悲鳴
水桶はそのまま持っていくことにした。どうせ待つ人はいない。今晩は街で宿を取ることになるだろうが、明日、帰りぎわにこの仕事を終わらせればいい。
それに、いまから墓守小屋に戻ってのろのろ
「お姉さんは何をする人なの?」
お姉さん。お姉さんだって! カロンは少し気を良くして答えた。「あの森にあるお墓――って言ってもただの石碑なんだけど――あれをキレイにしたり、悪い人が盗掘したりしないように見張ったりしてるの。あとは、魔除けをかけたり」
「魔除け! かっこいいね」
「気休めみたいなものだけどね。私、魔術師じゃないし」
魔除けの儀式は師匠
女の子のほうは、貴族か大商人かの娘のようだった。一見して気品が感じられる服装をしており、今日の「お散歩」も使用人と一緒だったらしい。
「もしかしてその人、森で一緒に迷子になったんじゃない?」
心配になったカロンだったが、ニナは首を横に振った。
「探したけど、全然見つからなかった」
カロンは上流階級の世界に明るくないが、まだ幼いあるじが目の前で消えた場面を想像すると背筋が凍った。
きっと声が枯れるまであたりを探し回るだろう。少なくともカロンならそうする。いや、したのである。師匠がいなくなった当時を思い出して、カロンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
ニナの連れが呼びかける声すら聞こえなかったのだから、周囲にはいなかったということだ。
(犯人がその人じゃなければいいんだけど)
浮かんだ可能性はとりあえず押しやって、草地を踏みしめた。
森を抜け、丘を越え、夕方頃になって、ようやく街の城郭が見えた。普通なら半日ほどで到着するが、幼い子を連れている。休憩が増えることは避けようがなかった。
辺りはすでに薄暗くなり始めているが、とっぷり日が暮れる前には着くだろう。すっかり疲れ果てたニナはカロンの背中におぶわれてすやすや眠っている。十前後の子どもにしてはよく歩いたほうだ。
ふと、遠くに見える灯りのやさしさと負った子の温かさに微笑んだとき。
ごとん。
音と同時に、右手に提げていた水桶が重さを増した。
「ワハハ、まさか本当に機能するとは! よう、久しぶ………………ン? 君は誰だ」
声は桶の中から。恐る恐る視線を下ろせば、そこには生首がひとつ、興味深そうな眼でカロンを見上げている。
悲鳴。鳥たちが赤い空へ飛び立っていった。
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