騎士 フロスト・エリアス=ヴァルディアン

 カロンの背後に控えていたのは、初めて見る長髪黒髪の騎士だった。ルドガーよりもさらに身長が高い。背に大弓をかついでいるが、身体の線はしなやかで、剣士らしいがっしりとしたルドガーの体躯たいくと比べればスマートに見える。口をムッと真一文字に結んでいる様子は分かりやすく寡黙でいっそ素直な印象さえ受けた。


「……よろしくお願い申し上げる」


 男はそれだけ言ってまた押し黙った。


「カロン、よろしく頼む!」


 ルドガーの陽気さが救いだ。昨日はほとんど初対面であったし、公爵の手前もあってかどうもカロンに気後れしているようだったが、少し話せばむしろ気さくな男なのだと分かった。地下書庫の探索後、旅支度を整えてもらうさなか「手合わせ」を何度も申し込まれるのには閉口したが。


「よろしく、ルドガーさん、フロストさん」

「同行する仲間だ、ルドガーでいい。こいつもフロストで」


 な? と伺いを立てると、フロストは無言でうなずいた。


「馬の心得はないだろう、カロン。俺が乗せて行こう」


 その提案をカロンはありがたく受け取った。

 あぶみに足をかけてひらりと栗毛の馬にまたがったルドガーが手を差し出す。乗ろうとして飛び上がったカロンは少しばかり勢いあまってつんのめりかけたが、そこはさすがに公爵家の騎士。危なげもなく抱きとめ、己の前に乗せて安定させた。


 栗毛の馬には大きめのくらを載せられているようだ。フロストの馬を見て確信する。カロンが馬に乗れないことまではじめからおり込み済みらしい。


「それじゃ、ピーコック」

 気やすい呼びかけにフロストが眉を潜めた。馬上のカロンを挟んで主従の視線が交わされる。(黙っていなさい)主人の瞳は雄弁に語っていた。主人の命ならばフロストに異論はない。


「いってきます」


 兄弟子に向かって手を振るのは、カロンにとってはどこか新鮮な行為だった。


「短い旅路だろうが、お前たちにとって良いものであるように――本当に、よいものであるように」


 カロンはもう一度大きく手を振った。

 

 ✕


 放たれた矢が風を切り、次の瞬間には小型の魔獣に突き刺さっていた。眼窩がんかを貫き頭部を射抜いている。


「すごい」


 カロンは目を丸くした。フロスト・エリアス=ヴァルディアン。本名さえもルドガーから知らされた寡黙な男は、弓の名手であった。なるほど、ピーコックの言葉に嘘はない。手練てだれである。


「お前も、」


 それだけ言って、フロストは言いあぐねるように空を見つめた。そのまま動かなくなってしまったので、カロンは絶命した魔獣のところへ行ってその骸を埋めた。放っておくと瘴気が湧いて、あらたな魔獣の発生源となってしまうのだ。


 もう一人の騎士、ルドガーは、街道が森に入ったため「偵察がてら先を見てくる」と言って一時離脱した。


 代わってカロンの護衛を買って出たのがフロストである。小型の魔獣におくれをとるようなカロンではないが、カロンが察知するよりも早く矢をつがえていたフロストが勝った。大弓は威力が高いかわりに機動力は落ちるはずなのだが、そんな定石などどこ吹く風で熟練の狩人のように取り回している。


 魔獣の遺骸を埋めたあとでもフロストはまだ立ち止まっていたので、カロンは諦めてたきぎを集めることにした。ルドガーが火の魔術フレアを使えると聞いていたが、適正のない者が魔術を使うのは相当に消耗するという。できれば控えさせたかった。もっとも、そも魔術を使えないカロンがその真偽を確かめるすべはない。


「カロンは助けを求める人間に命を賭して応えた。それは『すごい』ことだ」

 

 不意にフロストが口を開く。もう薪をあつめ終わり、休憩している馬二頭とたわむれているところだったので、どうして突然そんなことを言われたのか分からなかった。


「ど、どうしたの、突然」

「閣下は……カロンを気に入っているらしい」


 何度か会話して気がついたのだが、フロストはどうも思考の説明を省く節があるようだ。少女の当惑に気がついたフロストは、眉を下げ、大きな身体を縮こまらせた。


「すまない。私はどうも愚鈍らしい。ひとと話が合わんのだ」


 カロンは目をしばたたかせた。寡黙だが誠実な態度、威風堂々たる弓の技、培われたしなやかな体躯。それらに似合わない、過剰な卑下だ。


「愚鈍だなんて、誰が?」

「……話す必要はないだろう」


 しまった、とカロンは思った。踏み込みすぎた。しかし、フロストの方がむしろ恐縮して慌てて言葉を付け加えた。


「話したところで、カロンを嫌な気持ちにさせるだけだと思った。すまない」


 事情があるのだろう。カロンはうなずいてそれ以上なにも聞かなかった。ただ一つ言えることは、懸命に言葉を尽くそうとする騎士に対してカロンは人として好感を抱いた、ということだけだ。

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