地下書庫エクスプロア
お医者様の言うことにゃ
「公の友人というから急ぎ来てみれば、貴君ら……」
しかめ面をした白衣の女性は、シルバーグレイの髪を手早くまとめ、備え付けられた石鹸で丁寧に手を洗いだ。
「私はこの少女を叱ったほうがいいかな」
カロンが肩を揺らした。町医者にもほとんどかかったことがない健康優良児は、白衣や銀の器具に気おされて怯えているのだ。
そんなカロンをチラリと見やって、ふきんの上にポンと載せられた生首――ピーコックが口を開いた。どういうわけか出血はなく、なんとかグロテスクさをギリギリ許容範囲に抑えている。
「なりゆきではあるが私の護衛だ。その上、毒に侵されている。勘弁してやれ」
「無茶をさせたのは貴方だろう。公にそれだけの価値があるとは思えんがね」
「あるに決まっているだろう! 見よ、この高貴なる風姿を。首のついでにいくらか髪を切られたが、そんなことで毀損されるものではない」
気安い応酬に、カロンは少しだけ肩の力を抜いた。
「少し染みるよ」囁いた白衣の女性は、脱脂綿をカロンの傷口にポンポンと優しく当てている。口調も仕草もピーコックに向けるものよりいくらかやわらかかったので、カロンはほぅと息を吐いた。
「まだ子どもだろうに」
女性はピーコックを睨みつけたあと、ふたたびやわらかな視線を患者に向けた。「よくぞ無事で」。ツン、とカロンの鼻の奥が痛んだ。
「私のほうが重症だと思うが」
元気な生首が不満を言う。
「公は殺しても死なん」
さもありなん。
✕
襲撃後、一行は少々遅れたものの予定通りラヴェンクロス市に辿り着いた。――のだが、街へと通ずる門はすでに締まっていた。魔物や野獣の徘徊する夜間に城郭の門が開いている地域はほとんどない。
そこで辣腕を振るったのはニナである。ニナと守衛が少し言葉を交わすやいなや、守衛はピシリと敬礼して通用口へ案内してくれたのだ。
「門番さん、街の人には親切なんだね」
「この私の
「だから、あなたは何なの……」
もちろん、生首を入れた水桶なんて門番に見せられる訳がない。カロンが羽織っていたケープで覆って隠し、密輸入した。
カロンは道中で慣れたし、ニナははなから気にしていないようだが、よく考えなくても大事件である。
「だいたい、どうして首だけで生きているの? なんであんなところに急に出てきたの?」
「それはわたしも知りたい。おじさま、どうして?」
矢継ぎ早な質問に、ピーコックは大きな欠伸をした。ムニャついている。
「答える気がないなら別にいいんだけど」
「なに、少し疲れただけじゃないか。まず私がこの姿でも生きているのは単なる魔術だ。お前のもとに飛んだのも同じく魔術。こちらは少々フクザツな事情によるものだが」
「「答えになってない」」
口を尖らせた少女たちに、ピーコックは一つため息をついた。
「私と先代カロンの間に盟約があった。私が致命傷を負った場合、そのまま現在のカロンのもとへ瞬間的に移動するという術式が身体に刻まれていたのだ。まさか本当に発動するとは――っ、おい、危ないだろう!」
水桶の底が地面に叩きつけられ、ピーコックは叫んだ。カロンの手から水桶が落ちたのだ。
ピーコックが見上げたとき、少女はかすかに震えていた。ニナが気遣わしげに背をさする。
「――師匠は、もう……?」
ああ、と合点してピーコックは吊り上げていた目元をゆるめた。先代カロンとの盟約。飛び先が変わっていたことで、もともと飛び先として想定されていた先代のカロンがすでに亡くなっていることを、少女は危惧したのだ。
「言ったろう、
つまりだな、と、言葉の意味を染み入らせるように、一言一句はっきりと告げられる。
「彼奴が真実その名を譲ったのだろうよ、他ならぬお前に」
見開いた少女の瞳は、夜に透き通った黒。
のらりくらりと核心から逃れ続けていた男の言葉がこればかりはやさしく響いたので、カロンはなにも言い返さなかった。
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