#14 不思議な力

 結論から言えば、俺達は失敗したのである。本体でないツタをいくら攻撃したところで、大したダメージ与えられていないということに、もっと早く気付くべきだった。あんなことが起こらなければ、俺達はここで全滅し、二度と地上に戻ることはなかっただろう。


 戦闘を始めて数分。花子さんが振るうバールのおかげで、ツタを薙ぎ払うことには成功している。流石は様々なゲームで強武器として登場するバール。その破壊力は、やはり一般人が手にすることの出来る道具の中では、かなり高いと言えた。しかし――。


「何よ、こいつ等!? キリがない!」


 そう。花子さんは確かにツタを千切っては投げ、千切っては投げしているのだが、ツタはどこからともなく何度も現れ、俺達の道を塞いでくる。


 一方の八尺様も、このツタには手を焼いているようだ。今は持ち前の長い手足を使って上手く捌いているものの、いつまで持ち堪えられるかわからない。このダンジョンに慣れているはずの八尺様ですら決定打を出せないでいるというのは、一体どういうことなのか。


 視聴者からすれば、二人はいかにも善戦しているように見える。実際、倒したツタの数は多いし、押されている素振りはない。だが、俺には一抹の不安が芽生えていた。


 このままではジリ貧だ。幽霊である花子さんはともかく、実体のある八尺様が体力の限界を迎えた時、状況は一気に悪化するはず。怪異である八尺様にどれくらいのスタミナがあるかは不明だが、楽観視するのが悪手なのは間違いない。


 とにかく、早くこのツタを無力化するべきだ。そして、それはきっと、今奮戦している二人ではなく、俺の役割のはず。いくらモンスターをは言え、相手は植物。ならば、それなりの対処法があって然るべきである。


 俺がああでもない、こうでもないと考えている間に、花子さんが焦りの声を上げた。


「やばっ!?」


 慌てて花子さんの方に目をやると、バールの先端がツタに絡め取られてしまっている。これではバールを振り回すことが出来ず、花子さん自身も、自由に動き回ることが出来ない。かと言って、バールを手放してしまえば、今度は攻撃力不足。ツタの猛攻に対処出来なくなってしまう。


 それでも、機動力を奪われるよりマシだと考えたのか、花子さんはバールを手放した。そして、キックやパンチでツタと戦い始める。だが、それも長くは続かない。打撃力の落ちた花子さんの攻撃では、ツタを一撃で蹴散らすことが出来なかったからだ。


 ついに、ツタに腕を絡み取られてしまう花子さん。瞬時に霊体化して逃れよと試みたのだろうが、それは不発に終わってしまう。やはりモンスターというところか。花子さんは腕に巻きついたツタから脱出することが出来ず、次々と襲い来るツタによって、全身を絡み取られてしまった。


「ちょっ!? これ、どうなってるのよ!」


 流石に攻略情報に、幽霊がモンスターと戦う場合の情報は載っていなかったので、完全に油断していたとしか言いようがない。花子さんの幽霊としての特性を過信していた俺のせいである。


「花子さん! 大丈夫!?」

「これが大丈夫に見える訳!? 霊体まで絡め取るとか、このツタ、厄介過ぎる!」


 ここで花子さんだけに集中してしまったのが、更によくなかった。背後から、八尺様の声が聞こえたのだ。


「ぽぽぽぽ!?」


 慌てて振り返ると、そこには俺に向って伸びて来る無数のツタ。これは回避が間に合わない。捕まる。そう思った瞬間。俺とツタの間に八尺様が割り込んで来た。


「八尺様!?」

「ぽぽぽ!」


 「逃げろ!」とでも言っているのか。八尺様は、その長い左手で俺を突き飛ばし、ツタから救ってくれる。しかし、そのせいで、八尺様までツタに絡め取られてしまった。


 残るは俺だけ。怪異である二人ですら勝てなかった相手だ。ただの人間である俺に、どうこう出来るはずもない。


『え、これヤバくね?』

『ここのモンスターってこんなに強いの!?』

『ツタだけ攻撃しててもダメだろ』

『元から絶たないと!』

『主、何とかしろ~!』


 コメント欄はご覧の通りだが、今はまさに絶体絶命のピンチだ。ここで俺に取れる手段は二つ。二人を置いて一人で逃げるか、それともダメ元で二人を救出するために戦うか。前者を選ぶほど愚かではないが、後者を選べるほど力はない。それでも、ツタに絡まれてもがき苦しむ二人を見ていて、何も思わない訳もなく。俺は、気が付けば、二人を捕らえているツタに向かって駆け出していた。


 当然。俺に向って伸びて来るツタ。このまま行けば、俺は間違いなくこいつ等の養分にされてしまうだろう。死ぬのは怖い。それでも、二人を見殺しにするのは、俺にとっては耐えられそうにないことだ。知り合って間もないとは言え、二人は俺が求めてやまなかった怪異そのもの。その二人を見殺しにするなど、怪異好きにとってはあるまじき行為。そんなことを許すくらいなら、いっそ死んだ方がマシだとすら思えた。


 瞬間。俺の中で何かが大きく膨らむ。それは人間が持つにはあまりにどす黒く、重たく、冷たい何か。まるで周囲の気温が急激に下がったかのような感覚に陥る。吐く息がいつの間にか白くなり、時間の流れが妙に遅く感じた。


 ゆっくりと流れる時間の中、俺は向かってくるツタに右手を伸ばす。それを合図にしたのか、俺の背後に動きがあった。このダンジョンに入って、最初に取り出したトイレ用液体洗剤。そのボトルが、まるで俺を援護するかのように、その中身をツタに向かって噴射したのである。

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