第3話 隣に立つために⑥

「言われた通りのものを準備してきたけど、これでいいのか?」

「ありがとう、三日で仕込んでくれるとは予想外だよ」

 

 ムツの伝手で工学に詳しい友人に協力してもらい、準備は完了した。

 並べられたのは機械と、センサー。しかし、ここまでリアルな形状につくる必要はなかっただろう。

 装着用の犬の耳と、尻尾。

 銀色をしているが形状はリアルで、なんだかコスプレ道具のようだった。


「じゃあ、試しにミヤつけてみて」

「嫌だよ。カズサがつけて」

「……」


 いや、わかっている。拡張時間での動作を調べることになるので、結局使うのは私だ。ミヤがつける意味はない。けど、真っ先に犬耳、しっぽをつけるほどの度胸はない。私にもはじらいの気持ちはある。


「犬なのは何で?」

「……」


 そう言われては、自分がつけるしかなかった。理由は……説明する必要はないだろう。

 コードが絡まないように機械的な耳、尻尾をつける。一人でも着けられる手軽さだ。これほどのものを作られるなんて、改めて凄い生徒が揃った学校だなと思う。


「モニターに映すぞ」


 モニターには、イラスト風味の犬耳、犬の尻尾をつけた私がいた。

 映された画面には、違和感なく自然と耳と尻尾が着いていた。体を動かしても、耳と尻尾は追従し、私の身体から離れない。


「はは、可愛い」

「似合っているじゃん」

「……二人ともうるさい」


 凄い技術だが、私の恰好への賛辞はいらない。今更ながら別の形状でも良かったのではないかと後悔する。

 だが、ここで終わらない。くっついているだけでは、豪華なコスプレだ。

 ムツから操作を教わる。


「右手親指を動かすと右耳が動く、左親指は左耳だ。で、そして両人差し指を動かすことで尻尾が動く」


 指に付けられた指輪のようなセンサーが、耳、尻尾の動きに影響するのだ。

 言われたとおりに右手親指を動かすと、つけている装置の右耳が動き、呼応してモニターに映る犬右耳が動いた。


「おお、動いている!」

 

 映像の方がぴょこぴょこと、より可愛らしく動いていて感心してしまう。

 耳の動きはバッチリだ。なら、尻尾はどうだろう。両手の人差し指を同じ方向に振ると尻尾がぶんぶん動いた。速度を上げるとさらにぶんぶん度は増した。

 うん、きちんと動作している。それどころか工夫されていてありがたい。動作チェックは問題なしだ。


「って、何撮影しているのミヤ!」


 大声をあげる。

 振り返ると、ミヤが私を撮影していたのだ。


「需要だよ。犬耳つけているカズサの映像は高く売れると思ってね」

「需要ない!」

「じゃあ、カズサを脅す用」

「ひどい!」


 動作できたことはいいが、自分では絶対に見返したくない映像だ。他人が見ても面白い映像ではないだろう。


「で、の装置だが、これでよかったのか」

「十分すぎるほど大丈夫だよ。当分借りていいよね?」

「あげるよ。金もいらん。持っていても仕方ないからな。俺は犬耳プレイなんてしない」

「私だってしないよ!」


 「どうだか」と笑う二人を、説得することはできなかった。犬のぬいぐるみに嫉妬して用意したんじゃない、本当だよ?

 まぁ、彼女が喜んでくれるだろうと考えた気持ちは否定できないけど。



 × × ×


 友人のおかげで武器は揃った。けど、家に帰ってからが本番だ。

 この装置を用意した真意は、二人には伝えていない。勉強の一環だと伝えている。

 ノートに改めて記載して、私の頭の中を整理する。


 ・現実で認識させたものを、拡張時間で顕現させる(拡張時間への作用)


 装置、モニターで映っていた尻尾、犬耳を、シンクライの世界、拡張時間で存在するかのように認識させるのだ。


 現実世界において足を怪我しても、拡張時間で走ることができた。

 ミヤも指を怪我したが、拡張時間では動かせるので練習した。だから、現実で動かせるものだと錯覚して、怪我をしていることを忘れ、物を落としたのだ。

 同じだ。理屈は同じはずだ。

 現実で現在ないものが、拡張時間で出現することができる。あると思わせれば、現れるはずだ。確かな自信がある。


 目を閉じ、眠りにつく。

 今日、私にできることは終了だ。あとは、どうなるか楽しみに待つだけだ。


「さぁ、頼んだよシンク」


 ← ← ← ← ← シンクライ → → → → → 

 

 そして、世界は拡張される。

 時間を超越して、感覚、認知の幅を広げる。

 なかったものが、ここにはある。

 ものなら、リアルでも存在させられる。


 ← ← ← ← ← 現実時間 ← ← ← ← ← 



『――同期されました』


 起きてから顔も洗わず、モニターをつけた。

 機械仕掛けの犬耳に、尻尾を装着する。

 寝癖の姿に、その恰好はおかしなものだが、今は好奇心が勝る。顔を洗う時間すら惜しい。

 

 左親指を動かすと、左耳が動いた。さらに右、両手、問題ない。モニターに映った尻尾、耳が動いた。

 指にセンサーもつけずに、付けていた耳、尻尾が動いたのだ。


「やった」


 尻尾をリアルでも自覚した。現実に作用してしまった。

 動きはぎこちないが、ありえないことが起きている。

 耳、尻尾は指を動かすと動くものだと、私の身体が認識している。理を変えた。異変が起きている。 


『なるほど、奇怪な実験はそういうことでしたか』


 リアルで、尻尾、犬耳をセンサーをつけて動かした。

 モニターでは、動いているように見えた。尻尾、犬の耳がリアルでもありえるものだと思い込ませた。


 そのうえで、シンクライの世界、拡張時間に持ってくる。

 なかったものを、あるものとさせた。

 拡張時間の私は、犬耳、尻尾がある存在として活動させたのだ。シンクライの中では装置も無しに、犬耳、尻尾が自然に動いた。ただそのときも仕組みは変えない。同じ動きをさせる。


 左親指を動かすと、左耳が動く。

 右親指を動かすと、右耳が動く。

 そして、両方の人差し指を動かすと、尻尾が振られる。


 動かすのに必要な『スイッチ』は、その動作だと錯覚させた。元からそういう生物であるかのように振舞った。

 そのおかげで現実で見たモニターの映像のように、違和感なく自然に動かすことができた。


 ――そして、現実に戻る。

 脳は錯覚したままだ。犬耳、尻尾はあるものだと感覚、認識を拡張した。

 

 指を動かすと、耳、尻尾が動く。

 指のセンサーをつけずに犬耳、尻尾をちょこちょこと動かす私が現実にいた。

 

 現実を歪めた。


「成功だ」


 拡張時間への作用。

 拡張時間での再現。

 そして、現実での反映。

 拡張時間を行き来することで、認識を変えた。


「あたま、いった……」


 新しい処理が生まれたからか、脳のキャパシティが超えたのか、頭痛がひどくなる。装置を外し、実験を終える。


「……こりゃ大変だ」

 

 やりすぎると、幻肢痛のようなものを感じるかもしれない。耳がないのに、耳を感じる。尻尾を感じはじめてしまう。現実と幻の混濁。

 もっとうまい方法があるのかもしれない。

 けど、これで近づいた。

 私は、シンクライで、現実にないものを認識する実験を成功させた。


 あとは、実験結果を元に、私の推論を彼女に確かめる。



 × × ×


 彼女が学校に時間通り来ないことも考えられたが、彼女はきちんときた。

 降車ホームで待ち伏せしていた私は開口一番告げた。


「おはよう、シイナ。今日は学校サボろう」


 学校をサボらなくてもいいが、焦る気持ちは抑えられない。今すぐに確認したかったのだ。

 シイナが苦笑いする。


「サササ、どうしたの? 最近は真面目だったじゃん」

「大切な話がある」

「……告白?」


 そうかもしれない。


「似たようなものだよ」


 彼女はライトレールから降りずに、私へと手を伸ばした。私はその手を掴み、彼女の方へ近づいた。

 扉は閉まり、もう学校の始業時間には間に合わない。私たち二人は学校をサボり、シンクライの可能性に手を触れた。

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