ガーネッタ・パウケン
「まず横になること。夜になって熱が上がったらあまり無理をして動かないこと。――普通なら、じきに無理もきかなくなるわ」
酒場の二階、居住スペースの空き部屋は、薬草らしき草の束がいくつか窓辺に吊るされているほかは宿屋のようにきっちりと整えられていた。
かたわらに腰を下ろしたガーネッタは、手のひらをカロンの額にやさしく添える。ピシリと張られた白いシーツに横たわったまま、カロンは熱っぽい視線をガーネッタに向けた。サイドテーブルに置かれた照明が瞳に反射して、星のように拡散する。
「つめたい」
「あなたが熱いのよ」
呆れたように笑って、ガーネッタはふわふわの毛布をカロンの口もとまで引き上げた。母親にいたわられるというのはこんな感覚なのだろうか。ベッドに深く沈み込んで初めて、カロンは己が気を張っていたことに気がついた。ピーコックの屋敷でもふかふかのベッドに横たわったはずなのだが、あの日は疲れすぎていてほとんど記憶がない。
熱冷ましを処方され、薬のおかげか柔らかいベッドのおかげか、胸の痛みまで少し落ち着いたのはありがたかった。
かくかくしかじか、これまでの旅の経緯を話していると、扉がきしんでフロストが顔を出した。
「ガーネッタ殿」
「いらっしゃい。せまい部屋だけど二人とも入って」
そう言って立ち上がり、ガーネッタはみずからが座っていた椅子をさし出した。騎士たちは
フロストは差し出された椅子に、ルドガーは部屋の隅にあった小さな丸椅子へ腰掛け、ガーネッタはかわりにベッド端へ静かに腰をおろした。
「悪いわね。うちの
「問題ない。フロストのおかげで早々に話がついた」
「私は、何も」
ただ、酒場に併設されている厩舎のほうは夜になると
そこで、馬くらいは預からせてくれと熱望する住人のもとへ、二人でいままで預けに行っていたのである。
「先にムーンドロップについての話をしましょう」
ガーネッタが手を叩いて、沈みがちな騎士の言葉をぶった切る。怒るでもなく息をはくフロストを、カロンは不思議な気持ちで眺めていた。
「まず……ムーンドロップは本来、毒ではないわ」
「は?」
「え?」
突然の発言に、ルドガーとカロンがそろって声を上げた。賢者と呼ばれる人物の見識によれば、それはむしろ「薬」なのだという。
「ただ、普通の人間には強すぎるの。だから耐えきれなくて死んでしまう」
「人間のものではないと? では魔獣に向けたものか」
ルドガーの質問に、ガーネッタは「いいえ」と端的にこたえた。
「神話の時代、まだ神がこの地に
「神……」
カロンは本でしか知らないが、神という存在はかつてこの地から、それぞれの居場所へ――その場所は天界だったり自然の中だったりと様々だが――移っていったのだという。
そんな彼らが、まだこの地にいた時代の薬。
「聞きたいことがいっぱいある」
カロンは天井を見つめながらガーネッタに尋ねた。
「どうしてそんな薬をあの人は持ってたんだろう。ただの稀少な毒薬だと思ってたけど、地下書庫で聞いておけばよかった。失敗。それから、さっきガーネッタが混乱してた、カロンの名がどうこうっていう話は? 満月が近付いてるのに私がまだけっこう元気なことと関係あったりする? それで、これが一番大事なんだけど――解毒薬、作ってもらえるかな」
少ないけど、貯金なら――そう言いかけたカロンの唇に、そっとひとさし指がそえられる。
「あの人、って、ムーンドロップをあなたに使った人のことよね。まだ情報が足りないけれど……多分、別の誰かに渡されていたんだと思うわ。調合法を知っているような人に」
ガーネッタはそう呟いてほんの一瞬考え込んだが、気を取り直して話を続けた。
「さっき私が混乱していたのはね、本来なら、『カロンの名を継いだ人』にこの薬は効かないはずだから」
きょとん、としたのはなにもカロンばかりではない。ルドガーも、それから平静を保っていたフロストも、そろって目を丸くした。
「でも、効いてる。一応」
「そう、だから変なのよ。でも詳しい話は明日の日中にしましょう。それで、解毒薬だけど」
カロンは
「もちろん、作ってみせるわ。賢者ガーネッタに作れない薬はないんだから」
力こぶを作ってみせたガーネッタにほほ笑まれ、カロンはようやく身体の力を抜いた。
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