#33 初めての人型モンスター

 花子さんとは例のアンパン1年分で話をつけ、とりあえずダンジョンの奥を目指す。


 たかがアンパンとは言え、毎日1個を1年分ともなれば、それなりに費用はかさむし、何より市販品ではないと言うのがネックだ。元々が花子さんの地元にある町のパン屋の商品。もちろん俺のスケジュール的に毎日1個を献上し続けられる訳もない。


 それがわかっていて、花子さんがこの条件を出して来たと言うことは、それだけ一緒にいて欲しいという思いの現われなのか。とにかく、俺に出来るのは、時間の合間を縫って、花子さんのために例のアンパンの買い出しに向うことくらいである。


 今回の配信の都合上、俺が先頭なので、花子さんの今の表情は窺えない。しかし、花子さんばかりに気を取られていては、以前のホーンラビットの時のにのまえになりかねないので、ここは気を引き締め直して、ダンジョン探索に向うべきだろう。


 小型モンスターとの戦闘は何度かあったものの、無事に第3階層を通過。第4階層へと足を踏み入れると、そこはこれまでと様子が一気に変っていた。


 第4階層に踏み入った瞬間に最初に感じたのは、異臭。毒ガスの類ではないようだが、とにかくにおいが鼻につく。匂いを防ぐための専用の道具など持ち合わせがないので、気休め程度の効果だろうが、不織布マスクを装着。メンバー達にもマスクを着用してもらい、探索を続行する。


 しばらく進むと、何やら声のようなものが奥から聞こえてくることに気がついた。事前に調べておいた情報では、このダンジョンに出現するモンスターの中には、ゴブリンが存在する。実際にゴブリンという種族なのかは定かではないが、ゲームやマンガに登場するゴブリンに見た目や生態が似ていたため、そう呼ばれるようになったらしい。


 俺はこの先にゴブリンがいるらしいことを、小声で仲間達に伝え、タイミングを計って突貫。見張りと思しき恰好の2体のゴブリンを、それぞれバールの一撃で沈めることに成功する。


『バール捌きは花子さんの方が上だな』

『でもパワーとスピードは圧倒的』

『怪異化があれば大抵のダンジョンは楽勝でしょ』

『普通の人間は怪異化なんて出来ないからな』

『まさにチート』


 コメントはご覧の有様。しかし、これはあくまで安全を第一に掲げているだけで、別にズルをしている訳ではない。確かに怪異化なんて過ぎた力だとは思うが、それは花子さん達怪異と出会わなければ、そもそも知ることも使うこともなかった能力である。


 今は友好的に捉えてくれる視聴者の方が多いが、このまま視聴者が増え続ければ、アンチコメントも増えて行くだろう。少なくとも、その覚悟はしておく必要がありそうだ。


「全部で何体いるかはわからないけど、帰りのこともあるし、ここは確実に仕留めて行こう」


 三人が頷いたところで、俺は一足先に曲がり角がある場所まで先行。先の様子を伺う。とりあえず曲がり角で待ち伏せされていると言うことはなさそうだ。手招きでメンバーを呼び寄せ、ゆっくりと洞窟を進む。


 多少地味な絵面にはなってしまうが、これも安全のため。無理に撮れ高を狙って命を落としてしまっては意味がない。もっと開けたスペースがあれば、多少の大立ち回りは出来るだろうが、今は地道にゴブリンの戦力を削って行くのが最善だろう。


 そのまま少し進むと、急に洞窟の天井が高くなり、視界も開けた。が、その分異臭は際立ち、ここがゴブリン達のテリトリーなのだと気付く。先ほどから鼻についていたにおいは、ゴブリンの生活臭。糞尿はもちろん、食べ物の腐ったにおいなども混じっているのだろう。女性陣には申し訳ないが、においの根源を全て取り去ることは不可能なので、こればかりは耐えてもらう他ない。


 とにかく、ここがゴブリンの拠点なのだとしたら、制圧してしまうのが、安全への第一歩。俺はメンバーのみんなに、拠点を囲むよう配置してもらい、怪異化の能力を使って一気に制圧してしまおうと提案。3人の了承を得て、いざ作戦を決行する。


 3人がそれぞれ位置に着いた頃合を見計らって、俺は一気に正面に捉えたゴブリンの集団に突っ込んだ。

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