第4話 永遠の色彩が舞う⑥
駅から歩いて数分で砂浜に辿り着く。
あの日と変わらない場所。シンクライで見た。彼女と一緒に見た。
違うのは一つだけ。その一つが大きすぎて、心が痛い。
砂浜を歩くと、体重がかかると足が沈み込み、歩きづらい。足の重さは体だけじゃない。心も影響しているだろう。
隣に彼女はいない。
わかりきったことだ。
波が近くまできて、足にかかる。冷たいはずなのに、声は出ない。今の私は無感情だ。ちょっとやそっとのことで心が動かない。
ただただ歩き、耳を自然に委ねる。
現れるのは、無の世界。
波の音が、心のざわめきを落ち着ける。
穏やかに事実に向き合うことができる。
「……シイナは、いないんだ」
彼女は、もういない。
何度も思ったことを、事実として受け入れる。
……受け入れても、どうしようもない。
私の時間は止まってしまった。
針は無くなり、動かしようがない。どんなに時間を拡張しても意味がない。
けど、この世から消えようという気にはなれない。
何故だろう。
彼女が残したこの世界を生きたい、という希望ではない。そんな明るい展望はない。自分を失う気力すらないといったのが正解だ。
いつか、そんなマイナス気力も回復してしまうのだろうか。その時私はどうなるのか。何をするのか。
わからない。
私のこれからは、何もわからない。これからも、今どうしてらいいのかも何もかも不明だ。
私の時間は、何のためにあるのだろう。
何かがあると信じて、拡張時間で旅してばかりだった私に戻った。
いや、戻れていない。
失ったものが大きすぎた。
もう、戻れはしない。戻れやしないんだ。
「…………」
ただただ、海を眺める。寄せては返す波のように、日々は繰り返し、時は動く。
私の時間は止まっても、世界は止まらない。
いつの日か、私も波を返す日が来るのだろうか。
ピロリ。
音がした。
ミヤとムツからの連絡かと思ったが、私のシンクは反応していない。
違う。
ありえない。そんなこと。
彼女からの連絡はありえない。
聞いたことがない音。だけど、わかってしまった。
「……っ!」
駆けようとしたら、無残に転んでしまった。走ることを身体が忘れてしまった。けど、顔に着いた砂も気にしない。今はそれどころではない。足が絡もうが進む。
音のした場所に辿り着く。
何もない。
何もないのに、あった。
手を伸ばすと、それは目に見えるものとなった。
認識されたのだ。
「第三の腕……!」
シイナが使役していたパーツ、本物の腕とは異なる意識で動かすことのできる武器だったもの。
それがマクハリの砂浜に転がっていた。
「どうして、ここに……?」
どういうことだ。
この腕は亡くなったシイナの近くにあったはずだ。または、機関が回収するはずだ。なのに、関係のない砂浜にあった。
生まれた、わずかな可能性に心臓が騒ぐ。
今はこの腕が手がかりだ。
――機械の左腕。
どうやって動かせばいいのだろうか。何かないかと、指を無理やり開こうとしたら、突然、目の前に空中モニターが立ち上がった。
「え、なに……?」
空中モニターには、謎の暗号が記されていた。
『C= 』
「しー、イコール?」
普通なら、わかりっこない。
が、私はすぐにわかってしまった。そんなはずはないと思ったのに、すぐに頭に浮かんだ。その言葉を入力しようとしたが、入力デバイスは見当たらない。音声入力でいけるのだろうか? 不安に思いながらも、私は口にした。
「C=Cute. シイナ、イズ、キュート」
シイナのCはキュートのC。彼女がそう言って茶化した。私はそれに対し、「シイナはCじゃなくて、Sじゃないの!?」と何度も突っ込んだ。私しか知らない暗号だ。
『シイナ、イズ、ベリーキュート』
余計な修飾語が足され、第三の腕は反応し、腕を開いた。
開いたのだ。
慌てて腕の中を見る。
中には、メモリースティックがおいてあった。
「正解、だったんだ」
暗号は正解だったのだ。
こんな暗号を仕掛けるなんて、彼女しかいない。シイナしかいない。
シイナが何らかの意図を持って、この腕を砂浜に残し、暗号まで入れて、謎のデバイスを隠した。
「もしかしたら、音声認識の判別もされているかもしれない……」
私の声にしか反応しない仕組みにしている可能性が大いにある。
つまり、これは私に残したメッセージ。私しか開かないメッセージ。
「どうして?」という疑問符は付きまとうが、メモリースティックに触れる。
すると、私のシンクに干渉し、モニターが開いた。
そこには、
「地図?」
どこかの地図があった。地形からマクハリ内であることは確かだ。それに何となく記憶にある場所だ。ここは確か……。
『カズサ、ごめんね』
「……シイナ!?」
音声が聞こえた。彼女の声だ。
間違いなく、シイナの声だった。
そして、機械仕掛けの腕が動いた。
「……えっ」
私を掴み、上昇した。
「え、えええええええ」
どういう理屈かはわからないが、バシュッンと音を立て、腕が加速した。
建物が小さく見える。さっきまでいた場所が米粒のようだ。
私を持ったまま、腕は空を飛んでいた。
私は、羽もなく空を飛んでいるのだ。
「ひええええええええ」
どこかに向かっている。
無理やり目を開き、場所を確認するとだいたいの場所を理解した。
そして向かっている先もわかってしまった。
さっき出た、地図の場所だ。
そう、シイナが所属していた組織の施設。
彼女らしい、強引なやり方だ。
でも、文句も言いたくなる。
「なら、地図なんていらないじゃーーーん!!!」
腕を動かすだけでよい。わざわざ地図なんていらない!
私を抱えたまま、第三の腕は激しい音をたてて、施設に着地、いや、正面突破したのであった。
× × ×
周りの瓦礫の中で、私は呟く。
「……生きてる」
無気力な私だったが、生命の危険を感じ、今は生きていることに感謝している。
爆発音とも錯覚するぐらいの大きな音で、施設も破壊しながら着地したのに、私は無傷で地面に立っていた。そして、シイナの『第三の腕』はうんともすんとも言わず、動かなくなっていた。
「知っている場所だ」
ここは、前にシイナに連れて来られた施設だろう。訪れた、いや落ちた場所は違うが、壁や天井の模様が一緒だ。同じ施設、少なくとも関連施設だろう。シイナが意図を持って、私をこの正義の味方であるはずの施設に連れてきたのだ。
何か、意味がある。
いなくなったはずのシイナが、わざわざこんな大それたことをしない。
私を危険に晒すことなんてしない……はずだ。
「動かないでください」
轟音を立てて、施設を破壊して、強引に侵入してきたのだ。
当然、人はすぐにやってくる。警戒しているのか、柱越しに姿を見せず、私に話しかけてくる。あっちは武器を持っているのだろうか。無抵抗に撃たれる未来は見たくない。
だが、私には説明する術もなく、武器であるはずの機械の腕も動かなくなっている。
「あの、怪しいものじゃなくて……」
かといって、「腕に無理やり連れて来られたんです!」と言って、通じるのだろうか。とても無理がある。
「この施設に何の用があるんですか、侵入者」
「侵入者、侵入者なのは間違いないんだけど、前にここに来たことがあって……」
「なんで『見えざる頂の
見えざる頂の腕? この『第三の腕』のことだろうか。そんな大それた名前だったのか。どうして一緒にいると言われても説明できない。
遠回しに説明していても無意味だろう。
意を決して、私は目的を告げた。
「私はシイナに会いたくてきた」
物陰に隠れて、話しかけていた人間が姿を現した。
「何でその名を。誰ですか、あなた。部外者ですよね」
似ている声。
いや、違う。同じだ。
同じ声色だ。
「早く答えてください、あなたは誰なんですか」
それはこっちのセリフだ。
言い方は全然違う。
髪の色だって異なる。銀色の髪色は、金髪だった彼女とは違う。
なのに、同じだった。
私の、心がそう訴える。
「………………シイナ?」
私にはわかった。
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