奥方さまは魔女 〜年下旦那さまと過ごす島国スローライフ〜
木曜日御前
第1話 アオい世界からアイを込めて
世界には、こんなにも色が溢れている。そのことを、三十三歳の夏、私は初めての嫁入り道中で知った。
霧に包まれ木々が黒く変色した森、そんな白黒の世界から、様々な緑が溢れる森へ。黄土色の砂漠から、極彩色が溢れる街を通ってきた。
そして、この目の前に広がる絶景を、私は一生忘れないだろう。
燦々と光るパールホワイトの太陽。
熱い熱を持った乳白色の砂浜。
青い空。
「なんて美しいのかしら」
海面を泳ぐ
赤、青、黄、白。
スケッチブックから
楽しかった二週間の長旅も、終わりを迎える。旅で見てきた全ての景色は、私のスケッチブックに、たんまりと詰まっていた。
「聞いてた通り、本当に綺麗な島だわ」
島が近づく程に砂浜から、その先に続く森林の青々とした姿はとても壮大。
思わず、キュンっと心が高鳴る。
馬車や列車、ゴンドラ、時にはオオトカゲに乗って国を移動してきた。
さて、もう、降りる準備をしなければ。
ーー大丈夫、上手くやれる
スケッチブックの隅に書かれたクレヨンの文字。私は文字を優しく撫でると、たくさんの美しい色を閉じ込めたスケッチブックをパタンと閉じた。
アイランドタートルから降り、先ほど見えた砂浜へと立つ。長い間移動をともにした亀との別れは寂しいが、人の出会いは一期一会だと家族たちも言っていた。
それにしても、靴底から伝わるほど熱い砂浜と美しい海は、目的地であった島国である
私が生まれ育った
そして、亀から降りたばかりの私は今、目の前の状況に大変困惑していた。
「「「テュベルーズ・グリネワンド様、ようこそ扇鶴国へ!!」」」
視線の先には、「歓迎 テュベルーズ・グリネワンド様!」という横断幕と、それを掲げた二十人以上の人々。扇鶴国の伝統的な服である着物を着ており、うごうごと犇めき合っている。あれは、ちりめんか。そして、あっちは小紋か。本での中でしか見たことがなかった着物が眼の前で見れるのは、感慨深い。
そんな人達が美しく彩られた紙吹雪をばら撒き、見たことのない楽器をドンチャンピロピロと騒がしい。
「か、感謝申し上げますわ……」
まさに色の暴力、乱舞、大騒ぎ。
派手な着物と紙吹雪という美しい色たちが、混ざり合っている。本当ならこの色合いや、生地の質感や動きを楽しみたいところ。しかし、今は自分の体から滝のように流れる汗を、どうにかしたい。密集してるこの集団の熱と太陽の熱とで、全身蒸し焼きにされそうだった。
この縁談を持ってきた父親に促されるまま、勢いと流れでここまで来てしまったツケなのか。
けど、これが私にとって結婚できるラストチャンスと言っても過言ではない。
テュベルーズ・グリネワンド、三十三歳。名ばかりの緑壁国第三王女という迷惑な肩書きのせいで、すっかり嫁ぎ遅れてしまった。
ハリが衰え始めくすみがちな肌、顔や体に細かく散らばったソバカスは色濃くシミにも見える。そして、長くてむさ苦しいほど量とうねりがある黒髪は、艶を失いつつあった。
魔女の正装ということで、全身黒色コーディネートしてきたせいか、太陽の熱が服に集っていた。辛うじて魔女帽子が光を遮り、ドレスの胸元が開いてる分涼しいが、暑いには変わりない。そして、砂浜の上でピンヒールブーツは正直辛い。
もう、寝てば治る若い頃と違って、今じゃ疲労回復薬頼りなのに。心のなかでトホホと涙を流し、顔はきっちりと笑顔を作る。
「この度、嫁いで参りました緑壁国第三王女 テュベルーズ・グリネワンドでございます。皆さんの歓迎、心より感謝申し上げますわ」
噛まずに言えた。練習の時に噛んだ舌に口内炎が出来たのも、チャラにできそう。
しかし、この時私は一つの違和感に気付く。
眼の前にいる人達の表情が、皆一様におかしいのだ。
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