第4話 永遠の色彩が舞う③
幸せになりたかった。
「私はね、シンクライに疲れたんだ」
シンクライでは、幸せになれない。体が、心が疲れるだけだと彼女は言うのだ。
正義の味方をする中で、彼女は酷使された。疲弊した。
この腕を使い、マクハリを守るために、敵と戦うために、激痛に耐え、精神をすり減らした。
「だから、シンクライをすごいって嬉しそうにいう君にやつあたりした。たまたま手に持っていた、水をかけた。止まらなかったんだ。駄目だとわかっているのに、私のこの腕は止まらなかった。機械じゃないのに、本当の腕なのにね」
わからなくなるんだ、とシイナが言葉をこぼす。
「現実と、拡張時間の境目がなくなる」
「そんな……」
「処理しきれない。誤認と錯覚を繰り返し、私の身体と心は悲鳴をあげる。使い捨てだよ。こんなのずっと続けられない。拡張時間は電子ドラッグだよ」
違法薬物のように、心と体を蝕む。
なのに、依存し止められない。あまりに便利すぎて、その規格外の力は持たざる者を圧倒した。
普通にシンクライを使う分には問題ないだろう。だが、すれすれのやり方を続けていては、持つはずがない。17歳の少女はそこまで頑丈にできていない。
「だから、私はシンクライの同期を一時的にやめていたんだ」
そんな事情も知らずに私は彼女へ雄弁に語ってしまった。シンクライの凄さを、シンクライを使わないもったいなさを気軽に軽率に述べた。彼女がどんなに傷ついているのかも知らずに。
なのに、彼女は私とシンクライで時間を共にし、私の隣に立ってくれた。私を救ってくれたのだ。私にとって、誰よりも強くて素敵なヒーロー。そんな彼女に頼ってしまった。
「ごめん」
その言葉だけでは足りない。どんなに謝罪しても放った言葉は返ってこない。
けど、彼女だってわかっている。
「それでもさ、シイナはマクハリから去らないし、その正義の味方の組織をやめようとしないんだよね」
「……それは」
「嫌なのに、やめない」
「だってさ、仕方がないんだ! 私がやらなきゃ、誰かが代わりにやるだけ。私がやるしかない」
このマクハリの世界を守るために、誰かが犠牲になっている。誰かの辛さの上で成り立っている平和なのだ。裏で、この街のために戦っている人がいた。必要だから存在する。自分が良ければいいなんて無責任になれず、優しい彼女は逃げられない。
そう、そうなんだ。
シイナの運命は、役目は変えられない。彼女が望んでいない。逃げたいのに、拒む。
なら、それなら、私が取る手段はひとつだ。
「シイナ」
彼女の手を掴む。第三の腕でなく、本物の彼女の両手を。
温かい。
これが、彼女の温かさなんだ。
その温かさのために私は、私の時間を使いたい。
「私は、シイナの隣に立ちたい」
彼女の目が見開く。驚きと困惑。
心臓がうるさいが、構うもんか。私は言葉を続ける。
「私にはシイナの役目が、正義の味方がどんなに辛くて、大変で、疲れるのか、わからない。でも、私たちを、このマクハリを守る役目、大切な役割を担っているんでしょ?」
頷く。どんなことをしているのか、詳しくは部外者の私には話せないのだろう。
施設に連れていき、第三の腕を見せてもなお、私には組織について教えてくれない。まだ足りない。資格が? いや、覚悟が。
なら、私は一歩踏み込むしかない。
「私も、正義の味方になるよ」
「カズサが?」
「私が一緒に、なる。この手を離さない」
「そんなの無理だよ!」
「無理じゃない。私が一緒にいるから。辛いときは二人で笑い合おう、二人で愚痴を言おう。私が半分持つから」
彼女がうつむき、小さな声でこぼす。
「どうして……?」
どうしてそんなこと言うのって、決まっている。
「シイナが好きだから」
「…………え」
「逆井カズサは、御浜シイナのことが好きだ」
俯いていた彼女が急いで顔を上げた。そのまん丸の目は潤み、綺麗だなと思った。
「私は、君のために生きたい」
波の音が心地よく聞こえる。
「なんなの、なんなのカズサは……! プロポーズな、わけ? わからない。わからないよ」
「プ、プロポーズではないけどさ! けど、気持ちは本当だから、わかって。わからないなら、わからせてあげる」
「わからせてあげるって、キスするの?」
「へ?」
思わず変な声が出てしまった。
さっきまでの緊張感が吹き飛ぶ。キスの言葉に学校でされたことを思い出す。友人二人の前で、シイナは容赦なくした。シンクライの中ではお預けされた口づけ。そういえば、観覧車の中でもお預けで、まだ1回しかしていない……って違うー!
「いや、え、そういうつもりで言ったんではなくてですね」
「じゃあ、キスしないの?」
「したくないわけではなくて……もう、せっかくしっかりと台詞を決めたのに!」
「なら、示してよ」
「まだ朝だよ!」
「朝じゃないならいいの?」
「む~~~」
彼女がやっと笑みを見せた。
「もう、サササは本当サササなんだから」
褒められていないけど、私たちらしいやり取りだった。
× × ×
砂浜に座り、二人で海を眺める。スカートに砂がかかるのもお構いなしだ。
学校に戻ることもせず、時間を忘れ、私たちは話し合った。
昼は終わり、彼女の持っていた弁当を分けてもらいながら話し続けたら、気づけば夕暮れの時間になっていた。
彼女の『第三の腕』は今は見えず、私と生身の彼女だけだ。あの時の拡張時間のように、この世界に私たちは二人しかいない、そんな気分だ。
「サササの熱意は痛いほど伝わったよ。本当にバカなんだから」
「シイナが私の目の前で力を使うのが悪いと思うな」
「見て、普通は解明できないんでしょ!? それに見てない。第三の腕は見えない代物なんだから」
「ヒントはたくさんあったよ。シイナもわざわざゲームセンターに連れて行ってくれたし。クレーンゲームの緩いアームを見て、確信したんだ」
「いや、あれは何の意味もなく、ただただ犬のぬいぐるみが欲しかっただけ」
「……そうなの?」
私に知ってほしいと思ったのでヒントをくれたと思ったが、勘違いだったみたいだ。「自分の腕なら、もっと自由に動かせるのに!」と言ったのはフリだと思ったが、無意識だったみたいだ。でも、あのおかげで気づいた。ひらめいた。
「サササ2号はうちのベットに飾ったんだ」
「くそ、2号め……」
「なんで、シイナはそんなに怒っているの!?」
歯を食いしばりすぎた。羨ましいなんて思っていないんだからね。
「それで、耳と尻尾を使った実験って何?」
「センサーをつけて指を動かすと、耳と尻尾が動くようにした。その機械と同じ仕組みを拡張時間に持っていき模倣して、現実に反映させ、影響を与えた。それでシイナの力の秘密を簡易的に証明したんだ」
実験の内容を詳細に説明する。シイナならすんなりと理解するだろう。
そう思ったが、彼女は疑問を呈した。
「そういうことじゃなくて」
そういうことじゃない?
「なんで、尻尾と耳なの? 他の部位でもよくない?」
「……」
「何の、耳と尻尾を模したの?」
「………………」
誤魔化せばいいものを、私は嘘をつくのが苦手だ。すべて表情に出る。
小さな声で「……犬です」と答えると彼女は食いついた。
「みたーい! 犬耳をつけて、ぶんぶんと尻尾をふるサササの姿がみたーい!」
「あいにく、今は装置を持っていなくてね。センサーは持っているけど、耳と尻尾は重くて持ってきていない」
「写真か映像は残っているでしょ? 拡張時間でも稼働させているなら絶対にメモリに残っているはずだ。あるでしょ、ほら、出せー」
「いーやーだー」
必死に抵抗するが、私の味方が裏切った。
私のシンクが歯向かい、彼女にも見えるように画面を展開した。
「やめい、なんで勝手に!? シンク裏切るな! 強制停止が意味をなさないだと!?」
「かわい~~~。サササの犬耳姿が可愛すぎて、人類がヤバい」
「ヤバくないよ、人類!」
「この姿は人類史を変えるよ。共有ボタンをおして」
「勝手に自分のシンクへ送ろうとしないで!?」
共有ボタンは押していないのに、私のシンクが勝手に共有した。本当にこいつは私の分身なのだろうか? 勝手な行動をしすぎだ。私が望んでいるとでも思っているのだろうか。……まぁ、私の姿を見て喜ぶ彼女を見るのも、悪い気持ちではない。
写真だけでなく、センサーも彼女に見せる。あいにく、耳と尻尾は荷物になるので持っていない。
「へー、このセンサーでね」
「指輪みたいでしょ」
「指輪はくれないの?」
「これ、いる?」
「これをプレゼントするわけ?」
「サイズ合わないか……」
「そういうことじゃない!」
しぶしぶ、彼女は受け取り、何もないところから短い紐を取り出した。第三の腕から取り出したのだろう。事情を知らなかったら、魔法で生み出したように見える。
「紐?」
「これをこうやってね」
けど、腕だとしても不思議な光景だ。腕の中に保管していた? いつの間に紐を取ってきた? わからないが、彼女はリング型のセンサーに紐を通し、端と端を結んだ。
「リングネックレス、どう?」
そういって彼女は見せてくる。さっきまではただのリング型のセンサーだったのに、突然に特別なものになった。
「ほら、サササも」
「え、私?」
他のセンサーに紐を通し、彼女が首にかけてくる。
同じものが私たち二人にかかり、目が合うと、笑い合った。
同じもの、同じ形。
指につけていたセンサーを紐付けただけなのに、彼女は特別な物にしてくれた。
魔法はないと言ったが、彼女は私にとっての魔法使いなのかもしれない。隣に彼女がいるだけで私は幸せの魔法がかけられる。
「いつかは指にぴったりのものを頂戴ね」
「どういうこと?」
「……わかっているくせに」
「あっ」
「……本当にわかっていなかったの?」
気が早すぎるが、同じ気持ちは嬉しかった。
「サササらしいわ」
今はこれでいい。このリングネックレスで十分すぎるほどに幸福だ。
シイナが立ち上がり、砂を払う。
太陽も沈みかけ、ここも直に真っ暗になってしまうだろう。そんなに灯りが無い場所なので、そろそろ彼女と話す時間も終わりだ。何時間話していたのだろう。話題は尽きず、さらに彼女は話を振ってきた。
「シンクライの可能性、危険性を知っても、サササはシンクライをやめないんだね」
「だって、そのおかげでシイナに出会えたから」
水をかけられたとはいえ、シンクライのおかげで彼女に近づけ、彼女の秘密を知り、彼女の力を秘密を探り、そして彼女のために時間を使いたいと思った。
「それに私は信じたいんだ。拡張の先にみえる明るい光を」
時間が拡張された先に、認識、感覚が拡張された先に見えるものは何だろうか。悪いこともあるのだろうが、それは使い方次第だ。明るい未来のために、私はシンクライを使いたい。
私一人では無理だが、隣に彼女がいるなら私は無敵だ。何だってできてしまう。
シイナとなら、シンクライの可能性が描く、明るい未来にたどり着ける。
「もっと聞かせてよ」
「これから、いつでも話せるよ」
それでも、すぐに聞きたいと彼女は言った。
それならと、今夜シンクライの拡張時間で時間を共有しよう、と提案した。
「そうだね、サササの耳、尻尾をつけた姿みたいからね」
「……もう! 絶対につけないんだから」
そう言いながらも、つけてしまう私がいるだろう。私はちょろい。シイナには特段に甘い。好きなんだから仕方がない。
今から、また彼女に会うのが楽しみだ。
「あとでね、シイナ」
「じゃあね、カズサ」
私たちは、いつものように別れを告げた。
けど、今までの私たちではない。
私は彼女の秘密を知り、彼女に近づきたいと願った。これから、もっと大変になるだろう。しかし、それ以上にシイナとの楽しい時間が待っている。
首にかかったリングを見ると笑みがこぼれる。私が誓った永遠。彼女が返してくれた色彩。同じものが私と彼女にある。
そして、未来にはサイズぴったりの永遠の輪がこの指につくだろう。第三の腕でなく、この本物の腕に。
にやけた顔は家に帰っても直ることはなかった。
けど、その日の夜、シイナとシンクライで会うことはなかった。
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