「全員、止まって!!」

「弱者に興味はない。娘と話をさせろ」


 襲撃者が剣をひらりとかわしながら言う。


「断る。彼女は閣下の客人だ」


 切り捨てたルドガーは、襲撃者が放った短剣を剣身ではたき落とした。狭いこの空間で長剣は不利ではないかとカロンは気が気でなかったが、ルドガーは室内の戦いにも怯んでいなかった。


「そもそもお前は閣下を狙っていたはずだが」


 ピーコックは突然の指名に驚いて自分自身を指さした。首を斬り落とされたことをすっかり忘れたわけではないだろうが、意識の埒外に置いていたらしい。カロンはのんきな公爵閣下に呆れて背中に軽くこぶしを当てた。


「閣下を仕留めそこねて今度は婦女子に目をつけるか。見下げ果てたたクズめ」

「ルドガー、お口が悪い。淑女の前だ」

「はい」


 相対する暗殺者は、額にピキリと青筋を浮かべた。


「弱者があまりいきがるなよ」

「奇襲しか能のないびっくり箱がよく言う」


 互いにうっすら笑みを浮かべているが、火花がバチバチ散っている。

 ただ、カロンは襲撃者の言葉が気がかりだった。


「私と話したいって」

「お前は昨夜、同じように油断して毒を打たれた。二度目が無いとは言えん」


 ピーコックの返答はつれない。正論ではある。

 ルドガーの剣先が襲撃者の胸元に迫る。鋭い音とともに切っ先がはじかれ、襲撃者の短剣が騎士の鎧を滑って火花を散らした。喉元に突き刺さるかと思われたそれは鎧のカーブに従って切っ先が滑り、ルドガーの頬に赤い線を残した。


「おれはそこの娘に話がある。今日のところはそのジジイも殺す気はない」

「ジジイと言われるほど年嵩としかさでもないが……そもそも二度目の奇襲で青二才に殺されるようなヘマはせんよ」


 カロンを背後に庇ったまま、ピーコックは一歩前に踏み出した。


 ああもう! カロンはしだいに苛立ってきた。襲撃者はカロンと話したい。カロンも(できることならもう少し平和に)彼と話したい。ルドガーは公爵を守りたい。公爵は――ひょっとしたら毒の責任を感じて、カロンを守ってくれているのかもしれない。しかし、今この瞬間、見えている道筋はもっと単純だ。少なくともカロンにとっては。


「全員、止まって!!」


 ルドガーの剣は虚空を滑り、襲撃者のフセットはルドガーの背後へ飛んでいった。ピーコックは目を丸くして背後の少女を見下ろした。カロンはぎゅっと握りしめていたマントから手を離すと、静止した空間の中央に歩を進めた。


「カロン!」


 背後からとがめるようなピーコックの声が響いたが、かまわず対峙する二人の間で立ち止まった。


「ルドガーさん」

「なんだ」


 戦いで興奮しているのだろう。ルドガーはギロリと睨みつけた。


「ピーコックのそばにいて、守ってあげて。この狭い部屋じゃいつ短剣が飛んでくるか分からないでしょう」

「……」


 ぽかんと口を開けたのは、なにもルドガーだけではない。襲撃者は用心深く距離を取った。


「今は私のわがままを聞いて。ピーコック」


 はっきり言い切ったカロンに取り付く島もないと思ったのか。ピーコックは静かに己の騎士を呼び戻した。


「しかし閣下、」

「戻れ」


 正しく上に立つものの、端的な命令。騎士は後ろ髪引かれる思いをしながらも従わないわけにはいかなかった。



「話がしたいだけなら、なにもナイフを投げなくてもいいのに」


 せめて、とルドガーに渡された片手剣を構えることもなくカロンは尋ねた。襲撃者はまだ警戒しているようだったが、それでも構えを解いてカロンと向き合う。


「連れの二人を殺してからゆっくり話せばいいと思った」

「えぇ……やめてくれる?」

「独断でジジイの暗殺を中断したためにおれは雇い主から追われている。まあ、それはいい。最悪殺せば」

「殺せばいいやみたいなのやめてくれる? ねえ、聞いて~」


 (中断じゃなくて殺せなかったくせにぃ)背後から子どもじみた挑発が聞こえたが、カロンは無視した。話がしたいと言いながら聞き入れるきはなさそうな襲撃者にも、小さく諦めのため息をつく。


「雇い主って」

「小領主のザグザという男だ。これだけならよくある反乱だが」


 襲撃者はあっさり雇い主の正体を明かしたわりに、その先を続けるのをためらった。しかし、じっと見つめ続けるカロンに気圧されたのかついには口を開いた。


「……背後にエリジア教団がいる。おれはもともと教団の暗殺者でね。一時ザグザに『貸出』されていたに過ぎない」


 ピーコックもルドガーもその名を聞いて息を飲んだ。一方、外界と関わらず暮らしてきたカロンには何がなんだか分からない。理解していない様子を悟ったのか、襲撃者は繰り返した。


「エリジア教団という、不老不死を追い求める集団が背後でことを動かしている。表向きは慈善活動に熱心な教団だが、おれからしたら狂人集団だよ」

「……それで?」


 疑問は残っていたが、カロンは続きをうながした。


「――カロン、お前に教団の追っ手がかかった」

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