神話(withドタバタ騎士紀行)

「って言っても壮大すぎじゃないかな!?」

 

 ガーネッタの話を聞いて、カロンは思わず大声を上げた。


 カロンが何者かに狙われた理由。それは、神代しんだいへとつながる古い話だった。


 「カロン」の一族はもとは冥府の渡し守。神族しんぞくゆえに老いず、死なず、死者を冥府へ連れて行くだけの存在。だが、初代のカロンはそれをよしとしなかった。永遠の命を失ってでも、自由を得て地上で暮らすことを選ぶ。


「そこで、カロンの手助けをした人間が、ブラックウッド一族」


 なにもかも、カロンには初めての話だった。


 ブラックウッドの助力に報いるため、初代カロンは一族の繁栄に力を尽くした。道をそれた行いに忠言し、ときには刺し違える覚悟で、ブラックウッド一族を導いたのだ。決して表舞台には現れない、ブラックウッド一族の守り神として。


「『カロン』が表舞台に出ないのは、一族の能力も関係してるわ」

「能力?」

「そ。でも、本当に知りたい?」


 ガーネッタはこの期におよんでも、まだ少し迷っているようだった。なにか重要なことを告げるべきか、やめるべきか。


 カロンはその揺れる瞳をまっすぐ見つめて言った。


「聞かせて」


 手に入る情報はあるだけ欲しい。そんな気持ちだった。


 ガーネッタは黙って目の前のベーコンをフォークで巻き、ぱくりと食べた。もぐもぐ、ごくん。


 たっぷり時間をかけて飲み込んで、やっと決心がついたらしい。


「カロンの名を継いだ人はみんな――たった一度だけ、誰でも、たとえ神であっても、冥府へ連れていくことができる。ね。」


 カロンは息をのんだ。もしガーネッタが言った通りの能力を持っているのだとすれば、それは大魔術どころの話ではない。神殺しなど、それこそ神話の領分だ。


「もちろん、危険すぎる能力よ。だからブラックウッド一族は、悪用されないようカロンをあの霧の森に隠した」

「でも、私と師匠はほんとうの父娘おやこじゃないし、魔力も……」


 家族のように育ったが、血縁関係はない。先代は優れた魔術師だったがカロンはからきしだ。その疑問を口にすると、ガーネッタは「そこよ」とひとさし指を立てた。


「カロンっていう存在はちょーっと特殊でね。ふつう、神さまも結婚して、子を産んで一族を増やしていくわ。人間と同じ」


 そうなのか。ぱちくりと目をしばたたかせたカロンの脳内に、(ガーネッタって、何者?)という疑問がよぎる。詳しすぎるのだ。さほど一般的ではないはずの、神代の知識に。賢者と呼ばれるゆえんだろうか。


「でもカロンはね、名と魂で世代を繋いでいくの。何ていうのかしら、擬似的に? 神の性質を得る? みたいな?」


 だから、ムーンドロップも本来は薬として作用するはず。なるほど、なるほど。……と納得したフリをして、とんでもない発言からいったん現実逃避した。

 擬似的に? 神の性質を得る? なんてこった!


「冥府の門番キーパーたりえる高潔な魂だけが、『カロン』を継げる」

「こうけつでは」


 ないと思うのだけれど。うろ、と視線をさまよわせながら、カロンは冷や汗が流れるのを感じた。そんな少女をやさしく見つめて、賢者は断定する。


「魂は磨かれていく。たとえいまは未熟でも、あなたは先代が選んだ『カロン』よ」


 その身のうちに神殺しの力を持っているのだと、賢者はそう言った。


 ✕


「おい、フロスト、しっかり持ってろ!」

「持ってる」


 不満げな声で抗議しながら、フロストは巨大魚を抱きかかえてなんとか抑え込んでいた。薬の材料となるイッカクバシラのきもをさばくため、ガーネッタに示された沼地でようやく釣り上げた一匹だ。


 ルドガーが魚の腹を裂こうとしたその瞬間、足元に巨大な影が落ちた。


 見上げた二人の顔に泥まみれの水しぶきがかかる。雨にけぶる沼地であっても、その姿かたちははっきり分かった。


「――ッ! 聞いてないぞ、ドラゴンの生息地だなんて!」

「私も聞いてない」


 小山ほどのドラゴンは、咆哮とともにトゲの生えた尾を地面に叩きつけた。


「……あっ」

「あーっ! フロスト、テメェ!」

「……つぎはお前が持て」


 尻尾の衝撃で解放されたイッカクバシラは無事に沼の中へ戻っていった。


 

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