第4話 永遠の色彩が舞う②

 授業の時間になっても、彼女はやってこない。

 

「今日はカズサこないね……」

「みたいだな。最近は遅刻もせずに真面目に来ていたのに」

「どうしたんだろうね」


 サボりがちな彼女だったが、ここ最近は授業にしっかりと出て、教師に質問したり、熱心に聞きに行ったりしていた。教師もその変わりように驚いていたが、プラスの変化に快く受け入れていた。


「どうかしていたんだよ、カズサが真面目になるなんて」

「カズサは真面目な子だよ」

「知っているよ。真面目過ぎて、不安になる。だから、授業をサボったり、シンクライで旅するぐらいでちょうど良かったんだ」


 その言い方はどうかと思うが、ムツの言う通りだ。最近のカズサは勉強熱心な一方で、見ていて怖さも感じる。一心不乱な姿は良いことなはずなのに、どこか不安だ。


「……カズサに協力した実験さ、何の意味があるのかな?」

「さぁな。何がしたいのか、わからない。俺達にはわからない」


 カズサが私たちに頼るなんて珍しいことだ。友人として喜んで協力したが、その実験の意図はわからなかったし、詳しいことは教えてくれなかった。彼女は目的を持って、犬耳と尻尾を用意した。犬耳? 尻尾? どんな意図だっていうのだ。さっぱりわからない。そして、わかるのは聞いても教えてくれないだろうということだ。カズサは私たちの友人だが、心を開いていない。それはずっと昔から感じている。


「ムツ、なんだか私は心配なんだ。カズサが何か危険なことに首を突っ込んでいないかって」

「……カズサなら大丈夫だ。恋に現を抜かしているだけだ」

「そうかな。私はまだ信じられないんだ。カズサが急に水をかけてきた人を好きになるなんて」


 いきなり水をかける人間をどうしたら好きになるのだろうか。初対面の印象が悪すぎる。最悪の出会いからの落差で恋に落ちるのだろうか。……恋って何だろう。


「わかったら、苦労しないよ」

「……どういうこと?」


 ムツの言葉の意味を理解できない。私はどうしてこの人に恋をしているのか。容姿、雰囲気、考え方、気持ち。理屈じゃない、理由じゃないのかもしれない。けど、私たちは言葉にしたいと願う。


「カズサなら、大丈夫」


 ムツは、そう信じたいかのように言葉を繰り返した。


「……本当かな」


 私の不安が消えることはなかった。

 その日、私たちはカズサに会うことはなかった。



 × × ×

 

 現実の風景なのに、大きな違和感がある。

 突然の光景に今でも目を疑う。

 第三の機械の腕。

 これがシンクライによりもたらされた物。世界の理からはみ出した異物だった。


「正解だよ、カズサ。まさかまさかのまさかだよ。私の力に、しかもこの腕にも気づくなんて思わなかった。想像してなかったよ!」


 シイナがそう言って、自分の左手で、機械の腕を撫でる。映像ではない、存在しているのだ。触れられる。実体がある。


「カズサも触ってみる?」


 そう言って、第三の腕が動く。早い。それに動きに無駄がない。

 握手を求めるような形で、私の前に止まった。

 恐る恐る指を伸ばして、その腕に触れた。シイナの手の温かさがない、彼女の三つ目の腕。柔らかさもなく、見た目通り機械だった。

 わかっていたはずなのに、身体の震えが止まらない。

 シンクライの可能性は、目の前に存在した。

 

「ヒューマンオーグメンテーション」

「オーグメーション? ヒューマンって人間拡張っていう意味……?」

「そう、その通りだよ」


 増大、増加、そして拡張を意味する単語だ。

 シンクライの力を借りて、人間とシンクが一体化し、時間や空間の現実の規範を超越して、相互に作用する。

 シイナは拡張して、そして第三の腕を顕現させた。


 ――腕。


 彼女の左手と同じ動きをしたかと思ったら、動きに追随せずにも動いている。私の実験では尻尾と耳を動かすために、指を動かすアクションを入れたが、シイナのその力には特別なアクションは必要ないように見える。

 左手を動かしても、同様に第三の腕は動かない。けど、止まっているわけではない。私の視線に気づいたのか、第三の腕の指を動かした。彼女は微動だにせず、動いたのだ。

 どういう仕組みなのか、もはや理解不能だ。


「……面白い」


 理解外の事実に笑みをこぼした。

 大胆に宣言したが、半信半疑だった。本当にあるなんて、思っていなかった。

 目の前で認識しても、信じられない。

 シンクライは、すごい。私の理解の範囲をゆうに超えている。


「認識阻害もされているし、他の人にはありえないものとして見ることができない。カズサが真実にたどり着いたから、見えるようになったんだ」


 ――これが、シンクライの可能性。

 すごい。人をいるではないか。人の範疇を超えている技術だ。時間が拡張されるどころではない。人の枠を超えて、拡大している。人の域に収まっていない。


「この腕がカサイでの事件で活躍したの?」

「そう。観覧車からこの腕に飛び乗って、そのままおろしただけ」


 飛び降りたと思ったが、腕に乗ってエレベーターの要領でゆっくりとおろしてもらったのだ。見えない存在だったので飛び降りたと思ってビビりっぱなしだったが、着地は柔らかかった。この腕がしっかりと機能していたことがわかる。


「この手で敵をやっつけたんだね」

「そうだよ。やっつけたってほどは活躍してないけどね」


 敵を倒したのも、拡張されて生まれた『第三の腕』の力だった。

 いきなり敵が吹っ飛んだかと思ったが、この腕が吹き飛ばしていたのだ。見えざる腕が現実に影響を与えた。

 何もない壁にぶつかって一人は倒れたと思ったが、この腕にぶつかっただけだ。

 連絡手段を取り上げたのは、この腕が横取りしたからだ。


 見えない腕。

 意識の域を超えた、現実。

 反則技だ。普通の人間では対処しようがない。


「これが、正義のヒーローの力だっていうの」


 危険視する気持ちもわかる。チートすぎて、皆がこの技術を手に入れてしまったら、戦いのやり方が変わる。

 このシンクライの力を応用して、マクハリは何と戦っているのか、何から守っているのか、まだその目的を知らないが、武力を行使する集団がいるのはわかってしまった。それも私の父親もメンバーとして、いや、それなりの上の地位で関わっているのだ。シイナと話していたヤチヨさんも、その一員なのだろう。学生、大人問わず所属する組織。全貌が見えず、不気味だ。

 正義の味方をするには、力がないといけない。反則的な力が。

 

「そう思うよね」


 けど、皆は、マクハリの外の人間には手にできない力だ。そこには技術格差があり、耐性も必要なのだろう。

 尻尾を動かすだけで、耳を動かすだけで、私の処理能力は悲鳴をあげ、頭は痛んだ。別の腕を動かすなんて、とんでもない負荷が脳にかかっているだろう。

 シイナの身体を、心を心配してしまう。


「シイナは大丈夫なの? こんな大きな力を持って影響はないの?」


 苦笑いして、答えた。


「影響はある。大丈夫じゃないよ」


 大丈夫なわけがない。平気そうにみえて、明るい、軽やかな雰囲気のシイナは無理をしている。


「あのね、カズサ……」


 大丈夫じゃないんだ。


「私は疲れちゃったったんだ」


 彼女は、シンクライの同期を拒んでいた。

 彼女は、シンクライを褒める私に水をかけた。

 彼女は、シンクライなんてよくないと私に反対した。

 彼女は、それでもシンクライの力を手放そうとしなかった。

 疲れる。影響がある。あまりに強大すぎる力。

 けど、一度知った便利さを、力を人は捨てられない。


「違ったんだ。最初は違った。正義のヒーローになろうなんて、思わなかった」

「シイナ……」

「私はただ幸せになりたかったんだ」


 力なく、笑う彼女に私は……。

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