#38 俺が言うのもなんだけど、魔法ってズルくない?

 完全な不意打ち。特に、俺と芳恵さんの速度であれば、知覚される前に攻撃が届く。そのはずだった。しかし――。


「なっ――!?」


 突然目の前に立ち上った炎の壁。直感的にこれに触れるのはよくないと感じ、慌てて引き下がる。


 芳恵さんの方も同じ行動を取ったらしい。恐らく怪異としての直感がそうさせたのだろう。怪異化状態にある俺も、それに引っ張られたという訳だ。


「……これが魔法か」


 炎の熱気もあってか、額から汗が伝う。俺はそれを右手の甲でぬぐって、炎のない箇所目がけて、再び突進をかけた。


 だが結果は同じ。打撃が届くより前の部分で炎の壁に防がれてしまう。しかも、今回はそれだけではなかった。突如炎の壁を切り裂いて、風の刃が俺の首目がけて飛んで来たのだ。


 ターボばあちゃんの感覚速度アップでどうにかそれを目で捉え、スピードアップでそれを横にかわす。が、僅かに間に合わなかったのか、首の皮1枚が切り裂かれ、少量の血が滴るのがわかった。


 やはり風の刃は目では捉え切れないらしい。効果範囲を見誤った結果、攻撃を貰ってしまったと思われる。これは、なかなかどうして厄介な魔法だ。


 他のメンバー達も、それぞれの方法で攻撃を試みているものの、どれ一つとしてゴブリンメイジには届いていない。怪異ですら歯が立たないとなると、対応策は限られてくる。


「何なのよ、こいつ! 守り硬過ぎじゃない!?」

「……ぽぽぽ(……付け入る隙がないね)」

「参ったね~。こりゃお手上げだわい」


 攻めあぐねている3人を横目で見つつ、俺は方策を考えた。


 炎の壁に触れるのは危険。大量に水があれば対処も可能かも知れないが、ないものねだりをしている場合ではないだろう。となれば、炎の壁が発生する前に距離を縮めるしかない。


 要するにカメラを意識せずに、スピード重視で接近し、一気に仕留めるという方法だ。メイジと言うくらいだから、ホブゴブリンほどの頑強さはないだろうし、一撃の強さならば八尺様パワーで何とでもなる。あとはそれを実行するだけ。


「みんな! そいつの注意を引いてくれ! 後は俺が何とかする!」


 俺を信頼してくれているのか、3人は「うん」と頷きあって、それぞれ別方向からゴブリンメイジに攻撃を仕掛けた。流石にこれならば注意は分割され、散漫になるはず。俺はその隙に、天井目がけて跳躍。天井を足場にして一気に加速し、そのままゴブリンメイジ目がけて真下に突っ込んだ。


 八尺様のパワーと、ターボばあちゃんのスピードがあるからこそ可能な、今の俺にとっての最高の一撃。流星のように降り注ぐ一条の光となって、俺はゴブリンメイジの脳天にバールを突き立てる。


 と、何やら壁に阻まれている感覚。見ると、淡い光のようなものが壁となって、俺の攻撃を防いでいた。これは魔法障壁と言うやつか。そんなものまで使えるとは、厄介な相手である。


 それでも、ここで決められなければ、俺は次に来るであろう炎の壁によって灰になるのみ。


 ふと見ると、ゴブリンメイジは不敵な笑みを浮かべて俺を見ている。その顔が妙に腹立たしかったので、俺は魔法障壁に両足を着き、バールを大きく振りかぶった。


「人間の往生際の悪さを思い知れ~!」


 パワーとスピードを全開にして、俺は最後の一撃を叩き込む。すると、魔法障壁に亀裂が入り、ガラスのように砕けた。ゴブリンメイジは「まさか!?」とでも言いた気な顔を浮かべているが、もう遅い。俺はその場で身体を捻り、回転を使ってゴブリンメイジの側頭部に、バールの先端を叩き込んでやった。


 断末魔を上げる暇もなく、ゴブリンメイジは息絶える。なかなかの強敵だった。一般の探索隊では相手に出来なかった可能性すらある。何故ダンジョンボスが新たに生まれたのかはいまだ不明なものの、ここで倒すことが出来たのは僥倖ぎょうこうであった。


「やった……の?」

「ぽぽぽぽ……(とりあえず今のやつは倒せたよね……)」

「怪異化なんて能力があるとは言え、あの小僧、なかなかやりおるわい」


 3人のホッとした表情を尻目に、ゴブリンメイジの死体を写真に収める。動きが速過ぎて流石に配信には映っていないだろうが、この写真があれば実績としては上出来だろう。


「まぁ、とりあえず何とかなったし、帰ろうか」


 俺がそう口にした瞬間であった。これまでに感じたことのない嫌な感覚が、俺の脳裏をぎる。


「みんな! 周囲を警戒だ! まだ何かいる――」


 何気なく向けた視線の先。そこにいた花子さんの後ろに立つ、凶悪な影。


「花子さ――!?」


 俺が声をかけようとした時には、もう遅かった。花子さんの小さな身体は薙ぎ払われ、かすみのようにその場から姿を消してしまう。


 花子さんの喪失。その事実は、俺の中に大きな影を落とし、冷静さを奪うには充分だった。

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