#6 スライムまみれの女子高生は好きですか?

 不意に、花子さんの身体が浮き上がり、自在に宙を舞い始める。これこそ、幽霊ならではの動き。生配信中なので、加工されていると思われる心配もないはず。もっとも、俺の映像加工技術では、人間一人を追加して、更に空中を飛び回らせるなんて芸当は出来ない訳だが。


『え、これマジで飛んでる?』


 これには視聴者も驚いている様子。俺は畳み掛けるつもりで、花子さんに更に合図を出した。すると、それまで空中を待っていた花子さんの姿がパッと消える。


『消えた!?』


 数秒後に再び姿を現す花子さん。場所はカメラのん前。消えたと思っていた人物が、突然目の前に現れたのだから、これはちょっとしたホラー体験だ。


 これに関してのコメントが流れてこなかったのは、視聴者が本気で驚いたからだと思いたい。


「どうでしたか? もちろんCGなんかは使ってませんよ? まぁ、俺の技術じゃリアルタイム配信にCG差し込むなんて不可能なんですけどね」


 とりあえず、花子さんの紹介はここまでにして、話を本題に戻すとしよう。


「それじゃあ、花子さんが本物の幽霊だと信じていただけたところで、ダンジョン探索を開始しようと思います。花子さん、心の準備はいいですか?」

「ここって危険度が一番低いダンジョンなんでしょ? 攻略済みでボスもいないなら、準備なんて必要ないわよ」


 通常のモンスターと違って、ダンジョンボスは一度倒せば復活はしない。どういう原理なのかはまだ研究中とのことだが、これがあるからこそ、攻略済みダンジョンは管理しやすいとのこと。俺達民間人が、こうしてダンジョン配信を気軽におこなえるのも、それなりに行政の管理が行き届き始めている証拠なのである。


「いくら幽霊だからって、あんまり無茶はしないでくださいね。花子さんにとって、ここは未知の場所であることを忘れないように」

「わかったわよ。早く行きましょう?」


 そういう訳で、俺達はダンジョンを奥へと歩みを進めた。花子さんがあまりにも自信たっぷりだったから、俺も少なからず油断していたのかも知れない。まさかこの後、あんなことになるとは、この時の俺は思ってもいなかったのである。


 結論から言おう。花子さんはポンコツだった。


 怪異らしい能力は何も使えないし、身体能力も一般人レベル。強いていい点を挙げるなら、モンスターの見た目に怯まないことと、攻撃に躊躇ためらいがないこと、それから人間には不可能な空中での移動が可能なことだろうか。このままダンジョン慣れしていけば、それなりの戦力になるだろうが、果たしてそのレベルにまで達することが出来るかは、神のみぞ知ると言った具合である。


「ちょっと! 暢気に撮影してないで助けなさいよ!」


 スライムを発見するや否や、意気揚々と挑みかかった花子さん。花子さんが先日行っていたことをそのまま言うなら、彼女はトイレ用具であれば念動力で自在に操れるとのこと。しかし、実際はどうか。用意したトイレ用具一式は、一切動く気配を見せず。それに気づいて振り返ってしまったせいで、花子さんは頭からスライムに突っ込んでしまった。


「えっと、それは身体を張ったギャグですか?」


 スライムまみれになった花子さんのなまめかしいことと言ったら。今のところ年齢制限は必要なさそうだが、見ようによってはとにかくエロい。


『いきなり神回来たw』

『初見だけど一生ついて行くと決めた。今、ここで!』


 最初から見てくれていた視聴者も、いつの間にか増えていた視聴者もご覧の通り。俺の想定とは違ったものの、とりあえず視聴者には好評のようだ。


 しかし、いつまでもこのままではチャンネルの存続も危ういと言うもの。俺はズボンのポケットから、ある物を取り出し、花子さんを覆うスライムに振りかける。


 すると、スライムは少しずつ俺が振りかけた粒々に吸い取られていき、やがてその姿を消した。スライムは俺の使った粒々に、全て吸収されてしまったのだ。ちなみに、この粒々の正体は、市販の吸水ポリマー。紙おむつなどにも使われている、水分の吸収する性質を持った素材である。


「はぁ~、死ぬかと思った」

「花子さんは幽霊だから、これ以上死なないって言ってたよね?」

「精神は別なのよ!」


 なるほど。幽霊にも精神ダメージは有効らしい。使う機会があるかはわからないが、一応覚えておこう。


「それより、さっきのがスライム? 何かあたしの知ってるのと違う」

「まぁ、某ゲームの影響で、スライムと言えば最弱モンスターってイメージが強いから」


 実在のスライムは、もっと液体感が強く、形も不定形。ライトノベルに登場するようなのとも違って、核と呼べるようなものもない。強いて挙げるなら、イメージとしては、ヌタウナギが出した粘液に近いか。


 ヌタウナギの粘液は、ムチンと呼ばれる物質が主成分だが、スライムはこれとは違う物質とのこと。これが何と、近い将来エネルギー問題に革命をもたらすのではないかと、話題になっていたりもする。なのでスライムは、こうして吸水ポリマーで捕獲して持ち帰ると、思いのほか高値で研究機関が買い取ってくれるのだ。


「とりあえず、ダンジョンを侮らない方がいいって、わかってもらえた?」


 花子さんの能力がどうして不発の終わったのかはさて置き、ダンジョンと言う未知の場所では、花子さんと言えど危険なのだと、わかってもらえれば嬉しいのだが。


「……わかったわよ。次からは不用意に突っ込んだりしない」


 花子さんは、渋々と言った様子で首を縦に振る。普段強気な女の子が、こうして弱弱しい姿を見せてくるのには、思わずグッと来るところではあるものの、俺がそれで浮かれている場合でもない。とりあえず、配信をまっとうすることが重要だ。


「この後はどうする? 先に進むか、撤退するか」


 俺としては、花子さんのあられもない姿が撮れた時点で、撮れ高としては充分だと思っている。花子さんが能力を使えなかった理由も調べたいので、撤退でもありなのだが。


「進むに決まってるでしょ。これから有名になろうっていうのに、何の成果も出さないまま終われる訳ないじゃない」


 スライムの残骸にまみれたまま言っても、あまりかっこよくはない。それでも、花子さん自身の心が折れていないのなら、ここは続けるべきだろう。


「それじゃあ、先に進もうか。今度はちゃんと使える武器を持って、ね?」

「……そうする」


 そんな訳で、俺達の初ダンジョン配信は、続行の流れとなった。見れば、同時接続数は4人に増えている。視聴者の誰かが、どこかで宣伝してくれたのか。それとも何気なく見に来てくれた人達なのか。とにかく、この4人を、今回の配信で固定視聴者に出来るかどうかが、今の課題と言えるだろう。


 気合十分の花子さんの背中を追いつつ、俺は、いまだスライムの付着している、花子さんの太ももにカメラを向けた。

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