#8 攻略済みダンジョンにボスはいないよ?

 何やかんやと先へ進むこと30分。ようやく、2階層目を抜け、最深部が見えて来た。ここまでの道中はビッグラットを探してわき道に逸れたりもしたので、ほぼ全ての道を踏破して来たと言える。


 もちろん、ここは攻略済みダンジョンなので、新発見のお宝などあるはずもなく。最深部に居座っているボスモンスターもいない。ど素人二人が最初に入るダンジョンなのだから、この程度が順当だろう。


 とは言え、配信の取れ高としては、それなりのものだ。花子さんのスライムまみれに始まり、スピーディーで爽快感のあるビッグラットとの戦闘。配信栄えする容姿と声を持った花子さんが映っているからなのか、視聴者は増えに増えて、今や100人近い人が同時接続を行っている状態だ。


 バズりとまでは行かないが、俺のチャンネル史上最高の視聴者数を獲得している。その内の全員とまでは行かないまでも、チャンネル登録をおこなってくれる人も多く、登録者数は配信開始前の何倍にも増えた。ひとえに花子さんのおかげである。


「確か全部で3階層って言ってたわね。ここがその3階層な訳だけど、何か特別なことはあったりする訳?」


 だいぶダンジョン探索に慣れたのか、周囲への警戒をしつつ、花子さんが声をかけて来た。あれから何度かスライムにも出くわしたが、花子さんの意思を尊重して全スルー。あのトイレの花子さんに苦手意識を植え付けたのだから、流石はモンスターと言ったところか。


「通常なら、ダンジョンの最深部にはボスモンスターがいるんだけど、このダンジョンに関しては討伐済み。ボスモンスターはリポップしないから、今は特別なことは何もないよ」

「ふ~ん。ちなみに、ここのボスってどんなやつだったの?」

「ヒュージヴァイパーっていう、おっきな蛇だったらしいよ? 何でも鱗が硬くて、刃物が通らなかったって」

「おっきいってどれくらい?」

「全長10メートルくらい」

「でかっ!? そんなのどうやって倒したのよ!?」

「今時は殺蛇さつだスプレーってのがあってね? それを大量に持ち込んで、ごり押しで倒したみたいだよ?」


 これを聞いた花子さんは、わかりやすくため息をついた。


「何それ、面白くないわね。もっとこう、胸が熱くなるような戦いとか、ない訳?」

「現実はゲームとは違うからね。出来るだけ安全に立ち回って、効率よくモンスターを倒すってのが当たり前だから」


 ゲームと違って、「負けたからコンテニュー」と言う訳に行かないのだから、自然とこうなるのだが、花子さんはお気に召さないらしい。


「私が戦うなら、正々堂々と正面から戦うのに」

「そりゃ花子さんは死なない訳だから、今後そういうことも出来るかも知れないけど、今はまだ経験不足だよ。攻略組の仲間入りは、ずっと先の話」


 俺は、あえて詳細は語らなかった。そもそも、花子さんが最前線に立てるようになるまで、俺が生き残っているとも限らない訳で。ダンジョン配信中に怪我をして、そのまま消息不明になる配信者もいるし、ダンジョン探索だけが死因とも限らない。一番つまらないのは、ダンジョン帰りに交通事故などで命を落としてしまうケースだ。過去には実際にこういうこともあったようで、「家に帰るまでがダンジョン配信」などという流行語も生まれたのだとか。


「とにかく。今は目の前のことに集中しよう。ビッグラットの討伐ノルマも残ってるし、何より、生きて家に帰り着きたいからね」


 俺が突然スライムに襲われる可能性もある。吸水ポリマーにも限りがあるので、対処が可能な内に、ダンジョンの外に出たいところだ。


「……まぁ、あんたがいなくちゃダンジョン配信出来ない訳だし? 一応気を配っておいてあげるわよ」


 らしくない一言に、思わず彼女の顔に視線を送ろうとしたが、その時には既に彼女は奥に向かって歩き始めてしまっていたので、どんな表情でそれを言ったのかはわからず仕舞い。それでも、俺を頼ってくれていると言うのは事実のようなので、今は彼女に協力しておくのもいいだろう。


 いきなり本音で語り合うことは不可能でも、常に腹の内を探り合うような関係にはなりたくないというのは事実。とするなら、俺が彼女の勇姿をきちんとカメラに収め、古出ふるいで高校のトイレの花子さんを世界レベルの怪異に仕立ててやるのも一興ではないか。そんな風にすら思う。


「何してんの? あんまり離れたら、せっかくの私の美貌が、視聴者に伝わらないじゃない」


 言いつつ、振り返って俺のことを待っていてくれるのだから、可愛いところもあるじゃないか。多少当たりがきつい部分もあるが、それも個性だと思えば気にならない。彼女とは上手くやっていけそうだ。そんなことを思いつつ、俺は小走りで彼女の元に駆け寄った。

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