地下書庫エクスプロア

 ひんやりとした通路を抜けていく。カロンたちがそばを通ると、燭台は誰に言われるでもなくみずから芯に火を灯した。「魔術的な炎だ」物珍しげなカロンに、ピーコックは振り返らず告げた。「火事の心配は要らぬぞ」


 やっとたどり着いた先で重たい鉄の扉を開くと、広大な空間が目に飛び込んできた。天井自体はそれほど高くないのだが、その天井近くまで届きそうな書棚がどこまでも先へ続いている。


「……やれやれ、久方ぶりに下りたが本当に埃っぽいな」


 ピーコックはやはり厭そうにマントを引き上げた。そのまましばらくぶつくさ言っていたが、どうやらマントを汚さずに探索するのは諦めたらしい。

 

「ルドガー、お前はカロンを頼む。ピンピンしているが一応怪我人だからな」

「は、承知いたしました」


 テキパキ指示を出したと思ったら、ピーコックは一人で書棚の間に消えていった。


「……貴族様ってああいうもの? ピーコックが変わり者?」

「閣下に気安いアンタもたいがいだと思うが。まあ、閣下は他の貴族とは多少異なるのだろうな」

 

 たしかに、カロンからピーコックへの態度は本来であれば許されないほど遠慮がない。しかし、カロンの見立てが正しければ、気安いほうがむしろよいのだとさえ思える。なにせ少しかしこまった態度を取るだけで眉をひそめるのだ。出会いが出会いだけに、カロンの方もことさらに恭順の態度を示す気にはなれなかった。


 ルドガーは腕を組んでそんな無作法者を見下ろした。「それで、お前は何を探しているんだ」協力はしてくれるらしい。


「薬草学の本……ええと……」


 迷っていると、奥のほうから「18番棚!」と声が響く。その声に従って側面に「18」と書かれた棚に向かえば、たしかに薬草学に関連する本が並んでいた。数冊抜き取って、入り口付近に設えられた閲覧机に移動する。


「アンタ薬師なのか」


 意外そうな騎士に、カロンは苦笑しながら手を振って否定した。


「毒を受けてしまって」

「どく」

「それが、満月に死ぬっていうものらしいんですけど」

「しぬ」

「どうも珍しい毒みたいで、医院にも解毒薬がなくて」

「げどく」


 騎士は固まっている。はて、と頭に疑問符を浮かべていたカロンは、次の瞬間恐ろしい勢いでガクガクと揺さぶられた。


「大丈夫なのかッ! おま、お前、毒って!」

「つ、次の満月までは大丈夫なはず……たぶん」

「悠長なことを言っている場合かッ! なんだ、医院でも解毒できない毒って!」


 とりあえず揺さぶるのをやめてほしい。そう伝えたくとも、口を開けば舌を噛みそうだった。この若い騎士は、昨日の一部始終の詳細は伝えられていなかったらしい。


「方法はないのか! 手合わせする前に死ぬのは許さないからな!」

「しない、てあわせ、しない……」

「そのを探しに来たのだ」


 ピーコックはいつの間にか戻っていた。両腕に一杯の書物を抱えている。


「閣下、しかし彼女は……」

「怪我人かつ病人だが、何もできないわけではない。御家の騒動に巻き込んだのだから、私にはこの子をより安全な方法で保護する義務がある。まさか、毒に侵された身体で例の襲撃者のもとへ送り込むわけにはいくまい」


 回る回る。まったく流暢なものだ。カロンとしては襲撃者に直談判するのでもよかったのだが、ピーコックもルドガーもそれは最終手段と考えているようだった。


「地下書庫にはずいぶん長いこと入っていなかったが、覚えているものだな」


 ドサドサと傍らに置かれた書物を見て、カロンは目を丸くした。カロンがルドガーにガクガク揺さぶられているだけの時間でこれだけの関連書籍を集めてきたのだ。


「まずはムーンドロップの性質を固める。賢者級でなければ解毒薬が作れないのなら、賢者を探す――こういう時に限ってなぜおらんのだ、白髪男」


 舌打ちしながらぼやいている。白髪男というのはおそらく現在失踪中の先代カロンのことだろう。


「性質を固めるって、どういうこと?」

「昨日の書物はピアズ――医者の言う通り伝奇じみていたからな。毒の性質を類推するヒントにはなるが真実ではないのだろう」


 そこで、とピーコックは持ってきた書物を開くと、すぐにひとつのページを見つけて指し示した。


「『満月の夜に発芽し死に至る』。これだ。ムーンドロップに類似した毒の共通項を書き出していく。毒の本質が掴めれば、解毒の手法も絞り込める」

「こんな広い書庫の本を、全部?」

「関連するものだけだ。なに、心配することはない。目録はすべて頭に入っているからな」


 ピーコックが片目をつぶった。こともなげに言うが、つまりはすべてに目を通し、内容はともかく書名と分類を記憶しているということだ。先代カロンはもっぱら魔術を彼に教えたということだが、ピーコックのこの能力は師の心を踊らせたことだろう。


「ピーコック、私、初めてあなたのこと本当にすごいと思った」

「初めてか。――いまになって初めてか? ……まあいい、私が優秀なのはこの不確かな世でも揺るがぬ真実だからな」



 作業は比較的順調に進んでいた。途中で軽食や休憩を挟みながら、夕刻には一通り目を通した、らしい。


 書物のリストはピーコック頼りだが、いずれにせよカロンだけでこの広い書庫から効率よく情報を集めることなど不可能だった。それに、ピーコックの読解の速さにはカロンも舌を巻いた。難しい言い回しをルドガーに質問しながらのカロンとは比べ物にならない。


 山と積まれた書籍の最後の一冊を読み終えたピーコックは、ふむ、と顎に手を当てた。

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