奇妙な届物

 さらなる労働の気配に、カロンは踏ん張った。それはもう、必死だった。


 だいたい、今さらうるさいことは言わないが、誰かさんのせいで毒を打たれているし、今日だってもう歩き通しである。それも、ニナを背負い、生首という荷物を抱えて。師匠のしごきによって並の人より体力があるといってもそこはそれ。すぐにでも宿を探してベッドにダイブしたい。もしくは一刻も早く森に帰って慣れたベッドで眠りたい。そんな気持ちだった。


「宿屋を探さなくちゃいけないし、宿屋に生首は持っていけないし。ね、先生もそう思うでしょ?」


 そう言って渋るカロンに助け舟を出したのは女医だった。


「公、大きな書庫を持っていたな。目録は公開されていないが、十中八九薬草学の書物もそれなりにあるだろう?」

「そりゃあ、まあ、ある」

「行きがけの駄賃に、この少女に書庫を見せてやればいい。何か分かるかもしれないしな」


 泥舟であった。


「キミはまだ宿を決めていない。公爵邸に泊まるなど、生涯に何度もない経験だろう」


 加えて提案された内容にカロンは慌てた。


「そんな、とんでもない! 師匠からも公爵家には近づくなって言われてるから」

「ほう?」


 カロンとしては、偉い人の家の周りで万が一トラブルに巻き込まれたら厄介だし、もう今日は疲れたから公爵邸があるらしい中心街までは行きたくないなぁ、という程度の認識で、お行儀よく師匠の言いつけを守る気マンマンだった。しかし、彼女の返答は公爵閣下にとってはお気に召さないものだったらしい。


「部屋の空きはある。書庫の件も当然、承ろう」


 書庫はそりゃあ、ちょっとは興味あるけどぉ……ウジウジと人差し指を突き合わせているカロンに対して、決まりだとばかりピーコックは己を水桶に入れるよう指示した。


「これ、私のなんですけどぉ」まだ納得がいかずどうにか断ろうと画策していたカロンは、結局「新品に換えてやるから」という追加の約束で黙らされ、女医に見守られながら出立した。


 ✕


 ブラックウッド領の主要都市であるラヴェンクロス市は、城郭は立派なもので、あらゆる悪意の侵入を拒んでいる。しかし、門をくぐれば、まずは舗装もされていないでこぼこの道が続く。道の両脇に並ぶ商店や安普請のアパートに混じって建っている、少しばかり品のいい建物が女医の切り盛りする病院であった。下町の医院がなぜ公爵閣下と密な関係にあるのかカロンには分からなかったが、女医の手ぎわを見ても態度を見ても、ピーコックにとって信頼に足る人物であることは確かなようだ。


 医院を出て数十分、ようやく石畳の道に差し掛かった。中心街が近づいてきたらしい。

 

「魔術師なら、こう、ヒョイとお家まで移動できたりしないんですか」

「馬鹿を言え。それなら生首姿のままでなどいるものか」


 理屈は分からなかったが、魔術師本人が言うのだからそうなのだろう。


 私のところは飛んで来られたのに? とイジワルのつもりで聞いてみたら、「移動のたび生首になるわけにはいくまい」とやり込められた。おっしゃるとおりである。


「この姿もあとどれほど保つか分からん。まあ感覚的に朝までは大丈夫だろうと思うが、早々に身体を回収したい」


 朝までって。もう深夜は回っていたはずだけど。カロンは眉をひそめて少しだけ歩みを早めた。


 ✕


「これ……家なの?」

「家でありお前たちが言うところの職場でもあり、外交の場でもあり、お前にとってはただの宿だ」


 水桶をかかえて立ち尽くすカロンを、東門に詰めている騎士が遠巻きに、しかし不審そうに探っているようだった。


「私、入ったら捕まるんじゃない?」

「家主がここにいるのにか」

「あなたのこんな姿みたらびっくりするでしょう、みんな」


 お届けものです♡ なんてふざけたあげくにひっ捕らえられたらたまらない。なぜかそんなことには無頓着なピーコックが、「そうだな」と素直に受けいれたので、カロンはひとまず胸をなで下ろした。


「では、ルドガーを呼ぼう。襲撃の折に現場で対応した騎士だ。話が早そうだからな」


 ピーコックはふぁ、と欠伸をしながらそう言った。ずいぶん疲れているらしい。もし彼がこのまま死んでしまったら、カロンは公爵閣下の首を持ったまま彼の領地(それも、邸宅の前!)をうろついている人間になる。それが何を意味するかを考えてしまって、カロンはゾッとした。


「ルドガーさんはどこにいるの?」

「詰め所だ。当番で」


 運がいいのか悪いのか、ちょうどその詰め所の騎士がランプをさげて近づいてきていた。暗闇で正確には分からなかったが、おそらく赤髪。沈んだ赤銅色をしたピーコックのそれとは違い、鮮やかな赤である。


「そこのアンタ、ブラックウッド公爵邸になんぞ用事でもあるのか。荷や便りなら明日にしてくれ」


 やや警戒しながらランプを掲げた男は、若いが場に慣れた精悍な表情をしている。怪我の痕跡があるカロンに一瞬眉をひそめたが、すぐにその表情を引っ込めてもとの職務に忠実な騎士に戻った。


「ええと、まずは何から説明したらいいのか……」


 穏便にすませようと努めるカロンをあざ笑うように、ピーコックが声を上げた。


「ルドガー、私だ。ただいま帰った」


 驚愕の表情を浮かべた騎士が、つかの間の空白のあと、説明を求めてカロンに目を向けた。


 こうなってしまっては穏便もなにもない。カロンは小さくため息をつきながら、水桶を覆っていた白い布を取り去った。


「ルリエ・ピーコック=ブラックウッド、ただいま帰ったぞ」

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