曇天
解毒薬の調合を依頼できて安心したのか、あるいは旅の疲れか、カロンはその後すぐに眠ってしまった。
熱冷ましが効いているのだろう。穏やかな寝息で眠っている。それを見つめる賢者の瞳はやさしい。
「さて、あなたたちに相談なんだけど」
ガーネッタは深刻そうな表情を騎士たち向けた。
「解毒薬の材料は希少なの。うちにあるものはいいけれど、常備してないものも多いわ」
「我々が行く」
ルドガーは二つ返事で請け負った。フロストも力強くうなずく。ブラックウッド公――ピーコックの命であるのはもちろんのこと、ごく短い付き合いだが、カロンはすでに彼らにとっても友人である。
馬上で
「経緯はこの子から聞いたわ。こんなこと言うと怒られるかもしれないけれど――きっかけはどうであれ、この子が森の外に出て、あなたたちに出会えてよかったと思ってる。もちろん、ブラックウッド公にもね」
ガーネッタは穏やかな表情を浮かべながら、汗ばんで額にはりついたカロンの前髪をよけてやった。
「先代も閉じ込めたかった訳じゃないんでしょうけれど……みんなちょっと真面目すぎね」
「あなたは先代カロンの恋人だったのですか」
フロストの突然の発言にルドガーはギョッとしてそちらに顔を向けた。当の本人はいたって平静な顔をしている。裏のない言葉はこの同僚のいいところであり悪いところだが、恐らくこれに関してはあまり深く考えた発言ではないのだろう。
確かに、ガーネッタの口調には深い友愛が感じられる。しかし、ルドガーとしては戦友に向けるような、揺るぎない信頼からくるものに思われた。
ガーネッタはしばらく固まっていたが、やがて吹き出した。カロンを起こさないように声をおさえて肩を揺らしている。
「ンなわけないじゃない! あんな男」
「閣下も最低な先生だとおっしゃっていた。だが、カロンの師でもある」
「……まあ、そうね。なんでアイツがこんな普通のいい子を育てられたのかしら」
ほんと、弟子の危機だってのにどこほっつき歩いてるのかしらね。
ガーネッタはそう呟いて、窓の外に目を向けた。
ぽつ、ぽつ、と、雨が降り出していた。
カロンが目を覚ましたのは、雨粒が窓をうつ音が激しくなってきたからだ。
毛布から手を出して、グーパーと握ったり広げたりしてみる。胸の痛みもなく、熱も引いている。
(もう朝なんだ)
旅の途中でそうだったように、朝になれば何ごともなかったかのように元気になる。
しばらくぼうっと天井を見上げていると、階下で物音がした。誰かが外に出ていったようだ。カロンも立ち上がってベッドをおりた。
「あら、おはよう。早いわね」
階下にいたのはガーネッタだけだった。店のキッチンがそのまま居住スペースにもなっているのだろう、ベーコンが焦げるときのいい香りがただよってくる。
「朝ごはん、食べられる?」
「うん。もう平気!」
安心させたくて笑ってみせたのに、ガーネッタはそんなカロンをみて深いため息をついた。
「これは気づかなくても責められないわ……」
はてなマークを浮かべたカロンの頭をひとなでして、ガーネッタは白いピカピカの皿に完璧な目玉焼きとベーコンを盛り付けた。
「ルドガーとフロストは?」
はい、と渡された皿を礼を言いながら受けとって、カロンは店内を見回しながらたずねた。
「解毒薬の材料を採取に行ってもらったの。さっき出ていったところだけど......」
「私も行く!」
飛び出そうとしたカロンの肩を、すんでのところでガーネッタが掴む。「ダメよ」きっぱりと言って引き戻した。
「でも......!」
ガーネッタにはカロンの行動の理由も、気持ちも、よく分かっていた。ただの縁でつながった人たちが、自分のために働いている。それをただ指をくわえて見ていることしかできない無力感。
「ダメ」
もう一度言い切って、カロンを店のカウンター席に座らせた。
「あなたに大事な話があるの」
二皿目のベーコンと卵を焼き上げたガーネッタは、皿をもってカロンの隣に座ると真剣な表情でその瞳を見つめた。
「ブラックウッド公爵家とカロン一族の関係について。たぶん、今回の黒幕にも関係しているわ」
くろまく。黒幕。カロンは目を丸くしてなんとか言葉を理解した。そういえば地下書庫で、襲撃者も似たようなことを言っていた。
「エリジア、教団?」
ガーネッタは意外そうに眉をはね上げた。なぜその名前が出てくるのか分からないという様子だ。だが、ことの経緯を話した中で出てきた、襲撃者の言葉を思い出したらしい。
「……そうかもしれないし、もしくは、もっと奥にいる誰かかもしれない。けれど、ブラックウッド卿の襲撃事件とあなたとのつながりは決して偶然じゃない。姿も見せずにあなたを殺そうとしている誰かがいる」
わたしを。カロンはかすれた声で呟いた。墓守とはいえ、街の住人の墓があるわけではない、ただの史跡の守り人。外界との接点もほとんどないはずだ。狙われる理由が分からない。
「ブラックウッド卿が襲撃を受けてあなたのもとへ行った。ふつうに考えればそれは予測できない事態だわ。けれど、反対だったらどうかしら」
しばらく考え込んで、カロンは自分の考えを口にした。
「……私の居場所を知るためにピーコックを襲わせた? ピーコックと師匠の魔術を利用して、『カロン』の居場所まで暗殺者に追わせるために」
ガーネッタは目を細めて少女の解答を肯定した。
カロンは目の前が真っ暗になった気がした――見知らぬ誰かに殺意を向けられるのが怖かったのだ――が、すぐに気を取り直した。
快く送りだしてくれたピーコック、雨のなか素材を調達しに出かけた二人の騎士。そして、なにか大切なことを話そうとしているガーネッタ。絶望するのはあとでいい。
カロンは顔を上げた。
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