#9 ダンジョン踏破の打ち上げは簡易トイレを添えて

 本日3匹目のビッグラットとの戦闘。花子さんはだいぶビッグラットの動き方に慣れたようで、最初の頃に比べると、振り回されることが少なくなって来た。的確に相手を壁際に追い込み、とどめの一撃をお見舞いする。


 いかにモンスターと言えど、脊椎動物と変らない身体構造ならば、バールさえあれば、大抵のモンスターには対応可能。頭蓋を砕かれたビッグラットは、断末魔を上げることもないまま、力なくその場に伏せた。


「だいぶ手際がよくなってきたね?」

「そりゃ~、まだまだ伸びしろのある怪異を自称してるあたしだもの。これくらいは造作もないわ」


 「伸びしろのある怪異って何だ?」とは思ったものの、下手な返答で花子さんの気分を害するのはいけない。感心したのは本当のことだし、ここは素直に褒めておいた方が、今後の人間関係的にもいいだろう。


「花子さんは元々見栄えするし、今のところ視聴者のウケもいいよ。欲を言えば、やっぱり怪異らしさみたいなのも欲しいけど」


 実際、花子さんに対する視聴者の反応は上々だ。ほとんどは見た目の可愛さに関するコメントだが、花子さんが時折見せる機敏な動きが、いいスパイスになっているらしい。可愛くて、かっこいいともなれば、ウケがいいのも道理。下手に俺が映るより、視聴者は稼げるだろう。


「怪異らしさね~。やっぱりあたしの場合はトイレ次第かな~。やっぱり簡易トイレじゃね~」


 第2階層、第3階層ともに、入り口付近に設置してきた簡易トイレ。しかし、花子さんの怪異としての能力を引き出すには、これでは足りないとのこと。やはりきちんと設置されたトイレの方がいいし、大昔に存在したと言う『汲み取り式』よりも『水洗式』がいいようだ。


「じゃあさ。例えば水洗式トイレをこのダンジョンに設置したら、花子さんはもっと強くなる訳?」

「そりゃ~、水洗式のトイレなら水も自由に使えるし、付属してる道具類も完璧に操って見せるわよ」


 流石はトイレの花子さんと言ったところか。トイレが由来のものであれば、自由に操れるようである。


「完全状態の花子さんなら、大体のダンジョンは攻略出来るかもね」

「そうでしょうとも。このあたしにかかれば、ダンジョンなんて怖るるに足らず。この調子でどんどん攻略して、どんどん配信して行くわよ!」

「あくまで水洗式トイレが設置出来れば、の話だけどね」


 鼻を高くしている花子さんには悪いが、これは何にも変え難い真実なので、一応口にしておく。ちなみに、俺には水洗トイレ設置の施工に関する知識など一切ないので、そう簡単にトイレは設置出来ない。


「そういうテンションの下がること言わないでよね~」


 がっくりと肩を落す花子さんの肩をポンと叩き、彼女とともにダンジョンの最深部を見据える。


「ほら、後ちょっとで最深部だから、がんばろう? ビッグラットも、後2匹倒さないとだし」

「……わかってるわよ。トイレに誓って、途中で投げ出すようなことはしないわ」


 花子さんの中では、トイレは世界の中心とも言える存在。そのトイレに誓ったのであれば、彼女の覚悟の強さも窺えると言うもの。元は人間であったはずの花子さんが、どうしてトイレの花子さんという怪異に変わってしまったのかはわからないが、彼女は彼女なりに信念を持って怪異をやっているのというのはわかる。


 となれば、俺は心霊系配信者として、怪異である彼女に協力するのは当然。俺がダンジョン配信を行うことで、トイレの花子さんという都市伝説を守れるのなら本望だ。


 そういう訳で、俺達はこのダンジョンの最深部に到達。記念写真を撮影の後、元来た道を引き返す。帰りがけに、ビッグラットも追加で2匹討伐出来たことだし、一日の成果としては充分過ぎるだろう。討伐したビッグラットの内4匹は、専門の店に持ち込んで換金してもらい、残りの1匹は打ち上げの料理に使うことにした。


「マジで、これ食べるの?」

「うん。味はウサギに似てるらしいよ? こいつは基本草食だからって」


 雑食動物の肉はくさいと言うが、ビッグラットは完全な草食。ウサギ肉を食べたことはないが、ちゃんと調理法を調べれば行けるだろう。


 その晩。食卓に上がったねずみ肉は、花子さんにも好評で、チャンネル視聴者の数のこともあり、彼女は始終ご満悦だった。何故、花子さんが俺の家に当たり前にいるのかとか、何故料理を口に出来るのかとか。いろいろと不明点は多いものの、俺自身も概ね満足している。


 ふとベッドの上を見れば、そこには簡易トイレが一袋。花子さんとの絆でもあるそれは、もはや俺にとってはなくてはならないもの。きっとこの先もお世話になるし、大切に扱うようにしよう。そう心に誓った、怪異と過ごす、にぎやかな夜であった。

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