第4話 永遠の色彩が舞う④

 あの日、私とシイナはわかり合えたはずだった。

 けど、拡張時間で待っても、シイナがやってくることはなかった。

 

 ← ← ← ← ← 現実時間 ← ← ← ← ← 


『――同期されました』


 同期され、シイナが来なかった情報を私も手に入れる。

 連絡がきているかと思ったが、何もなかった。急な仕事でも入ったのだろうか。体調を崩した? 何だとしても連絡はくれそうなのに、スタンプひとつすら送られてきていなかった。

 おかしいなと思ったが、それほど深刻に思わなかった。

 真面目な面もあるが、神出鬼没な奔放な性格の彼女だ。あとで連絡は来るはずだと思い、家を出た。



 × × ×

  

 今日も同じ街の景色が流れる。

 学校に行けば、シイナに会えるだろうと思い、ライトレールに乗り、学校へ向かう。昨日は学校をサボることになったので、少しだけ悪い気持ちもあるが、シイナと話した時間は学校の授業よりも何倍も大事な時間だった。私の一番の思い出がまた更新された。


「ふぁ~」


 窓の外の景色を眺めていたら、欠伸が出た。

 雲一つない青空。良いことが起きそうと期待するぐらいに、晴れやかな気持ちになる天気だ。


『セントラルパーク前~、セントラルパーク前~』

 

 停留所を告げるアナウンスが聞こえ、扉が開き、制服を着た生徒がぞろぞろと乗り込んでくる。

 思えば、私はシイナの住んでいる家を知らない。マンションなのか、一軒家なのか、一人暮らしなのか、不明だ。けど、それは彼女も同じことだった。わざわざ友人間で教えることはない。ミヤとムツの家すら、私は知らないのだ。

 しかし、これからは違うだろう。お互いの家を知り、お邪魔することもあるのかもしれない。シイナの家族情報も私は知らない。家族と一緒に住んでいたら、挨拶することになるのかな。

 シイナについて知らないことだらけだ。

 だから、これから知るのが楽しい。



 × × ×

  

 学校に着き、隣の教室を覗いてみると、シイナはまだいなかった。ホームルーム開始10分前だが、彼女も私同様に早く来るイメージがない。

 また休憩時間に会いに行こうと思い、しぶしぶ、自分の教室に入るとすぐに捕まった。


「おはようカズサ、昨日学校サボったな~」

「ごめん、外せない用事があって」

「平日に外せない用事ってなんだよ、怪しいな」


 椅子に座ると近くにいるミヤとムツがサボってきたこと責めてきた。けど、それは非難する言い方ではない、軽い言い方だ。興味、なのだろう。何でサボったのか興味がある。

 だが、シイナと話していたことは教えない。あれは私たち二人の秘密だ。教えても信じてくれない内容だ。第三の腕、シンクライの可能性、見ても信じることはできないだろう。

 けど、私がシイナといたことは、この二人にはバレバレだろう。昔の私ならともかく、今の私の行動はシイナが中心だ。シイナ中心で世界が回っている。

 

 教師が教室に入ってきて、ざわめきが収まる。

 朝のホームルーム開始だ。

 早く休み時間にならないかと考えていると、教師が低い声で告げた。

 

「……今日は、理事長からまず、皆に伝えることがある。デバイスを立ち上げてくれ」


 理事長からの挨拶? 言われたとおりにデバイスを立ち上げると、理事長の顔が映った。

 誰にでも元気よく挨拶してくれる、明るい理事長だが、今日はなんだかさえない表情だ。

 そして、ゆっくりと話し始めた。


『今日は悲しいことを伝えなくてはならない。シンクライの接続失敗で、この学校の生徒が亡くなった』


「………………………………………………………………………………はい?」


 声が出た。

 他の人間も声を出していたが、私が一番大きな声を出していただろう。


 生徒が、亡くなった……? シンクライの接続失敗、事故で?

 

 椅子が倒れ、大きな音を立てる。私は立っていた。周りの生徒は座っているのに、理事長の言葉は続いているのに、立っていた。

 足が勝手に動く。考える前に、駆けた。

 

「おい、逆井!」


 教師の怒鳴る声も無視し、教室から急いで出ていく。

 隣のクラス。隣のクラスに彼女がいるはずだ。

 いる。

 いて。

 開ける。

 

 開けると静かに理事長の話を聞いていた生徒たちが、扉を勢いよく開けた私に注目した。

 私に注目が集まったが、気にしない。

 関係ない。

 今は、どうでもいい。

 彼女の姿を探す。

 いない。

 心臓の鼓動が早まる。

 席にいない。

 金色の髪をした彼女がいない。

 私に微笑む彼女、優しい彼女、自由奔放な彼女がいない。

 いないんだ。

 

「……シイナ、シイナは!!」


 叫ぶ声が虚しく、響く。

 

「あぁ、そうか。シイナはサボったんだ。学校をサボった。今すぐ連絡して……」


 連絡するも彼女は出ない。

 どうして? どうしてなの?

 おかしい。どういうことなんだ。


「カズサ、落ち着いて」


 ミヤが私の腕を触り、止める。横にはムツがいた。隣の教室から心配になってきたのだろう。

 

「落ち着いてられるか、シイナがいない! シイナがいないんだ。嘘だよね、嘘。嘘だ」

「カズサ、落ち着け。まだ誰か分からない」


 ムツの言い方はひどいが、その通りだった。は死んだが、それがシイナかはわからない。

 けど、それならなぜ、彼女はここにいない? 連絡に出ない? どうして、昨晩の拡張時間で彼女は来なかった。

 彼女である証拠は揃っていた。

 

「教室に戻るぞ、逆井」


 怒鳴る教師を睨みつける。


「教室に戻る? シイナがどうなのかもわからないのに? あんたは知っているのか。誰が死んだのか」


 大声を上げる私に、恐怖したのか教師が怯んだ。

 

「理事長なら知っているんですか。亡くなったって言っているんだから、誰かは判明しているはずだ。今すぐ、理事長室にっ」


 言いかけたところに、さっきまでモニターで話してた初老の男性、理事長がいた。騒ぎに対処しに来たのだろう。それにしては早すぎる気がした。どれだけ時間が経った。わからない? 時間なんて知らない。時間なんてどうでもいい。

 知りたいのは、シイナのことだけ。


「理事長、知っているんですよね!? シイナは、シイナは無事なんですよね!?」

「逆井さん……」


 私とそれほど変わらない身長の理事長の肩を掴んで、訴える。理事長は何か言いたそうだったが、悲痛な表情をしていた。どうして、そんな表情をするのだ。


「カズサ、落ち着け」

「そうだよ、カズサ。落ち着いて」


 ミヤとムツに、無理やり剥がされる。も、お構いなしに声をあげる。


「教えて、教えてください!」


 理事長が口を開き、空気が止まった。


「亡くなったのは、御浜シイナさんだ」


 針の動きが、この瞬間止まった。

 足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

 亡くなったのは、シイナ。

 間違えようもない、彼女の名。御浜シイナ。


「うそ、嘘だ」

 

 嘘、嘘、嘘だ。ありえない。どうして、何故? 彼女がいない。シイナ、嘘。冗談に決まっている。信じない。信じられない。嘘だ。

 シイナがいない。

 シイナがいないなんて、


「そんなこと、ありえない」


 目から涙が溢れ、まともに前が見えない。止まることはなく、事実を拒む。

 事実を拒もうとするも、視界が晴れることはない。彼女の声が聞こえない。彼女の温もりがない。彼女の笑顔が見えない。彼女に触れられない。彼女を感じられない。


「いない、いない、いない……」


 シイナがこの世にいない。

 もう、いない。

 昨日触れた彼女はいない。どうして? どうしてなの? 嘘だと言って。

 約束した。これからを約束した。

 シンクライの可能性を信じた。隣にいると誓った。一緒に歩くと決めた。


 永遠を色づけたはずなのに、世界は真っ黒に染まった。


「うわあああああああああああ……」


 私の嘆きが、この場を支配した。

 シイナがいない世界に、色は存在しなかった。

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