#7 花子さん、怒りのねずみ狩り

 花子さんがスライムにまみれてから数分後。俺達は次のモンスターと出くわした。


「ねずみ! おっきいねずみが出たんだけど!?」


 スライムの時と違って、少し身を引きながらこちらの様子を伺ってくる花子さん。一応相手を警戒して、俺の知識をあてにしているらしい。


「あれはビッグラット。このダンジョンに生息している、もう一方のモンスターだよ」


 ビッグラットは名前の通り、サイズの大きいねずみ型のモンスター。大きいと言っても、サイズはウォンバットと同じくらい。せいぜい1メートルかそこらである。草食である上に臆病な性格なので、危険度は低い。


「あれは危なくない?」

「スライムに比べたら危険は少ないかな。その分換金率は低いけど」


 一応、ビッグラットも買い取りをしてくれるところはある。しかし、スライムと違って画期的な素材という訳ではないので、わざわざビッグラットを狩りに来る人間はほとんどいない。


「換金って、まさかあのスライム売りに出す訳!?」

「そりゃそうだよ。この日のために買い込んだものも多いから、その分元は取らないと」

「私の身体を這いずったあいつを売るとか! 何考えてんの!?」

「あ、それいいアイデアだね。トイレの花子さんに一泡吹かせたスライム。オークションにかけたら、そういうの好きな人が高値を付けてくれるかも」


 コメントを確認しようとして、ふと気付く。同時接続者数が明らかに増えているのだ。


『花子さん成分の入ったスライムなら買うぞ?』

『ちょっといかがわしい雰囲気を感じる』

『俺に売ってくれ。後悔はさせない』

『みんなそんなん買って何に使うんだよw』


 現在の同時接続数は10人ほど。明らかに花子さんのことを知っている口ぶりなので、昨日の動画を見た上で視聴してくれていることになる。明らかに、花子さんに釣られて来ている視聴者達。これは思っていたよりも反応がいいではないか。


「いい訳あるか! 絶対売らないからね! そんなの焼却処分よ! 焼却処分!」

「……そうなると、このビッグラットで稼ぐことになるけど。面倒だよ?」

「面倒でも何でもいいわよ。で、何匹狩ればいい訳?」

「えっと~、持ち運ぶ手間もあるから、5匹くらい?」

「5匹、ね。おっきいだけのねずみなんて余裕よ!」


 そう言って、花子さんはバールを手に、目の前のビッグラットに飛び掛った。


 トイレ用具が操れないとわかった花子さんは、がっかりしたように肩を落としていたのだが、俺が変わりの武器を薦めると、彼女は迷わずバールを手にしたのである。


 一般人が入手可能な中で、恐ろしく殺傷力の高い武器になりえるバール。ホラーもののゲームの中では、かなり信頼度の高いアイテムとして有名だ。花子さんがそれを選んだもの、もしかしたらゲームの知識があったからか。真相は不明だが、見た目女子高生と武骨なバールと言う組み合わせは、ちぐはぐな割りに、何だか妙に絵になるから不思議である。


 最初の一撃は空振り。怪異としての能力が使えない今、花子さんの動きは、あくまで一般人レベル。対するビッグラットは、見た目の割りに素早いことで名馳せているモンスターだ。ただでさえ叩きにくい足元を駆け回るビッグラットに、一撃を食らわせるのは至難の業。


 そんなビッグラットを、花子さんは何とか洞窟の袋小路に追い込み、手にしたバールで撲殺――もとい撃破する。真っ赤な返り血を浴びながら振り返る彼女。なかなか凄惨な光景だ。


「……ねぇ、これで1匹目ってマジ?」

「残念ながらマジだよ。どうする? スライムにしとく?」


 花子さんは、苦虫を噛んだかのように顔をしかめる。相当あのスライムを売ることに抵抗があるようだ。


 先ほどのスライム入り吸水ポリマーは、きちんと回収済み。放置すると他の探索者の人達に迷惑だし、ダンジョンの景観も損ねてしまう。持ち込んだ物はきちんと持ち帰る。それがダンジョン探索者のマナーと言うやつだ。


「わかったわよ。ねずみにするから、あんたはあたしの勇姿をきちんと配信なさい。追いつけないとか言ったら殺すから」

「……肝に銘じておくよ」


 もちろん実際に殺されるようなことにはならないだろうが、本物の怪異が言う「殺す」は、やはり迫力が違う。ビッグラットの返り血を浴びていることもあり、今の花子さんの見た目は明らかにホラーだ。


『花子さんの物理攻撃助かる』

『怪異の攻撃(物理)』

『八つ当たりする花子さん可愛い』

『撲殺の天使が降臨した』


 コメントを見るに、視聴者の反応はいい。元々心霊系動画ばかりあげて来た俺のチャンネルの視聴者だと思えば、これも悪くない結果か。


 とにかく、俺達はビッグラットを追いつつ、ダンジョンの深部へと足を踏み入れて行く。今のところ同時視聴者数は上々。まだ確信とまでは行かないが、これはひょっとしたらひょっとするかも知れない。そんな淡い期待を胸に、俺は花子さんの八つ当たり現場を、カメラに収め続けた。

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