成績優秀な生徒はAクラスに、成績が悪い最底辺層はFクラスに分けられるのだ。また上位クラスほど恵まれた教室環境で学習できるという。
「それなら安心したぞ。吉井よ、俺はお前のことをバカなんじゃないかと思っていた」
「やだなー鉄人ったら~!とんだ節穴じゃないですか~。私はちょっとお茶目でドジなだけですよー!」
「ああ、そうだな」
西村先生と笑いあいながら封筒の中に入っていた書類を開く。そこには「吉井明奈、Fクラス」とでかでかと書いてある。ぴしりと固まる明奈を眺めながら、西村先生は長いため息を吐くと、こう付け加えた。
「おめでとう、吉井。お前は正真正銘、最低最悪のバカだ」
・・・・・・・・・
自分のクラスに向かう途中、明奈はAクラスの最高レベルの教室を眺めていた。
高級ホテルのラウンジのように綺麗で広い教室に、授業内容を表示する大型テレビ、システムデスクとノートパソコン。至れり尽くせりな設備に思わず見入ってしまう。
いいな、いいな、Aクラスっていいな。ぴょこぴょこと動きながら窓から覗き込む明奈。するとAクラス代表の霧島翔子がクラスに向けた挨拶を始めた。
「ほえー……流石は翔子ちゃん。今年も学年首位なのかぁ」
各クラスで最も成績の良い生徒はクラス代表になる。友達の晴れ舞台を見ていたいところだが生憎、遅刻している身分。どうせ夜に連絡するし色々と聞いてみよ。そう考え明奈は足早にFクラスへと向かった。
新校舎と旧校舎をつなぐ渡り廊下を抜けて奥に向かうとそこは廃墟でした。
カビだらけの壁にはいくつもの亀裂が入っており、ところどころに蜘蛛が巣を作っていた。見る人によれば幽霊屋敷といわれてもおかしくはないだろう。
しかし残念!ここがFクラスの教室!バカの集う最底辺クラスなのである!
「……なにこれ、ホントに教室なの?」
人生ポジティブが座右の銘である明奈も、Aクラスとのあまりの待遇差に肩を落としてしまう。でもきっと素敵な出会いがあるかも?そう思いなおすと前向きな気持ちになる。
もうすっかり明奈の頭の中からは学園内格差のことはすっぽりと抜け落ちていた。鳥とバカは3歩歩けばモノを忘れてしまうのだ。明奈は勢いよく扉を開けた。
「おっはよーございまぁーす!」
「さっさと座れウジ虫が」
「えぇ!?ひどい!」
素敵な出会いに心踊らせて入室したのに、いきなり罵倒されてしまい明奈はショックを受けた。声の主を見てみると、悪友の坂本雄二が教室の壇上に立っていた。
身長が180cmもありガタイの良い彼を、160cmもない明奈が目線を合わせるには見上げるしかない。
「なんだ吉井か」
「雄二!なんで壇上にいるの?首痛くなるから降りてよ」
「俺がFクラス代表だからな。手駒たちを見ていたのさ」
明奈が雄二と話していると、再び扉ががらりと開いた。
「はい、皆さん。席についてください。……よろしいですね。改めまして、私がクラス担任の福原です。これからよろしくお願いします」
優しげで大人しそうなクラス担任が登場し、さきほどまでざわついていた教室は、しんと静まりかえった。そんな生徒たちを見ながら担任は話を続けた。
「皆さん卓袱台と座布団は支給されていますか?不備があれば申し出てください」
担任の言葉に生徒たちは続々と手を挙げて質問を投げかけていった。実は支給された設備のほとんどがオンボロであり、何らかの問題があるのだ。
「先生、俺の座布団に綿が入ってないです。新しい座布団は貰えないですか?」
「はい。ないので我慢してください」
「先生!卓袱台の足が折れています!別のやつをください!」
「木工用ボンドを使って自分で直してください」
「この教室が汚いの?それとも俺が綺麗すぎるから汚く見えるだけ?」
「あー。残念ながら教室が汚いですね」
実質ゼロ回答。担任のあんまりな対応にクラスメイトたちは徐々に閉口していく。文句を言っても仕方がないというやつだ。
そんな生徒たちを尻目に担任は自己紹介を始めさせた。木下秀吉や土屋康太などFクラスのメンバーが次々と自己紹介を進めるなか、明奈はぼんやりと考え事をする。
「島田美波です。ドイツ育ちなので日本語の読み書きはあまりできません。趣味は吉井明奈の胸を揉みしだくことです♪」
「ひえっ」
はろはろーと笑顔で手を振るポニーテール女子、美波によって現実に引き戻される。美波は胸が小さいことがコンプレックスだが、なぜかことあるごとに明奈の胸を揉む癖があった。ちなみに明奈はB寄りのCだという(ムッツリ商会調べ)。
「キマシ……?キマシ……?」
「あら~^いいですわぞー」
「タマリマセンワー」
突然の百合展開にざわめく教室。ここにキマシタワーを建てようと言わんばかりに、男子たちはニチャアと素敵な笑みを浮かべている。正直、気色悪い。ザマァねぇ顔だよ。鏡で見てみろよ、キモイ顔が映ってるぜェエエ?
やけに生暖かい空気が漂うなか、明奈の順番がまわってきた。親しみやすくてインパクトのある自己紹介にしよう。そう考えると、ウィンクをしてクラスメイトにアピールした。
「吉井明奈です。私のことは『ハニー』って読んでくださいね♪」
「「「ハァニィイイイイー!!」」」
「失礼しました。忘れてください。すみませんでした。よろしくお願いいたします」
教室中に響き渡る野太い声。思わず吐き気を催してしまった明奈は発言を撤回すると気味悪そうに着席した。
「あの……遅れてすみません……」
そんななか、教室の扉が開いた。入ってきたのは姫路瑞希、腰まで伸ばした長い桃色の髪と大きな胸がチャーミングだ。さらに彼女は学年トップ10に常に名を連ねる成績優秀者。間違ってもFクラスにいるような人物ではない。
最前列の男子が思わず瑞希に質問する。
「はい!なんでここにいるんですか?」
「それは、その……試験の時に高熱が出てしまって、受けられなくて……」
しょんぼりとした表情で答える瑞希に、男子たちはほっこりとした気持ちになる。そして賛同するかのごとく思い思いの言い訳を繰り広げた。
「あぁ化学の問題だな!俺は解けなかったわ」
「死んだ息子の名前が草ってことに気がとられてしまって現国がダメだった。成績が悪いのも全部問題のせいだ」
「わかるわ」
「日本史と世界史が全滅。小さい時から歴史作るのに必死で勉強してこなかったからさ」
「ハハハ、ワロスワロス」
「試験の前の晩に彼女が寝かせてくれなくて……実力を出し切れなかったのさ」
「画面上のだろ?はいィ!キモオタ乙ゥー!」
「死ね」
「グエー死んだンゴ」
「はい皆さん、静かにしてください」
騒然とするクラスを落ち着かせようと担任は教卓をバンと叩いた。刹那、どんがらがっしゃーんっと盛大に教卓が崩れ落ちる。これには担任も苦笑するしかなく「教卓を手配するのでしばらく自習していてください」と言い残すと教室を後にした。
「吉井さん……!振り分け試験のときはありがとうございました……!」
「姫路さん!もう大丈夫?」
「えぇ……何とか、ごほっ……ごほっ……」
「姫路さん?」
「……すみません。私、生まれつき体が弱くて」
瘴気のごとく蔓延する埃。畳から漂うカビの匂い。室内には汚れた空気が充満する。
健康体の明奈でさえも時折、咳をしてしまうくらいに穢れた教室だ。病弱な姫路からすれば、短時間いるだけでも体調を崩してしまうだろう。
ふと明奈は義憤にも似た怒りを感じた。
なぜ振り分け試験ですべてが決まらなければいけないのか?なぜ身体の弱い姫路さんが劣悪な環境で学ばなければいけないのか?なぜ成績の良い姫路さんがたった一度の試験で酷い目に遭わないといけないのか?
理不尽な学園側への不平不満。ウォール街を占拠せよ!BAKA LIVES MATTER!
意地でもマシな設備を勝ち取りたい。闘争だ!行動し戦わねばいけない!NOでは足りない!
明奈は教室の隅で寝そべっている雄二に近寄り声をかけた。
「ねぇ雄二。Fクラスの教室、どう思う?」
「どうって……埃まみれでカビ臭い最悪な環境としか言いようがないだろ。不気味なキノコも生えてるし。こんなところにずっといたら、それこそ病気にでもなっちまう」
「そうだよねぇ……。あのさ、何とかならないかな」
漠然とした明奈の言葉に思わず雄二も怪訝な視線を向ける。
「何とかって、なんだよ」
「その、もう少し綺麗な教室に変えてもらう、とか?」
「ふーん。まぁ、俺も思うところはある。……なら、行くか」
「……え?どこに?」
雄二の言葉に疑問符を浮かべる。そんな明奈の頭をこつんと小突くと、雄二は教室の扉を開いた。
「学園長のところにだよ。あのババァに直談判するんだ」
にやりと笑い何だか自信ありげな雄二に、明奈もぱぁっと表情を明るくする。もしかしたら何とかなるのではないか。そう期待に胸を膨らませて、明奈たちは学園長室へと向かった。
・・・・・・・・
「Fクラスの教室の改装?ダメに決まってるじゃないか」
何とかならなかった。
藤堂カヲル学園長は、とりつく島もないといわんばかりに腕を組んでいる。
「バカに充てる予算はないよ。Fクラスは新潟に移転して解散しろって声もあるくらいなのに、何が悲しくてそんなことしなきゃいけないのさ。バカも休み休みにしな」
「おいおい。いくらなんでも酷すぎねぇかクソババァ?地獄に落ちろ」
「そうですよクソババァ!土に還れ!」
「あんたたちの口の利き方も酷いもんさね……」
教え子2人から吐き出される罵詈雑言に学園長も思わず頭を抱えてしまう。どうしてこうなった……。
「とにかくクラスの環境が悪い。あんなところにいたらFクラス全員、病気になっちまう。余命僅かなクソババァと違って俺たちには未来があるんだぞ?」
「そうですよ!このままだと皆、アスベストになってクソババァみたいになっちゃいますっ!」
「それが人にものを頼む態度か!?あと吉井!アスベストは病名じゃないよ!」
「べっ、別にいいじゃないですかぁ!?とにかく環境が最悪なんですよっ!」
学園長は背もたれに身を預け、長い息を吐くと二人を睨み付けた。
「そもそも、成績で環境が変わるのが文月学園のルールさね。なのに何を今さら。嫌なら学校をやめちまいな」
「なっ!?」
教育者とも思えない発言に明奈は絶句する。
学園長からすれば突然、学園の方針を変えることは難しい。またFクラスだけ設備を変えれば、他のクラスから不平不満が出てしまう。教頭などの反対勢力もいるなか、動きたくても動けないというのが実情だ。
とはいえ、冷徹な物言いであることも事実。不愉快そうに眉をひそめる雄二を一瞥すると、学園長はさらに言葉を続けた。
「だいたい、Fクラスの生徒たちは筋肉労働で働くしか能がない。そんなバカたちにくれてやる設備はないさね」
「いくらなんでも最低ですっ、撤回してください!そういう生徒がいると思っているから、文月学園はダメになるんだっ!私たちの怒りはMAXです!」
「何を言ってるんだいあんたは。怒りなんておかしい。Fクラスの奴らは、実際に技術的な習得もなければ、ソロバン勘定も事務的な処理もやったことがない。毎日が筋肉で働いている、あんたたちみたいな奴らがこの学歴社会で路頭に迷うんだよ」
学園長は机に両肘を立てて寄りかかり、口元で両手を組んだ。所謂ゲンドウポーズだ。
「底辺クラスが不満ばっかり一丁前に垂れてんじゃない。この学園ではね、クラス設備も自分で勝ち取るものなんだよ」
「……それが学園の方針ってことか?」
「当たり前じゃないか。何のために試験召喚戦争があるのさ」
「でもっ!たった1度の振り分け試験で全部決まるなんて不当じゃないですか!?」
「振り分け試験も入学試験と同じだよ。実力が出せなかったからって結果は覆らないのさ。人生はリセットできるゲームとは違うんだよ、バカ」
「でっ、でもっ!姫路さんがっ!」
「嫌なら結果を出しな。いつまでもバカをやってるからそうなるんじゃないか」
雄二がいくら現状の問題を訴えても、明奈がどんなに姫路の窮状を叫んでも、学園長は対応しようとしない。まさに暖簾に腕押しだ。
「……もういい。行くぞ、吉井」
「雄二っ!まだ話は終わってなっ……!」
「これ以上、クソババァに何を言っても意味がない。時間の無駄だ」
「ふん、小童の戯言に余計な時間を使わされるとはね」
学園長の方を見向きもせず退出する雄二。そんな彼を追いかけるように明奈も慌てて部屋を出た。突然の来客がいなくなったなか、学園長は吐き捨てるように言った。
「力なき者に与えるものなんぞないよ」
・・・・・・・
Fクラスまでの帰路、明奈と雄二は終始無言だった。Fクラスの教室の前にまで戻ると、ふいに明奈は雄二に問いかける。
「どうすればいいんだろ……雄二」
元気が取り柄の明奈もすっかり意気消沈してしまっている。神様、僕たちは何て無力なんだ。もともと小柄な彼女だが心なしか普段よりも小さく見える。
「どうするも何もねぇだろ。直談判に失敗した。それだけだ」
「でも……」
雄二の言葉に明奈は何も言い返せない。学園長に真剣に訴えれば状況が良くなる。そんな期待を明奈はどこかで抱いていたのかもしれない。ただ、それも塵となり消えてしまった。
こんなにも世間は底辺に対して厳しい。失うものなんてないほどに何も持たない私たちばかり、どうして苦しまなければいけないのか。思わず明奈も陰鬱な気持ちになってしまう。
とはいえ、できることなんかない。下唇を噛み、ぎゅっと拳を握りしめてうつむく。
「辛気臭ぇツラすんな。まだ手はある」
「……え?」
「試験召喚戦争をすればいいのさ」
雄二は明奈の頭に手をのせた。見上げた明奈の瞳に映るのは、なぜだか闘志を燃やしている雄二の姿。これから起こす革命に心臓が沸き踊っている、といわんばかりだ。
試験召喚戦争(試召戦)、それは文月学園の独自の仕組みだ。クラス間で試召戦が起きた場合、生徒たちは自身を投影した召喚獣というアバターを使って戦う。
教員の展開する召喚フィールド上であれば、召喚獣は呼び出すことができる。召喚獣の体力や攻撃力などの能力値は、その教員が担当する教科の点数で決まる。勉強ができれば強力な召喚獣を操れるが、複数人で1人に襲い掛かれば点数差を覆すことも可能だ。
「Aクラスの奴らに試召戦で勝てれば最高の設備が手に入れられる。姫路も安心だろう」
「……それって私たちに勝ち目あるの?」
荒唐無稽な話に、明奈も思わず後ろ向きな発言をしてしまう。
無理もない。文月学園では、試験時間内であればいくらでも問題を解き点数を稼ぐことができる。そのため、Aクラスに所属する優等生と、Fクラス崩れの劣等生の間には天と地ほどの点数差がある。正攻法でいくならば、Aクラスに勝てる可能性はゼロだ。
しかしながら、雄二は自分が負けることなどない、と言わんばかりに自信に満ちている。その姿は、実力差のわかっていない道化ではない。これから波乱を巻き起こす英雄のような顔立ちをしている。
「まぁ見てろ。まずはFクラスの奴らをやる気にしないといけねぇな」
悪事を企むかのような笑みを浮かべると雄二はFクラスの扉を開いた。教室内には自習時間であるにもかかわらず、クラスメイトたちがゲームをしたり寝たりして伸び伸びとしていた。そんな彼らを尻目に雄二は壇上へと歩を進める。そしてだらけ切った彼らに、大声で呼びかけた。
「お前ら、自己紹介が遅くなった。俺がFクラスの代表、坂本雄二だ」
クラス中の注目が雄二に集まった。一体何が始まるんです?第三次世界大戦だ。
不安そうな生徒もいれば、面倒くさそうに見上げている生徒もいる。多種多様な視線が向けられるなか、雄二は一層口角をあげる。邪悪で獰猛な笑みを浮かべた雄二は、気取った抑揚のついた調子で言葉を続けた。
「さて、皆に1つ聞きたい」
ついに雄二の演説が始まった。
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