エピローグ
「いやはや、大変なことになったな」
誰のせいだと。カロンは生首を睨みつけたが、生首の方はどこ吹く風だ。
「ブラックウッド」を暗殺にきたという青年が退散したあと。恐る恐る姿を現したニナと水桶の中でなにやらぶつぶつ言っているピーコックは、二者二様の反応を示した。
ニナの方は、襲撃者を退けたカロンに感謝の言葉を告げ、毒を打たれたと知るとたいそう心配して縋りついた。
一方のピーコックは、感謝どころか護衛されて当然という態度で、毒も「次の満月に死ぬということは、それまでは死なんということだ」とどこ吹く風である。確かにそうだ。ピーコックの言う通りなのだが――
「私、ピーコックをあの人に引き渡しておけばよかったかも」
「おじさまがごめん、カロン……」
いいの、冗談。とカロンは微笑んだ。そもそも、ピーコックを渡さなかったのはニナの知り合いだと思ったからで、その予想はずばり的中していた。二人は叔父と姪の関係にあるらしい。大丈夫、なにも間違えてはいない。
「それより、あの人を追わなきゃ。解毒薬を持ってると言ってた」
「お前はまったく。まったくお前は」
ピーコックが桶の中から嘲るような声を上げた。「馬鹿正直に敵のあとを追うやつがあるか」。カロンは今度こそ眉根を寄せた。
「馬鹿正直もなにも、解毒薬をもらわないと――」
「それが馬鹿正直だというんだ」
おじさま、とニナが咎めるように口を挟んだが、ピーコックは構わず舌を回し続けた。
「まずは休みなさい。お前は今日、死にかけたのだぞ」
カロンは口をぽかんと開けた。
「それから、街の医者にかかるべきだ。怪我の治療と、薬以外に解毒の方法がないのかを確かめる。あるいは、解毒薬の備えがないかを確かめる」
「はぁ」
「お前が死ぬのは次の満月。十日以上の猶予があるが、
言われてみればその通りだ。もちろん悠長に待つつもりはなかったが、気が急いていたのは事実だった。ニナを街へ送り届けるという目的もまだ果たせていない。連れが生首だけでは心細かろう。
それにしても元気な生首である。
「結局あなたは何なのよ」
「ん?」
わっはっは。生首は大きな声をあげて笑った。
✕
愉快そうな笑い声に顔をしかめながら、ゼフィアは樹上でじっと三人の様子を眺めていた。
暗殺者・ゼフィア。気配遮断はお手のもの。戦闘後姿を消したように見せかけてじっと潜んでいたのだ。いまさら危害を加える気はないが、それでも元・ターゲットの快活な笑い声は不愉快だった。
視線を移せば、半目で生首を見下ろすカロンの姿が目に入る。
(いびつな娘だ)
他人の魔力を辿ることができる特殊な目――これこそゼフィアの商売道具だった。
姑息なターゲットが今日のように逃げを打っても、あとを追って止めを刺せる。狙えば逃さない便利な目。だが、ブラックウッドに付いていた護衛は一見すれば世間知らずの村娘のようで、剣を交えれば達人の域。その不均衡さもさることながら、彼女は「魔力が無い」とのたまった。
間違いではない。彼女の身体から漏れ出る魔力は無に等しかった。ゼフィアが気配を捉えかねるほどに。
(だが――)
ゼフィアは目を細めた。生首と平気な顔で言い合っているカロン。目を凝らしてようやく分かる、彼女の奥底に蠢く「何か」。
暗殺者は仕事を失敗したとたんに追われる者となる。それでも知りたいと思わせる何かが、あの肚の底にあった。ちょうど、子どもが眠れなくなることを知りながら怖い話をねだってしまうようなものだろうか。
それに、ムーンドロップをゼフィアに預けた男のことも気がかりだ。職業柄、人並み以上に毒物には通じている。そんなゼフィアも知りえなかった毒なのである。効力は嫌というほど見せつけられたが。一体どこから持ってきたのか、あるいは精製したのか。
歩き出した一行を尻目に、ゼフィアは細い月を見上げていた。
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