Kise Roti
「死に方も含め症状は共通している一方で、解毒薬の作成方法には揺らぎがあるようだな」
「昨日のお医者様にこの本を見てもらうのは?」
「難しいだろうな。公爵家付きの医師連中が黙っておらん」
あの女医は公爵家の専属ではないらしい。ピーコックがずいぶん信頼していたので、カロンはてっきり雇っている医師だと思っていた。が、よくよく考えてみればそんな身分の人間が街の外れで小さな医院を構えているのはおかしな話ではある。なにやら事情がありそうだが、ひとまずカロンは口をつぐんだ。
のぞき込んだピーコックの書きものにはいくつか薬の調合方法が書かれていたが、ほとんどは材料さえカロンの知らないものであった。
例えば、煎じて飲むことで寄生した植物を除去する薬。
あるいは、太陽の力を宿した植物で毒の花を相殺する方法。
「いずれも希少……というより、存在するかも分からん薬草類が必要――ん?」
ピーコックは片眉を上げてまじまじと書物の裏表紙を眺めた。「どうしたの?」覗き込んだカロンに向かって「見ろ」と一点を指す。
「これって……!」
師の署名だ。つまり、この書物は先代カロンの所持品だったのである。
「十八番棚、『ヴェルダンティアの薬草事典』、十六番棚『錬金師アルヴィスの植物解剖書』、二十五番棚『海岸生物誌』、ふむ……」
山と積まれた書物の中、目をこらせばいくつか紛れ込んでいた。
「でも変じゃない? ここ、『18』は棚番号かもしれないけど、もう一文字入ってる」
「ルナリア文字でしょうか」
若き騎士も参戦し、三人で頭を突き合わせて考える。はた、とピーコックは手を打った。
「Kise Roti――棚番が若い順に並べれば『Kise Roti』となる」
「き、キィズ、どういう意味?」
素養がなかったせいか、カロンは師から魔術言語を教わっていなかった。ルナリア文字もその一つだ。代わりに吐くほど剣を鍛えられたが。
「『
カロンの記憶の片隅が光った。
「『星の部屋は冥府の入り口』……」
ピーコックが息を飲む。呼応するように口を開いた。
「『冥府の口に翡翠の眼あり』」
ぱちくり。カロンとピーコック、二人の弟子が見つめ合う。それぞれ、決して示し合わせたわけではない。示し合わせたわけではないが、いたずらっぽい笑みを浮かべた師の顔を思い浮かべて机を殴った。
無言で歩きだしたピーコックのあとを、無言で追うカロン。その後ろからわけも分からずついてくるルドガー。書棚の間を抜けて奥へ奥へと進んでいく。やがてつき当たりの石壁へ。
――翡翠の眼をはめ込まれたユニコーンの像が。
「「ある‼‼!!」」
要はこうだ。秘密の部屋のありかを示す暗号を、弟子たちにそれぞれ分けて覚えさせた。生活の端々で、それが暗号などではなく子守唄の一節であるかのごとく。
魔術師の研究室には所有者の根源に関わる秘密が多く、隠されていること自体はよくある。が、出会うかも分からない二人の弟子にそれぞれ教えておいて、結局いまここでその二つが出会ったことを思うと、手のひらの上で踊らされているようで面白くはなかった。
翡翠の眼をしたユニコーン像の台座、よくよく観察しなければ分からない場所に魔法陣が刻まれており、ピーコックは片手をかざすだけで難なく発動させた。つき当たりと思われた石壁が自ら組みかわって、奥へ通じる道を作っていく。
「さすが一番弟子」
ルドガーがたしなめるように肘で小突いた。ピーコックはカロンを軽く睨みつけ、さっさと暗闇に踏み出してしまう。
「閣下! 危険ですから、俺が前を――」
ルドガーも慌ててあとを追っていく。残されたカロンはふと息苦しさを感じた。
(ああ、そっか)
夜なのだ。
昼間はまったく平気だったので、カロンはすっかり油断していた。満月まで時間があるとはいえ、毒の対処が遅れるほど厳しい状況に追い込まれる、らしい。
(急がないと)
ひんやりとした壁に手をついて、カロンは暗闇へと歩きだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます