#13 八尺様の顔が映るように撮ると、花子さんが見切れる

 と、いう訳で。ダンジョンの奥へと歩みを進める俺達。今のところモンスターに遭遇してはいないものの、問題が一つ。それは、八尺様をちゃんと映そうとすると、花子さんが見切れてしまうと言うことだった。


 花子さんと八尺様の身長差は1メートル弱。スマホのカメラは画角がそう広くないので、花子さんに合わせると八尺様が、八尺様に合わせると花子さんが、それぞれ見切れてしまうのだ。それを回避するには被写体から距離を取ることだが、あまり離れてしまうと臨場感に欠ける。


 どうしたものかと困っていると、それに気付いたらしい八尺様が、花子さんに何かを耳打ちした。すると、花子さんは「あ、そうか」と納得した様子で、こちらに振り返る。


「あんた、そういうのは早く言いなさいよね」


 不意に、花子さんの身体がふわりと浮かび上がった。まるでそこだけ重力がなくなってしまったかのように地面から足が離れ、八尺様と同じくらいの高さ上がると、ぴたりと止まる。


「ほら。これでいいでしょ?」


 花子さんは幽霊なので、元々重力に左右されることはない。これでどちからかが見切れてしまう問題は解決した訳だが、新たな問題が浮上。浮かび上がった花子さんのスカートの裾から、その奥が見えそうになってしまっているのだ。


 スカートの奥から延びる、むっちりとした太もも。それだけでも充分に価値はあるが、その奥には更なる神秘が隠されている。男であれば、その気はなくてもつい目が行ってしまうシチュエーション。俺一人でも問題になりそうなところ、今は配信中なので視聴者も多くいる。このまま放置という訳にも行くまい。


 すると、またしても八尺様がそれに気づいたようで、花子さんに耳打ちする。当然、花子さんは顔を真っ赤にして、こちらを睨みつけた。


「見た!?」

「み、見てないです!」


 本当のことだ。見えそうになったのは事実だが、実際には見えていない。視聴者の中には悔しい思いをしている人もいるかも知れないが、俺にとってはそんなことを考えている暇はなかった。目の前の花子さんの羞恥心から来る怒りが、今まさに俺に向おうとしていたのだから。


「ぽぽぽ」

「はぁ!? でも、こいつが――」

「ぽぽぽぽ」

「……まぁ、悪気があった訳じゃないってのはわかるけどさ」

「ぽぽぽ」

「……わかったわよ」


 どうやら八尺様が、俺を擁護ようごしてくれたらしい。まだ出会ったばかりだと言うのに、こんなによくしてもらっていいのだろうか。


「ちょっと、あんた。今のはノーカンにしてあげるけど、今後はカメラワークには充分気をつけなさい。万が一スカートの中映したら、その時はすぐにでも殺すから」

「はい。気をつけます」


 逆らうことなど出来るはずもない。動画と違って後から編集で隠すことが出来ないのだから、当然と言えば当然である。もし見えそうになってしまった場合は、俺がカメラごとそっぽを向くしかないだろう。視聴者の反感よりも、チャンネルのアカウント停止よりも、花子さんの方が怖いのだ。


 そういう訳で、見切れの問題は解決された。後は撮れ高の問題だが、それもすぐに解決する。このダンジョンに救っている植物系モンスターが、いよいよその姿を現したからだ。


「出たわね、何かのツタ!」


 俺たちの視界に現れたのは、植物の長いツタ。とても本体には見えないが、明らかにこちらに対して害意があるように見える。どこから伸びているのかと辺りを見渡すと、どうやら洞窟の壁の割れ目から生えているらしい。よく見ると、その壁には、先日戦ったビッグラットの死骸が、いくつも張り付けになっていた。どうやら彼等も、このツタの持ち主の餌食になったようだ。


「花子さん、八尺様、気をつけて! そのツタに絡まれたらお仕舞いだ!」


 幽霊である花子さんと、実体があるとは言え怪異である八尺様が、ビッグラットと同じ末路を辿る姿など想像もつかないが、少なくとも俺は例外。俺がやられてしまったら元も子もない。より一層、注意力を研ぎ澄ませておくべきだろう。


「上等! こんなツタ如きにやられてやる花子さんでないことを、証明してあげる!」

「ぽぽぽ!」


 そうして、このダンジョンで初めてとなる戦闘が始まる。戦力としては、花子さんに加えて八尺様もいるし、それほど苦戦することはないはず。俺さえ無事なら何とかなる。そんな風に、俺は高を括っていた。

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