家出少女とお姉さん

リアン

家出少女とお姉さん

「大っ嫌い!!!」


「待ちなさい! 詩織!」


両親の制止を踏み切り玄関のドアを大きな音をたてて飛び出す。




どこに行くも当てもないし、とりあえず近くの公園に来てブランコに腰をかける。空は厚い灰色の雲に覆われていて、まるで今の私の心を写し出してるみたいに思った。


「…………」


お母さん達とは私の進路のことで大喧嘩をした。私は専門学校に行って漫画とかイラストの勉強をしたかったのに、お母さん達は


『専門学校は頭が悪い子が行く所、大学に行きなさい』


って言って私の話を聞いてくれない。


お母さん達は価値観が古い。そんなのは数十年前のことで今の専門学校はしっかり就職の事もサポートしてくれる。


それに私が行きたいのは大手出版社〈MARUYAMA〉が全面バックアップで開校するマンガアカデミーでプロの人たちに指導してもらえるの!


私は漫画を描くのが好きでこれまではアナログで描いてたんだけど、やっぱり時代はデジタル! なのに…………お母さん達に言ったら


『パソコンが欲しい? 何するの? 漫画を描く!? 勉強しなさい、漫画なんか書けたって生きていけないわよ』


…………って言うんだよ!? 酷くない? 仮にでも自分の娘にそんな夢のない事言う親いる!?


「はぁ…………スマホ持ってくれば良かった。今日の夜どうしよう」


雨が降ってきた。

あんなことを言って家を飛び出してきた手前、家に戻るのは私のプライドが許せない…………というか、私はそんなにメンタル強くないし。


「ど〜しよ〜」


シトシトと弱かった雨も次第に本降りになってきた。

どこか雨宿りのできる場所に動かないと。そう思ってたら頭の上に傘が差し出された。


「大丈夫?」


「え、えっと…………」


上を見ると知らないお姉さんが私に傘を差し出していた。

お姉さんにはなんとも言えない感じの雰囲気が漂っててお姉さんを見るとなんでか荒れてた私の心が静まっていくような感じがした。


「あっちに行こっか。………………で、何か悩み事?」


お姉さんと近くにあった屋根付きのベンチに座るとお姉さんは私の隣に座ってきた。


「…………はい、進路のことで」


「もしかして高校生?」


「はい………」


私がそう言うとお姉さんは『あぁ〜』って言いながら頷いて


「いやぁ〜わかるなぁ〜。私も高校生の時に大喧嘩したなぁ〜」


なんて懐かしそうに笑っていた。


「君は…………そういえば名前なんていうの?」


「……………言わないとダメですか…………?」


「いやぁ、別に。けど君なんて言ったらせっかく親御さん達に貰った最初の贈り物が台無しになっちゃうでしょ?」


「……………詩織です。神崎詩織かんざきしおり


「……………っ! 可愛い名前ね、名は体を表すってこういう事をいうのかなぁ♪」


なんか、年上の人なのに年上って感じない。なんか全体的にポヤポヤしてるっていうか、軽いっていうか……………


「詩織ちゃんは進路どうしたいのかな?」


「私は…………専門学校に進んで漫画家になりたいんです。けど、お母さん達は大学に行きなさいって………」


私はお姉さんにさっきまでの話をした。


「あ〜今もそうなんだぁ〜、そうだよね〜専門学校の世間からの評価ってそんなもんだよねぇ〜」


「お姉さんって専門学生なの?」


「ん〜? 元ね、もと。今は美容師をやってて今度この街でお店出すの」


お姉さんは自慢げに胸を逸らしてドヤ顔を浮かべる。


「凄いですね。お姉さん可愛いからきっといっぱい人来ますよ」


「おっお世辞でも可愛いって言ってくれると嬉しいもんだねぇ〜」


「お世辞じゃないですよ、本心です。髪のウェーブとかお姉さんの雰囲気に合ってて良いと思います」


お姉さんは「お世辞はよしてよ〜、もうすぐ三十路の女の照れ顔なんて需要ないでしょ〜」って言いながらも嬉しそう。


「そういえばお姉さんの名前はなんていうんですか?」


「………………」←なぜか露骨に目を逸らして吹けてない口笛を吹く


「お姉さん? お姉さんだけ言わないのはナシですよ? 言わなかったら警察に濡れ衣を来させて突き出しますからね?」


「ちょちょちょちょっと待って! 言うから言うから! 私は奏音かのんって言うの。だから警察だけはヤメテ…………お姉さんの人生ターンエンドしちゃう」


奏音………………なんか聞いたことあるような無いような……………。ま、いっか、忘れるくらいなら大した事じゃないよね。


「私の親も専門学校に絶対反対の親だったからねぇ、詩織ちゃんの気持ちもわかるなぁ。けど」


「けど………?」


「学校を出て、今なら親の言ってることもなんとなくわかる気がするの。卒業しても修行という名の下働き、いつまで経っても独り立ちは出来ない。その間に大学に進んでた友達はそれなりの会社に進んで、幸せそうに結婚して………」


「……………」


「専門に進んで好きな事は学べた、就きたい仕事にも就く事ができた。けど、これなら大学に進めば良かったって思う。けど、後悔はしてない。だって自分で選んだ道だもん」


お姉さんの目は迷いの無い真っ直ぐな目をしていた。


「詩織ちゃんは漫画家になりたいんでしょ?」


「はい………」


「漫画の勉強なら、大学に進みながらでも出来るんじゃない? 空き時間だっていっぱいあるんだし、人から聞いた話だから詳しくはわかんないけど文系は楽みたいだよ」


お姉さんがお母さん達の姿と重なって見えた。


「それ、お母さん達にも言われました。『そんなのは趣味で十分だろ』って」


「お母さん達は詩織ちゃんの事を思って言ってるんだよ。詩織ちゃんが幸せに生きていけるように、困らないようにって」


わかってる、わかってるよ! けど、けど……………一生に一度の人生、自分の好きなことをして生きて行きたい。妥協なんて絶対したくない! ……………ここで妥協したら、これから先全部妥協しちゃいそうになるから。


「詩織ちゃんは漫画家で生きていく大変さは理解してる?」


「はい、ちゃんとネットでも調べました」


私がそう言うとお姉さんは首を横に振った。


「ネットじゃなくて、リアルで生きてる人には聞いたことある?」


「………無いです」


「一回聞いてみると良いわ。そうすると、理想と現実の差が良くわかるわ」


理想と現実の差……………先生にも言われた。詩織さんなら旧帝大も今のまま行けば夢じゃないって、漫画家で生活できるのはごく一部だって。


「……………」


「一回私のお家に来てみない?」


「…………私未成年ですよ、犯罪ですか?」


「違うわ!!!」


「はぁ…………なんかお姉さんといたら悩みなんてどうでも良くなってきた」


雨はいつの間にか止んでいて、雲の隙間から月明かりが差し込んでいた。



◇ ◇ ◇



「おーい、詩織ー! おーい!!」


「さ、お迎えが来たわよ」


遠くから私を探すお父さんの声が聞こえてきた。お姉さんは優しく私の背中を押してくれた。


「お姉さん、ありがとう。もう少し親と頑張って話てくる」


「ええ、そうしなさい。人生に悔いが残らないようにね」


お姉さんにお礼を言って公園の入り口の方を見る。そこにはお父さんが2本の傘を持って立っていた。


「詩織! 探してたんだぞ!!」


「ご、ごめんなさい…………」


お父さんは私の前に立つなり頭ごなしの大声で叱ってきた。


「どれだけ心配してたのかわかってるのか!!!」


「ごめんなさい………」


「この馬鹿m……」


お父さんが大きく手を振りかぶって私の頬に手のひらが向かってきた。私は痛みに耐える為に目を瞑り、歯を強く食いしばった。


「……………あ、れ?」


けど、私の頬に手が当たることは無かった。

恐る恐る目を開けるとそこには


「可愛い我が子を思っての行動なのはわかるけど、暴力は違うんじゃない?」


「なんなんだお前は! 人様の家庭事情に首を突っ込んでくるんじゃない!」


お姉さんがお父さんの手を私に当たる寸前で止めてくれていた。


「人様………? 何言ってるの


「な、なんで俺の名前を………」


なぜかお姉さんはふっふっふっと笑い出した。そして驚きの事実を明らかにした。


「私は神崎奏音かんざきかのん。思い出したかしら、?」


「なっ……………奏音お前どうしてここに………」


お父さんが戸惑ってる姿初めて見た…………


「ん〜? やっと独り立ちできてね〜地元に戻ってきたの。久しぶりに姪っ子ちゃんに会おうと持ったら公園で泣いてるし」


「……………っ! そっか、そういう事だったんだ」


なんで奏音さんにあった事あるような気がしたと思ったら私の叔母さんだったんだ……………あれ、そうなると色々辻褄が合わないような?


「あんたは変わらないんだね、お父さんと同じ、大学主義の悲しい大人になったんだね」


「煩い! 勉強から逃げたお前に何がわかる! 詩織は天才なんだ、俺は俺の夢を叶える為に詩織を育ててきたんだ!」


「自分の子供の前でも言うか………」


奏音さんはそう言うと私の手を掴むと


「一緒に来てもらうわ!」


そう言って次の瞬間には私は抱き抱えられ常人では考えられない速さで公園を出て車に乗せられた。後ろからお父さんの声が聞こえてたけどお姉さんが私の口を覆って声が出せないようにしてたから何も言えなかった。

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