第4話 永遠の色彩が舞う
第4話 永遠の色彩が舞う①
ライトレールでたどり着いたのは、マクハリの砂浜だった。
あの日、拡張時間の中でシイナに花火を持って追いかけられた海だ。あの時は夜だったが、朝でも見た目は変わらない。二人で訪れるのは初めてだが、そんな感じはしなかった。シイナとシンクライで時間を共にしてからあまり日数は経っていないが、随分遠くに来た気がする。懐かしい。短い期間の中で色々なことがありすぎた。どれもかけがえのない思い出だ。
シイナと出会う前の私と、今の私は違う。その変わりように私を知っている人なら驚くだろう。自分でもそう思えるほど、変わった。
「シイナ、ありがとう」
波の音にかき消されると思ったが、前を歩いていたシイナが振り向いた。
「……何の話?」
「こんなに夢中になれたのは初めてだよ」
「夢中? 何に? どうしたの急に? 人のいない平日の海に呼んだ理由を教えて」
シイナもただの告白でないとわかっている。話を引き延ばしても仕方がない。言いたくてたまらなかった答えを、答え合わせを始める。
「わかったんだ、シイナの力の秘密が」
「わかるわけがない」
即答だ。彼女は断言したが、私は即座に否定した。
私が夢中になって考え抜いた結論を告げた。
「シイナにはあるんでしょ、自由自在に動かせるパーツが、身体とは別に」
彼女の表情が僅かに歪んだ。
はぐらかされないように、私は追い打ちをかける。
「私は考えたんだ。この世界に、魔法はない。ありえないことは、表現できない」
シンクライだとしても、ゲームみたいにファンタジー世界に旅立つことはできない。ドラゴンは出てこないし、魔法使いにはなれない。それどころか、生身で海を潜ることはできない。死は超えられない。同期されない。現在の人ができる範囲内でのことしかシンクライはできない。あくまでも現実に則している。
だが、厳密には現実と違う面もある。
――現実で足を怪我をしても、拡張時間では痛みを感じれずに軽やかに走れる。
――料理ができなくても、拡張時間では豪勢なお弁当をつくれてしまう。
現実でできないことが、拡張時間の中では『できる範囲のこととして』できてしまう。感覚・認識が補完され、拡張されるのだ。ありえるものとして受け入れられる。
「拡張された感覚、認識は現実にフィードバックされる」
だから、見た映画は私のものになるし、
読んだ本は、私の知識になるし、
旅した経験は、私の思い出になるし、
走った経験は、大会の予行練習になるし、
恋した経験は、私の気持ちに作用する。
「けど、普通ではありえない現実も誤認させて、錯覚したまま拡張して、そして現実に反映することもできてしまう」
私は、自分が試した実験を説明する。
システムの構築。機械の尻尾と耳を用意し、指センサーに接続する。さらにモニターに投影できるよう準備する。現実でそれを動かす仕組み、ルールをつくり、拡張時間でも適用した。
シンクライの拡張時間でも、現実と同じように動かした。指を動かすと耳、尻尾が追随するようにした仕組みを拡張時間でも模倣した。シンクライの中では、わざわざそんなことをしなくても尻尾、耳は動くのに、指を同時に動かすことで、感覚のフィードバックが提供された。
指を動かすと、尻尾や耳が動く、という誤認が確立された。
錯覚したまま、現実に戻る。
シンクライの同期は的確だ。禁止ルールに引っかからないレベルなら反映されてしまう。私の親指はセンサーも無しに耳の動きにリンクし、人差し指の動きは尻尾に直結した。
医学的な言葉で説明すれば、
「幻肢覚といえば、いいのかな」
足や手を失ったり、神経が傷ついて手足の感覚が全くなくなったりしても、手や足が存在するかのように思える感覚だ。幻肢が痛むことを幻肢痛と呼んだりするが、シンクライでも同様のことが起きている。
現実で手や足が動かないのに、拡張時間で動けるため、現実に戻ってきたとき手や足が動くと錯覚する。ただそれは動かない手や足を見て、すぐに認識を改めて修正される。
が、今回の実験は少し違う。
耳や尻尾をあるものと思わせて現実に同期されると、中枢神経系が迷い、錯覚し、混乱する。しかし、起きて尻尾と耳がなくなっていればその錯覚、混乱はすぐに解消されるだろう。一時の迷いとして処理され、ないものとして適応される。
ただ、起きても耳、尻尾があると思わせたままに私はした。無い部分が存在し、脳へ刺激を与えることで、脳は存在しないはずの部分に対して感覚を生み出したのだ。繋がってしまった。機械の耳、尻尾が拡張時間同様に、動かせるようになってしまった。
「神経の適応、再構築の影響かな。脳が存在しない部分を、まだ存在していると錯覚したまま現実で表現したんだ」
余剰感覚とでも呼べばいいだろうか。
ない部分が、あるままで居続ける。
「シイナのカサイエリアでの謎の力は、その幻肢覚、余剰感覚の応用で生み出したものだ」
憶測の域を出ないが、断言する。100%あっていなくても、ハッタリだとしても自信と度胸が必要だ。少しでもあっていれば、それが真実となる。
「シイナが生み出したものは、第三の腕といったところかな」
身体にくっついている二本の腕とは別の、異なる腕。
憶測だ。推論だ。妄想だ。
だが、その腕があればカサイでの不可思議な現象は全部説明できてしまう。
そして、『第三の腕』は私の実験を突き詰めれば可能なことだ。ありえないことではない、と私が証明した。私の考えがたどり着いた。
「シンクライ内で、第三の腕を自覚させる。あることが当然のように認識を拡張、いや歪める。何度も何度も。そして、第三の腕を現実でも顕現させる。偽物の腕が直結し、違和感なく、まるで自分の腕のように、動かせるようになる」
ラバーハンド感覚とは違う。ラバーハンドごと、自分の腕として認めてしまう。そして別の腕として認識させてしまうのだ。なかった接続を、誤認させ、生み出してしまった。
無茶苦茶だ。自分で説明しながら、とんでもないことを言っている。
「シンクライ内で第三の腕を自覚させて、現実にフィードバックしたんだ」
最初は、私の尻尾、腕と同じようにシイナも何かしらの機械の腕を用意したのだろう。それをルール付けして、シンクライの中にも同様の理屈を持っていった。
シンクライで当然のものとなったら、現実に反映させた。ルール通りに動かせば、機械の腕が動くのだ。
第三の腕として、自分のものとなる。
「それが、正義の味方の秘密だよ」
はたして、あっているのだろうか。
止めずに最後まで私の推論を聞いてくれた彼女の表情が、いまいち読めない。
間違いだったら、私に他の考えはない。
すべては合っていないだろう。けど、何かしら引っかかてはいるはずだ。真相に手は触れている。そんな直感だけはある。
「…………」
風が吹き、シイナの金色の髪が陽の光にあたり、きらめいた。彼女の顔に髪がかかり、目元はよく見えない。
けど、彼女の口元は笑った。いつものように優しく、耽美に、私を虜にした。
そして、答えたのだ。
「カズサ、正解だよ」
その言葉に反応する前に、地面が揺れた。
思わず身を屈めたが、すぐに揺れは収まった。何が起きたのか、彼女に問う前に視覚が答えをくれる。
ありえない。
目の前には、異物が存在した。
「腕っ……」
推論通りだったのに、驚いてしまった。
シイナは、第三の腕を現在に出現させたのだ。
見えた。見えてしまった。
シイナの身長ほどある機械仕掛けの『第三の腕』が、彼女の隣に鎮座していた。
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