二度目の奇襲
日記、研究資料、見たこともない古い本、使い途の分からない素材。小部屋にぎっしりとつまった師の足跡に、カロンは奇妙な感慨を抱いた。
(家、みたい)
カロンと師が「家」とよんでいた墓守小屋は、二人暮しには少し狭すぎるくらいだった。この部屋と同じ。小柄なカロンはともかく成人男性の師匠には窮屈ではないかと長年疑問だったが、ひょっとしたら好んでこぢんまりとした場所に住んでいたのかもしれない。
「遅かったな」
日記を検分していたピーコックが不機嫌そうに吐き捨てたので、カロンは驚いて思わず尋ねてしまった。
「怒ってる?」
答えはない。しかし、怒りによる沈黙というよりもどこか気まずげな空気を漂わせた静けさだった。ルドガーが焦ったような表情で手招きしている。カロンは何ごとかとそちらへ寄った。近づくやいなや耳を貸せ、と囁かれる。
(閣下はな、先生と折り合いが悪かったんだ。先生が屋敷を出て以来ずっと会っていないらしい)
カロンが師と暮らし始めて以来、二日以上離れたことはない。その頃にはすでに屋敷を出ていて不仲だった、とするれば、もう十年以上になる。「一番弟子」という言葉への反応が芳しくなかった理由が分かった気がした。
(おのれを見限ってアンタを育てていたと、そう考えても致し方ないだろう)
(そ、そんなわけ……)
「ルドガー」
ピーコックの無機質な声が響き、騎士は反射的に背筋を伸ばした。
「私はあの男についてはなんとも思っていない。この娘についてもだ」
「は、はぁ……」
宣言すること自体が、「なんとか思っています」という表明だと思う……そう考えながらカロンは何も言わなかった。
「そんなことはどうでもいい。それより見ろ。日記の終わりはここを出た時の日付だ。賢者の……、ッ!」
覗き込もうと身を乗り出した瞬間、カロンの腰に腕を回したピーコックが力任せに抱き寄せた。
風切り音とともに飛来した刃物が虚空で止まり、カランと乾いた音を立てて石の床へ落ちる。
一本道の暗い廊下から姿を現したのは、昨夜の襲撃者だった。
「二度の奇襲はかなわんか」
ピーコックが切迫してルドガーを呼ぶ。騎士はすらりと剣を抜くと、ためらいなく襲撃者へ斬りかかる。
「私も、」
踏み出そうとしたカロンは、片手で制された。見上げれば、騎士の主は交戦する二人に見定めるような視線を向けていた。ある種の迷い、ある種の覚悟。なにか考えがあるのだ。
カロンはピーコックの派手なマントを握りしめ、今にも飛び出しそうな自分の足を叱りつけた。
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