#22 他の配信者とバッティングした

 ジャリッと言う地面の砂利を踏みしめる足音で、ようやく何者かの接近に気付く。音の感じからして、相手は人間大。このダンジョンに人型のモンスターはいないので、いるとしたら他のダンジョン探索者だけだろうが。


 そう思って振り返ると、そこにいたのは三人組の男女。男性二人と、女性が一人の組み合わせだ。男性のうちの片方が、カメラを構えている。間違いない。俺達以外のダンジョン配信者だ。


「何だ。そっちも配信中か?」


 リーダーらしき男性が声をかけてくる。見たところ、年齢は30代前半。俺達と比べると、装備もしっかりしているし、流石は社会人と言ったところか。大学生の俺とは財力が違う。


 カメラを持っている方の男性は、俺と同じくらいの年齢。体格はいいものの、配信者というよりは、アシスタントと言った格好である。


 連れている女性は20代前半くらい。こちらは明らかに軽装なので、ダンジョン配信慣れはしていない様子。恐らくだが、この30代男性の方がメインの配信者で、女性の方はコラボ相手の初心者か何かだろう。


「若い女とババアの組み合わせとか、何考えてんだ?」

「俺の配信で誰を出そうが、俺の勝手だと思いますけど?」

「そりゃそうだ。でもな、一つ問題がある」

「……問題?」

「ああ。どっちがこのダンジョンを使うか、だよ」


 どうやら先方は、自分達のためにダンジョンを明け渡せと、そう言っているらしい。ダンジョンは誰のものでもないとは言え、後から入ってきておいて「場所を譲れ」とは、なかなか図々しい物言いをするものだ。


「こっちは先に配信を開始してたんです。譲るのはそちら側では?」


 俺は不快感を押し殺しつつ、出来るだけ平静を装って、相手に告げる。今時無数に存在するダンジョン配信。それ故に暗黙の了解というものが存在するのだ。それは、つまるところ、ダンジョン配信は早い者勝ちということ。ダンジョン内で他の配信者バッティングした場合、先に配信を始めていた方に優先権がある。今回の場合、先にダンジョンに入って、配信を開始していた俺達にこそ、優先権があると言っていい。


 しかし、どうやら相手は、それで引くような素直な性格ではないようだ。むしろ、俺が反論を言うのを待っていたかのように、ふんぞり返りながら、男は言う。


「お前、チャンネル登録者数は?」

「この間5万人を超えましたけど……」

「へぇ~、結構いるじゃないか。けど残念だったな。俺は150万人だ」


 チャンネル登録者数150万人と言えば、最早有名YuiTuberユイチューバーだ。もちろん上には上がいるものの、俺とは既に雲泥の差。その点では、俺がこの男性に勝る要素はない。


「この娘、俺が目をかけてる新人なんだけどさ。先輩としてはこういう娘を育てて行きたい訳じゃん? だからさ~」


 俺のことなんて眼中にないのはわかる。それでも、俺には俺なりにこの配信に賭けているものがあるのだ。譲る訳には行かない。


「お言葉ですが、それってあなたの都合ですよね?」

「はぁ?」


 男性はあからさまに不機嫌そうな顔になるが、それで脅えるような俺ではないのである。何せ、こちらが連れているのは、正真正銘本物の怪異達。彼女達の存在に比べたら、多少強面こわもてなだけの人間など、どうと言うことはない。


「こちらにもこちらの事情があるので、お譲りする訳にはいきません。どうしてもと言うのなら、彼女の了承を得てください」


 そう言って、俺は花子さんの方を向く。こっちはこっちでお怒りだ。突然現れた不遜な態度の男性に、今にも暴走しそうな勢いである。


「何だよ。よく見たら可愛い娘連れてるじゃん。ねぇ君~。せっかくなら俺の配信に映らない? こんなしょぼい奴のチャンネルで活動するよりも、ずっと人気者になれるよ?」


 男性は、そんな花子さんの心境が見えていないらしい。馴れ馴れしく声をかけ、肩の腕を回してくる男性に、花子さんはわかりやすく舌打ちをして見せた。


「……気安く触んな、クソ野郎」

「はぁ?」

「クソ野郎は耳まで遠いのか? お呼びでねぇ~って言ってんの! さっさと失せろ!」


 ここまで悪態をつく花子さんを見るのは初めてだ。よほど腹を立てているらしい。


「何だよ! この俺がせっかく誘ってやってるのに!」

「てめぇなんていなくても、こっちは天辺取ってやるっての! 150万人? あたし等はその10倍は行ってやるわ!」


 さすがにチャンネル登録者数1500万人は言い過ぎなのではないか。そうは思ったが、花子さんにとって、今現在のチャンネル登録者で俺を選んだ訳ではないと言うのがわかった。それならば、俺に出来ることはただ一つ。この手で、花子さんをバズらせることだけだ。


「だ、だったら勝負で決めようぜ! 負けた方はチャンネルを閉じるって条件でどうだ!」

「へぇ、いい条件じゃない! その勝負乗った!」


 まだ勝負の内容もわかってないのに、花子さんは勝負を受けてしまう。いろいろと言いたいことはあったものの、白熱している二人の間に割って入るだけのパワーは、今の俺にはなかったのである。

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