第4話 永遠の色彩が舞う⑦

 明るく、柔らかい表情ばかりだった彼女とは違う。

 険しく、にらみつける感じは『彼女』ではない。

 髪色だって銀色で、違う。

 軽やかな、自由奔放だった彼女の言い方とは違い、怒っているが丁寧な口調だ。


 けど、同じだった。

 同じ顔で、同じ身長で、同じ見た目だった。


「シイナ、シイナなんだね……!」

「違います。私はシイナじゃありません」


 駆け寄り、彼女を抱きしめる。

 

「うわぁ、やめて!」


 怒りながらも、私を殴ることも攻撃もせず、彼女は慌てた。

 シイナじゃないと主張する彼女だが、この抱き心地はシイナだった。間違いない。


「シイナ、どうしていなくなったの? 死んだって嘘だよね? 銀色に染めて不良になっちゃったの? イメチェン? 銀色でも似合っているね」

「だーかーらー、私はシイナじゃないって言っているんですが!」


 振りほどかれ、距離を取られた。

 しかし、私は諦めない。即座に手を触る。何度も握った彼女の本物の手だ。間違えるはずがない。


「この手の柔らかさはシイナだよ。この温もりはシイナ」

「うわっ、手握らないでください。気持ち悪い!」

「気持ち悪いとはひどいよ、シイナ! 私がどんな気持ちで過ごして、涙して、シイナにまた出会えたことが嬉しくて……」

「だから、私はシイナじゃなくてですね……」


 どう見てもシイナなのに、目の前の人物は違うと言い張る。

 合っているけど、違う。違うけど、合っている。私も混乱してしまう。

 埒が明かない。

 そう思った時、第三の人間が現れた。


「どうしたの、騒がしいわね」


 私はこの腕のせいであるが、セキュリティをすべて正面突破で突き抜け、不法侵入したのだ。「騒がしいわね」ですませていい筈がない。なのに、その人は寝起きであるかのように、気だるい感じでふらりとやってきた。

 見たことある人物だった。

 白衣の女性。


「ヤチヨさん」

「あなたは……逆井カズサさん」

 

 気だるげそうな表情は私の顔を見て、吹き飛んだ。

 新町ヤチヨ、ヤチヨさん。シイナの同僚の女性にまた出会った。


「久しぶりね」

「……そんなに久しぶりでもないですよ」


 カサイリンカイ・エリアでシイナが暴れた以来の再会だった。



 × × ×


 相変わらず、見たことのない機械が多い。印象としてはサーバールームに近い。

 施設の中に案内され、会議室のテーブルに座らさせる。


「逆井カズサさん、大胆な侵入方法を選んだわね……」

「選んでません。私は連れて来られたんです」


 あの時のシイナと同じように、無理やり連れて来られた。拒否権などなかったのだ。地図があったので、穏便に入るルートもあったはずなのに、彼女の意志は強行突破を選んだ。その無茶苦茶さにシイナを感じる。


「さて、まずは、何から話したらいいのかしら」


 シイナじゃないと言い張る女の子が対面に座り、ヤチヨさんは立ちながら話す。

 私は単刀直入に聞く。


「この子は、シイナなんですか」


 ヤチヨさんが複雑な表情をした。


「シイナだけど、シイナじゃないわ」

「……どういうことですか?」

「彼女は、シイナのシンク、シイナの分身なの」

「シンク?」


 シイナのシンクが消えていない――。

 けど、どういうことなんだ。シンクの女の子が目の前にいる? 私のシンクはあくまでデータ上だ。シンクが肉体を持っているなんてありえない。ありえない事象が目の前に存在した。

 それに、シンクが生きているというこは、原則が発揮されていないということになる。

 死んだ人間のシンクの即時破棄。

 つまり、それは裏を返すと、原則が発揮されない状況ということになる。


「シイナは……生きている?」

「ええ、確証はないけど、私たちはシイナは生きていると考えている」


 脱力し、椅子の背もたれに身体を預ける。

 シイナが生きている。生きているんだ!

 嬉しさに、喜びに、身体のエネルギーが溢れるのを感じる。


「じゃあシイナは、どこに?」

「私たちも探しているの、ごめんなさい」

「いえ……」

「私たちも知りたいの、必死に探している」


 ヤチヨさんたちでもシイナの行方を知らない。


「シイナの心が、シンクライに接続して消息を絶った」


 ……はい? シイナの心が消息を絶ったって。


「シイナは消えたの。行方不明になったの、シンクライに接続して、どこかに行ってしまった」

「どういうことですか、ヤチヨさん」

「そのままの意味よ。シイナの身体はあるのに、心、精神はどこかに行ってしまった」

「ちょっと待ってください」


 聞き捨てならないことを白衣の女性は言った。

 シイナの、身体は、あるのに。恐ろしい想像をしてしまう。そんなこと、ありえるのか。疑問を口にする。


「シイナの身体は、ある。それって、もしかして、この子の身体って」


 ヤチヨさんが銀色の髪をした女の子を見た。


「えぇ、シイナの身体よ」

「シイナの身体に、シイナの魂の代わりに、シンクが入っている……」

「その通りよ」

「そんなこと……!」


 だから、私はシイナと勘違いしたのだ。

 いや、勘違いではない。シイナなのだ。

 見た目は、身体はシイナなのだ。中身は異なるが、彼女だ。

 彼女なのに、彼女ではない。別の人間、ややこしい。シイナの分身であるはずのシンクが入っている。限りなく彼女に近いが、シイナではない。


「あなたの感覚は正解。この体はシイナの身体よ。シイナのシンクである『サラ』が、シイナの代わりに動いている。けど、同じ髪色だと都合悪いから、染めてもらっているわ」


 死んだと発表したのだ。全く同じ見た目をした人間がいたら、混乱してしまうだろう。だからといって、髪を染めて、シイナの血縁と言い張るのも無理がある。

 シイナではない、『サラ』と呼ばれる女の子が罰の悪そうな顔をする。

 シイナの身体で、シイナではない表情をする。

 話しかけないのも悪い気がしたので、私は彼女の方を見て、恐る恐る話しかけた。


「よ、よろしく、シイナじゃなくて……」

「サラです。覚えなくていいです。どうせ、あなたとは短い付き合いになるでしょうから」

「ははっは、よろしく……」

「あなたとは短い付き合いになるでしょう」

「復唱しないで!」


 つれない。いきなり抱き着いたのが悪かったのだろうか。そりゃいきなりは驚くだろうけどさ。

 だって、シイナの身体だったんだ。間違ってはいなかった。私の感覚は正しかった。あっていた。

 けど、シイナではない。彼女はシイナの分身のような存在、シンク。同期され続け、生まれた存在だ。シイナに出会えたわけじゃない。


「けど、死んだわけではない。だから、私たちは全力で彼女を探している。シイナは私たちにとって大事な仲間だから」


 シイナは死んでいない。その事実は確かだ。

 その事実が私に勇気を与える。

 彼女は生きていて、私をこの施設に寄越した。ヤチヨさんに、シイナの身体を持つ少女に頼れと彼女の腕をわざわざ海に残し、私を運んだのだ。


「わざわざ、君をこの腕を使って、よこしたんだ。私たちも確信したよ。シイナはまだ生きている」

「第三の腕を使ってまで、あなたたちに出会わせた」

「第三の腕。……あなたはそこまでたどり着いたのね」


 ヤチヨさんが目を細め、嬉しそうに私を見る。


「シンクライの可能性にあなたは触れた。素晴らしい、さすがよ」


 だが、私の興味は今はそこにない。

 ――シイナが生きている。

 どういう目的があるのか、組織も知らない所で何かをしているのか。事故にあったのか、意図があるのか、彼女しかわからない。

 なら、シイナに会うまでだ。

 シイナに会って、事情を聞く。それが生身の世界ではなく、シンクライの世界、拡張時間の中でも私は必ず会いに行く。

 生きているなら、また会える。

 身体がなくとも、心があるならきっと私たちは巡り合える。

 シイナもそれを信じ、私に別れを言わなかった。「じゃあね」の言葉で私たちは終われない。

 気持ちはすでに固まっていた。


「ヤチヨさん、私もあなたの仲間に入れてください」

 

 立ち上がり、ヤチヨさんへ手を伸ばす。驚くこともなく、彼女は教師であるかのように優しく厳しく答えた。


「辛いことも、過酷なこともたくさんあるのよ。それでもあなたは選ぶのね」


 承知の上だ。どんな目にあっても私は折れない。

 だって、


「私の時間は、シイナのためにあります」


 シイナとまた会うために、私の時間は存在する。

 ヤチヨさんは微笑み、私の腕を握った。


「ようこそ、アムリへ」


 アムリ。マクハリを守る正義の味方の一員に、私がなった瞬間だった。

 シイナのいない場所で、シイナの隣に立つことができたのだ。

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