賢し者(withドタバタ騎士紀行 その2)
ガーネッタが語ったブラックウッド家とカロンの関係、そして能力についての話はとんでもなくはあったが、いくつかは状況を整理するのに役立ちそうだった。目玉焼きをフォークとナイフで切り分けながら、カロンは考える。
まず、先日の襲撃はカロンが狙いだったという推測。これが正しければ、ピーコックと先代カロンの魔術を利用してカロンの居場所を知るというのはたしかに効果的なやり方だった。
高慢で皮肉っぽい男であっても、カロンはおそらく見捨てられない。きっと街へ送ろうという話になるし、何も知らないカロンは森から出てのんきに歩いていくだろう。ひょっとするとあの場には、襲撃者の他にも誰かがいて、カロンの姿を確認していたのかもしれない。
そして、ムーンドロップを襲撃者に渡した誰かがいるという話。ムーンドロップを使用されたのが偶然か必然か、それはまだ分からない。少なくとも当初は、短剣で命を奪おうとしていたはずだ。けれど、最後にはこの手間のかかる毒を使った。この後ろにも何者かの不気味な影が感じられた。
はた、とカロンは地下書庫でのできごとを思い出す。
「エリジア教団のことだけど」
そこから追っ手がかかったと、襲撃者自身が言っていた。不老不死を目指す団体がカロンの能力を疎んでいるとすれば色々と噛み合う気がした。
当の本人がどうやって力を使ったものやらちんぷんかんぷんな上に、たった一つしかない己の命と引換えらしいのだから、教団にとってそれほど脅威とも思えないのだが。
賢明な店主はおおよそ理解したようで、ゲェ、という顔をした。
「そういやたしか、教主が不老不死だなんて噂があったわね。本当かどうかは知らないけど」
ぼんやりとした輪郭程度だが、カロンが死ぬことで誰にとって「よい」ことになりそうか――カロン自身にも見えてきた。
不老不死だという教主が本当にそうなのだとしても、あるいはそれがハッタリなのだとしても、殺せる人間がいては困りそうだ。
「だとすると厄介ね。表向きは慈善団体みたいな顔で勢力を広げてる。ブラックウッドの領主は陰険な顔でオコトワリしてるけど、一歩外に出たらあちこちに支部があるわ」
「ここにも?」
まるで呼応するかのように、コンコン、とノックの音が響いた。開店前で閉めたままのカーテンの向こうに、数人の影がうつった。カロンは息をひそめて、小声でガーネッタに問う。
(誰か来る予定だった?)
(昼間は店の準備で忙しいの。誰も呼ばない。街の連中なら、この時間は店が開いてないことなんて知ってるはずよ)
(武器はある?)
(モップとトラップ。それから私)
心強い返答を聞きながら、カロンは音を立てないように注意してモップを受け取った。
(あなたは自分の身を守ることだけ考えていて)
カロンを入り口から死角になる位置に隠れさせながらそう言い含める。
静かに扉まで移動したガーネッタがドアノブをひねった瞬間、金属がぶつかったような高い音が店内に響く。カウンターの上を滑ってカロンの目の前に落ちてきたものは、白く発光する鎖だった。
「拘束魔術ね」
ガーネッタがつまらなそうに言うのが聞こえた。無事らしい。
「シグマの導きがあらんことを!」
しわがれた声とともにだれかが店内に押し入ろうとしている。おそらく数人ではあるが、こちらが対峙しているのはガーネッタ一人だ。多勢に無勢。カロンは思わずモップの柄を強く握りしめた。
「問題ない!」
ガーネッタが叫ぶ。自分に向けた言葉だとすぐに分かった。出てくるなと言っているのだ。うぐ、と男のうめき声がした。
「善良な酒場の店長さんに鎖を投げつけるのがお導きなワケ?」
ガーネッタが笑いながらそう言うと同時、水をぶちまけたような音がする。
「な、なにを……ッ!」
男はそれ以上続けられず、咳き込みながら床に倒れたようなにぶい音が響く。それを皮切りに、次々と人が倒れていく気配。
「もういいわ、おいで」ガーネッタの言葉でそろりとカウンターから顔を出すと、黒いローブをまとった五人の男がびしょ濡れで倒れていた。一人はすでに白い鎖で拘束されている。最初に入ってきた男だろう。
「な、何をしたの……?」
「言ったでしょう。アタシに作れない薬はないの。ちょっと眠ってもらっただけ」
ガーネッタがパチン、と指を鳴らすと、空中に出現した四本の鎖があっという間に男たちを拘束した。男たちがはじめに使ったのと同じ魔術に思えるが、照準の正確さは比較にならない。
「目が覚めたらこの人たちから話を聞くとして……解毒薬ができたらすぐに、霧の森に戻ったほうがいいわ」
カーテンを開けて窓の外を眺めながら、ガーネッタが忠告する。カロンもつられてそちらに目を向けた。雨は上がったものの、あいかわらず空はどんよりと曇っていた。
✕
「…………」
「…………」
ずぶ濡れの騎士たちはぼんやり沼地を見つめていた。かたわらにはイッカクバシラがピチピチと元気にはねている。
沼地のドラゴンから逃げのびたあと、こういうこともあろうかと(こういうこともあろうかと????)教えられていたふたつ目の採取場所にて。お手製の釣具でようやく一匹釣り上げたのだ。
最初の場所に釣具を置いてきてしまったせいで、野営の知識を活かさざるをえなかった。
「こいつはもう、このまま連れて行こう。逃がせば間に合わなくなる」
ルドガーは賛成も反対もしなかった。他の材料は採取できている。あとは帰るだけだ。たとえ鉄の鎧より重量のある魚でも、またとり逃すよりは背負って帰るほうがよい。
それにしても、フロストの目が妙に輝いているのが気にかかった。
(こいつ、まさか食う気か?)
前科はいろいろとある。それゆえの疑念の目である。
✕
ガーネッタとカロンはカウンター越しに向き合っていた。どちらも難しい顔をしている。目を覚ました男たちはすでに領地の騎士団へ引き渡したのだが、それまでに聞き出した話を思い返していたのだ。
(『娘』はあの御方を害する存在だ。一刻も早く殺さねばならない)
カロンは
害するもなにも、その人の姿かたちさえ分からないというのに。
「あなたたちの存在を、誰かが教団に密告したんだわ」
信じたくないけど、とガーネッタはため息をついた。カロンの師がまだ失踪していなかった頃から、あるいはそれよりもずっと前からこの地で店を営んでいたはずだ。客を疑いたくはないのだろう。
「ごめんなさい、ガーネッタ」
「あら、どうしてあなたが謝るの?」
ガーネッタは本当に分からないようで、きょとんとして言った。
「私の店は――まあ、今朝みたいな手荒なの以外は――来るものを拒まないでいる。遅かれ早かれこうなっていたははずよ」
「それでも、私と関わったせいだから」
店主は少し考え込んだあとで、湯が沸いた蒸気の音を聞いて背を向けた。
湯がカップに注がれる音がして、カウンターに出されたのは爽やかな香りの茶だった。白磁のティーカップに注がれたライトグリーンの飲みものは、少しだけカロンの気持ちを上向かせた。
「もとはといえば
思わず笑ってしまった。そんなところまで責任をさかのぼったら、たしかにそうなるのかもしれない。
「ガーネッタって、まるで神話時代に生きてたみたい」
「まさか!」
賢者とよばれる酒場の店主は食い気味に否定した。向かい合って見つめていると、そのままカウンターについた両手が頬づえに移行する。
「そんなふうに見える? 老けてるとか、古くさいとか?」
「老けてるだなんて、それこそまさか」
若すぎるというのならまだしも、美貌の店主を前にそんなことを言う人間はいないだろう。そうじゃないよ、と断ってから、お茶を一口飲んでから続けた。
「神話にすごく詳しいし、神族の話を、ただの物語より親しみがある感じで話すから」
カロンという存在や能力について。それから、ブラックウッド家との繋がりについて。先代カロンから知らされていたのだとしても、彼女の口調はまるでその時代を生きてきたかのようだった。
賢者というのは語り口も上手いのだと、感心していたのだ。
「そ、古くさく見えないならいいの」
ガーネッタは微笑みながら呟いた。
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