火と燃焼

居座り公爵

「うむ。及第点だな。初めて茶を出されたときとは大違いだ」


 ピーコックは小さな空間の、せいぜい二人が顔をつき合わせるくらいしかできないテーブルにカップを置いてふんぞり返った。


 「ボロ」と呼んで差し支えない古い墓守小屋に、豪奢ごうしゃなマントをまとった男はあまりにも似合わない。


 立ち居振る舞いでいえばカロンの師も堂々としていたが、服装に関してはもう少し質素だった。それゆえに、ともに暮らしていてもそれほど違和感はなかったのだ。


「そろそろ仕事に戻ったら?」


 お茶うけのビスケットを戸棚から取り出しながら、カロンはうんざりして言った。


 ピーコックはこのところ墓所に入り浸っている。本来であれば半日以上かかるはずの道のりは、解毒薬を求める旅を終えてカロンが森に戻ったあと、小屋の扉を魔術で改造して行き来できるようにしてしまった。

 改造を施したトンデモ魔術師は「息抜き用の隠れ家ができた」と喜んでいる。


(変人なのかな)


 移動型の魔術はとかく難しく、並の魔術師であれば結局はさっさと自分の足で移動してしまったほうが早い。

 ただ、カロンの小屋とピーコックの邸宅のように出入り口が決まっていれば、行き来することも不可能ではないとかなんとか。


 詳しい原理はカロンには分からないが、知らないうちに家に入り込まれているのはたまったものではない。決まった時間以外は覗かないでと伝えているが、どこまで守ってくれるやら。


「仕事か。本日の書類処理は終わった。次の視察までには余裕がある。政務ド素人のご心配には及ばん」


 この公爵、仕事に関してはいやに優秀なのである。優秀すぎて鼻につくので、カロンはビスケットを取り出さないまま戸棚に戻した。


 訪問のたび律儀に食べ物や本を手土産に持参して休憩を誘うので、カロンもついついピーコックの勝手を許してしまう。

 それから、美味いものは食べ慣れているはずなのにカロンが焼いたビスケットを褒めてせびるのもよくない。どうにもこの公爵には、人に「仕方がないなぁ」と思わせる才がある。


「そういえば、賢者のもとで聞いたという話についてだが――」


 不意に、雑談の延長のような調子でピーコックが言った。賢者ガーネッタのもとで聞いた話、主にカロンとブラックウッド一族の繋がりやムーンドロップについての話は一部を除いて情報共有を済ませている。

 ちなみに、聞いた当初の公爵の反応は、意外にもそれほど驚かなかった。文献などのはっきりとした形ではないにしろ、口伝くでんはされていたのだろう。


「カロン。本当になにも隠していないな?」


 すっと目を細めて、ピーコックは問う。これまでにも何度か聞かれ、返すこたえはいつも同じ。


「うん、なにも」


 ごまかすように、もう一度戸棚からビスケットを取り出して皿にうつすと、今度こそピーコックの前に置いた。


 話していないことは、ある。カロン自身がもつ能力――神でさえ道連れにできるらしい、困った能力について。


 だいたい、カロン自身にもどう扱ったものか分からない能力だ。本当にそんな力があるのかと疑ってさえいる。わざわざ話す気にはなれなかった。同行してくれた二人の騎士にも知らせてはいない。


「それより、ニナは元気にしてる?」

「ああ、あいかわらずお転婆で母君を困らせているようだ」 


 好奇心が強いのだろうな、よいことだ。そう言ってまぶたを閉じ、ピーコックは口角を上げた。魔術師の家系であるブラックウッド家やその分家筋では、知識欲は歓迎されているらしい。


 ニナがのびのびと生活できているのなら何よりだ、とカロンは安堵した。


「すぐに、会うのは難しいだろうが……ああ、そうだ」


 ぽん、と手を打ってピーコックは目を輝かせた。


「あの日、ニナがこのあたりで迷子になっていた件だがな」


 カロンとピーコックが出会った日のことだろう。ピーコックが生首で現れた件は先代カロンと結んだ術式によるものとして片付いたが、ニナが一人森にいた理由は分かっていなかった。


「私の術式に巻き込まれたようだ。お前にも分かるように言えば、あの術式はブラックウッドの血を鍵にして門を開いたようなもの。ともすれば、ニナもうっかり通ってしまうことはある」

「うっかりって……」


 カロンは苦笑いを浮かべた。魔術師たちの論理はよく分からないことが多い。あれやこれやとよく分からない魔術的形式を重んじ、縛り、契約、約定やくじょう――様々に表現される「約束事」を絶対視するかと思えば、こんなふうに抜け道や欠陥があったりする。


 カロンが言えることはただ一つ。あの日、ニナもピーコックも見つけられてよかった、ということだけだ。


 ピーコックはビスケットをひとかじりすると優雅なしぐさで茶を口に含んだ。

 男の向かいに腰を下ろそうとしたカロンの耳に、ふとかすかな音が聞こえた気がした。カリカリ、と壁をひっかくような音だ。カロンには心当たりがある。


「ちょっと出てくるね。帰りは自由にして」

「おい、カロン」


 制止の声に構うことなく、カロンは小屋の外に出た。

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