#5 実際にダンジョン行ってみた
うちの最寄り駅から、電車で2駅。危険度が一番低いランクに設定されている、攻略済みダンジョンにやってきた俺。地下へと伸びる、全3階層からなる洞窟タイプのダンジョン。近所に住む人達の散歩コースにも含まれているらしいこのダンジョンに生息する主なモンスターは、スライムとビッグラットだ。
全くの初見ならスライムに苦戦するくらいで、身体が大きい分動きの遅いねずみは大した脅威ではない。スライム対策だけしておけば、子どもでも入れる、優しいダンジョンである。
ちなみに、肝心の花子さんは、うちで待機中。流石に壁のない屋外をトイレとみなすことは出来なかったようで、俺がダンジョン内に簡易トイレを設置するまで、うちで、待っていてもらうことになったのだ。
「さて、この辺りなら邪魔にならないかな」
ダンジョンの入り口付近。通行の邪魔にならなそうな岩の影に簡易トイレを設置して、アンパンを備える。これで花子さんを呼び出す準備は完了。後は声をかけるだけだ。
「花子さ~ん」
俺が名前を呼ぶと、ふっと花子さんの姿がその場に現れる。相変わらず一瞬の出来事。こうなるとわかっていなければ、腰を抜かしてもおかしくない場面と言える。
「……ここがダンジョン?」
「うん。俺達にとっての始まりのダンジョン。近所の人からは『ひんやり洞窟』なんて呼ばれてるらしいよ?」
基本的に、ダンジョンの名付けは、最初にそのダンジョンを攻略しにかかった人間が決めるもの。しかし、このダンジョンは攻略した人が名前を付けなかったので、地元の人達が勝手に今の名前で呼ぶようになったと言う。
「拍子抜けする名前ね。もっとこう、血湧き肉踊るような名前じゃない訳?」
「まぁ、中にはそういう感じの名前のダンジョンもあるらしいけど、ここは……ね?」
花子さんはいささか不満げだが、いきなり危険度の高いダンジョンに行って、俺が死んでしまっては意味がない。現実にはレベル上げと言う概念はないが、地道に経験を積んで行くのが、バズるための第一歩と言えるだろう。
「……まぁいいわ。それで? 奥に進めばいいんでしょ? 配信は? カメラは回した?」
一応、配信の手順も花子さんに伝えてはある。実際に撮影と配信の作業を
「ちょっと待って」
花子さんの持っている怪異としての能力を聞いた俺は、彼女が使えそうな道具をいくつか用意している。その道具と言うのが、トイレ用具一式。トイレットペーパーから、トイレのすっぽんことラバーカップ、トイレ掃除用液体洗剤、掃除用ブラシなどなど。
ダンジョン攻略用に買い揃えるのに多少お金がかかってしまったが、怪異を宣伝するための投資だと思えば、苦ではない。俺はそれを目の前に広げ、花子さんに差し出した。
「ほら、これ。花子さんが念動力で操れそうなトイレ用具一式。どんな風に使うのかはわからないけど、これがあれば、充分戦えるでしょ」
俺の用意した道具の数々を見て、花子さんはいよいよテンションが上がってくる。腰に手を当ててふんぞり返る姿は、まさにイキっている高校生そのものだ。
「いい仕事をしたわね! これさえあれば、モンスターなんて恐るるに足らず! どこからでもかかって来なさいってもんよ!」
その様子に多少不安を覚えた俺だが、相手は怪異。きっと人間のお約束の外にいるだろう。そんな風に考えた。
「それじゃあ配信を始めるから、合図したら自己紹介からお願い」
「わかったわ!」
俺はスマホのカメラをダンジョンを一望出来る画角で固定し、配信を開始する。一応先日の花子さんとの出会いの動画の最後に告知も入れているし、配信待機画面も作っておいたので、それなりの導線は出来ているはず。
配信開始時点での視聴者はゼロ。だが、ここで焦ってはいけない。じっくりと、数少ない俺のチャンネルの視聴者が現れるの待つ。
しばしの静寂。花子さんが何事かと顔をしかめ始めた頃。ついに、同時接続数1の表示が出た。
「どうも、こんにちはこんばんは。TAKAです。先日の動画でもお伝えしたんですが、本日からは新企画『トイレの花子さんと行くダンジョン配信珍道中』を生配信にてお送りして行こうと思いま~す。動画を未視聴の方は、概要欄にリンクを張っておりますので、そちらを先にご覧くださ~い」
練習しておいた前口上を、何とか噛まずに言い切った。この企画は、登場する花子さんが本物の『トイレの花子さん』であると知っていることが大前提なので、ここは外せないところ。
コメントが来た訳ではないので、誰が見ているのかはわからない。それでも大切な最初の視聴者だ。逃したくないというのが、正直なところだが――。
『動画見たけど、TAKA氏ダンジョン配信とかマ?』
初めての生コメント。どうやら俺のチャンネルを知っている人のようだ。
「マジですよ~。何とね、先日お会いしたあの人が、レギュラーとして参加してくれることになったので、これなら行けるって感じでね。始めてみました~。それでは早速ですが、本企画の看板娘を紹介しようと思います~」
手振りで花子さんにGOサインを出し、カメラを花子さんに向ける。
「徳村花子よ! 今はなき私立古出高校のトイレの花子さんとはあたしのこと! 普段なら地元を離れたりはしないんだけど、今のご時勢、ダンジョン配信に押されて、あたし達都市伝説の怪異の類は噂されなくなって参っちゃってる訳! だから、このチャンネルを使って、あたしの存在を布教することになったわ! この配信を見ているあんた! あたしのファンになってくれてもいいわよ?」
最初に出会った時から思っているのだが、花子さんはやはり我が強い。この勢いで幽霊だと言われても、信じる人間は稀だろう。だからこそ、俺は秘策を講じていた。更に花子さんに合図を出して、例のあれを披露してもらったのだ。
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