正々堂々

「……あなたの邪魔をしたから?」

「おれは昨晩仕事を放棄したばかりで教団に帰ってはいない。報告もしていないのに、なぜお前の存在が知れるんだ?」


 襲撃者は嘲笑し、それに、とつけ加えた。


「ザグザは権力欲に取り憑かれて教団に言われるがまま動いた愚物にすぎない。実際に公爵とお前を殺したがっているのは」

「エリジア教団、というわけか」


 ピーコックは真剣な表情で口を挟んだ。生首になっても飄々としていた男が表情を引き締めるほどのことなのだ。カロンはことの厄介さを感じた。


「伝えるべきは伝えた。せいぜい背後に注意しろ」

「待って! それなら状況が変わったでしょう。私に解毒薬を渡す気はないの?」


 ピーコックたちの手前平気なフリはしているが、実際のところ一日目にしてかなり消耗している。知ってか知らずか、襲撃者は笑みを浮かべた。


「ない。お前が選べるのは、おれを追って倒しムーンドロップの解毒薬を手に入れるか、ブラックウッド公という細い希望の糸にすがるか。戦いか、逃走かだ」


 男はカロンの左手を取った。殺意はない。背後の二人が緊張を高めたのを感じながらも、カロンは目を逸らさなかった。


「追い詰められたお前が『何者』になるのか、おれも楽しみだ」


 男はすぐに退いた。長く彼女の間合いに入っていればその剣か拳が容赦なく振るわれることを悟っているのだ。


「……ええと、いろいろ聞きたいことはあるんだけど」

「答えよう。答えられるものであればな。公爵閣下はご不満のようだが」

「……ここにどうやって入ったの?」


 襲撃者は意外そうに目をみはった。なぜ今、そんなことを? と言いたげな襲撃者に、カロンは付け足した。


「この人――ピーコックは傲慢で不躾で強引でどうしようもないけど」

「言いすぎじゃないか? 私は傷つきやすいぞ?」

「それでも、時間を割いて調べごとに付き合ってくれた。『公爵様』なのにね。それに今もまだ私を守ろうとしてる。そうでしょう?」


 尋ねの宛先はピーコックではない。相対する男は呆れたような半目で、それでも正直に頷いた。「防衛の魔術を馬鹿みたいに何重も」。


 カロンが振り返ってもピーコックはそっぽを向いている。そっけない兄弟子に向けて笑いかけた。


「ピーコックを信じるって、いま決めた。戦いも逃走もなし。解毒薬を渡す気がないのならこの話はもうおしまいだし、あとは気になることを聞いてるだけ」


 ね、どうやって入ったの?

 襲撃者は思わずといった様子で声をあげて笑った。


「鍵が開いていた」

「は?」

「鍵が開いていたのさ!正々堂々、正面から来た」


 それでは、また。襲撃者はそう言ってカロンにウインクすると、通路の闇の中に溶けていった。

 

「情感のない朴念仁かと思っていたが、案外キザったらしいヤツだったな」

「……ピーコック」

「そんな目で見るな。施錠の不備はお前たちも同罪だ。私に施錠の習慣があると思うか」

「鍵はずっとピーコックが持ってたのに」

「…………」

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