第3話 隣に立つために⑤
夜だというのにやってきたのは、アミューズメントセンターだった。
すでに20時を過ぎており、閉店までは1時間しかなかった。乗り気じゃない私を彼女が引っ張る。
「なんでここ、ゲーセンなの?」
「サササはゲームしなそうだから。来ない所に来た方が楽しいでしょ?」
その通りで、縁のない場所だった。シンクライでどこでも、だいたい何でもできてしまう。わざわざお金を払って遊ぶという概念がなかった。還元されないなら拡張時間で味わった方が効率的だと私は考えていた。
「じゃあ、まずはこれやるよ。ほら持って」
「シューティングゾンビガール?」
おもちゃの銃を持ってゾンビを倒すゲームなのかと思ったが、違った。ゾンビになった女の子が人間たちを銃で攻撃するという恐ろしいゲームだった。
「大丈夫、スプラッター表現はないから。パステルカラーの星や飴がはじけるだけ」
それはそれでメルヘン過ぎて、ゾンビの女の子が世界を歪んでみているみたいだ。
ゾンビの仲間を増やすのではなく、ただただ射撃していく。ポップな感じが逆に恐ろしい。
端末で課金し、ゲームが始まる。
せっかくだから、私も楽しむか。時間とお金を消費するからには満喫しないともったいない。
「おらおら~」
シイナは的確に撃ち、人から飴玉が弾ける。うん、やっぱりこのゲーム狂っている。
私も出てきた人を撃……つのは抵抗があった。ゲームで作られたキャラとはいえ、同じ人間なのだ。おもちゃの銃の引き金を引くのを躊躇い、別の目的を探した。適当に箱や建物のガラスを撃ち、アイテムを回収する。
そんなプレイをしているので、すぐにゲームオーバーになってしまった。
「サササ、ちゃんと人間と戦ってよ」
「といわれても、人と戦うには抵抗あるよ」
「こっちから攻撃しないとやられるから!」
「私は平和主義なの」
「うーん、サササらしいか。じゃあ、次はあっちね」
コンテニューせず、あっさりとやめた。
出会った瞬間は機嫌の悪かった彼女だが、遊んだおかげでに元気になってきたようだ。
次のゲームをプレイする彼女の横顔を見る。色々と考えなきゃいけないことがあるのに、楽しそうにしている彼女を見るとまだこの時間を享受したいと思ってしまい、自制が働かない。
「わ~~~。これ、可愛い!」
彼女が張り付いてみているのは、クレーンゲームの商品だ。
犬のぬいぐるみ。茶色い見た目で、確かにかわいらしい。
「何犬かな。日本の犬っぽい見た目だよね。柴? 秋田犬?」
「もう、すぐ種類とか解説方面に話を振る! サササは素直に可愛いと思わないの?」
「うーん、私は魚や海の生き物の方が好きだから」
「乗り気じゃない!」
「もういいからやるよ!」と意地になり、課金をしてゲームを開始する。まずはアームを左右に動かし、次に上下へ動かす。シンプルな仕組みだ。
アームはちょうど犬のぬいぐるみの真上で止まり、そしてアームを横に広げ、下に降りていく。ぬいぐるみの位置まで来たら、アームが閉じる。プレイしていない私もドキドキしてきた。
「よし、いけ、いけ……」
普段から軽い気持ちのシイナが真剣な目をしているのが珍しい。そんなに欲しいのか、この犬のぬいぐるみが。
ぬいぐるみに囲まれながら眠る彼女。
ぬいぐるみに「今日は疲れたよー」と話す彼女。
ぬいぐるみにギューっと抱き着く彼女。
「……いいな」
「何が!?」
思わず声に出ていて、ツッコミをいれられた。さすがのシイナでも私の妄想を覗き見ることはできない。見られたら恥ずかしくて、逃げ出してしまうだろう。
さぁ私の妄想を実現するために頑張るんだ、クレーンゲーム!
アームが上がり切り、移動する。
「いいぞ、いいぞ」
「頑張れ、頑張れ」
しかし、穴に落ちる前にぬいぐるみは落下した。
「あーーーーーーーー」
「……残念」
「なんでこんなにアーム弱いの!」
確かに急に緩んだ気がした。一回目では取らせない仕組みなのだろう。がめついマシンだ。
諦めきれないのか、すぐに課金しシイナがもう一度プレイする。
しかし、結果は変わらなかった。
「自分の腕なら、もっと自由に動かせるのに!」
自分の腕ならもっと自由に動かせる。
そりゃそうだ。こんな細いアームじゃなくて、自分の腕なら自由自在に動けて、緩んでぬいぐるみを落とすことなんてないだろう。
当たり前のことを言うシイナだ。
さらに課金するシイナを見ながら、考える。
当たり前? 何か引っかかった。
もし、自分の腕なら……。
「あーまた落ちた。もどかしい!」
錯覚、させられるなら。
そんなことありえるのか。
それはもはや錯覚ではない。認識の拡張。けど、それはシンクライの領域だ。
「……そっか」
犬のぬいぐるみが穴に落ち、ファンファーレが鳴る。愉快な音楽にハッと我に帰ると、笑顔のシイナが飛び込んできた。
「やったーとれたよ、サササ!」
「よかったね」
ゲットした犬のぬいぐるみを手にし、嬉しそうだ。
「サササ、持って」
「うん?」
取ったばかりの犬のぬいぐるみを持たされる。
そして、パシャリと彼女は端末で私を撮った。
「なんで、撮った?」
「だって、似ているから」
「に、似ている!?」
私がこの犬のぬいぐるみと似ている? ぬいぐるみと睨めっこする。つぶらな瞳のこの子が私似なの!?
「サササ似で可愛かったから、絶対に欲しかったんだ」
私似で、可愛い。私を可愛いと言っているように聞こえ、心が落ち着かない。絶対とか軽々しく言わないで欲しい。言われる身になってくれ。
「……可愛いとか平気で言わないで」
「うん? サササは可愛いよ」
「そういうとこ! シイナの方がずっと可愛いじゃん!」
「えー、サササの方がキュートだよ」
「そこは、シーナのCはキュートだから、私の方がキュートとか言わないの?」
「そんな自尊心高くないよ」
「何でこんな時は冷静なの!?」
私似のこの子は、シイナの家に一緒に帰るわけだ。
そして、同じベッドで寝て、ぎゅーとされて、もしかしてチューされちゃうかもしれないんだ。なんだかぬいぐるみに嫉妬してきたぞ。
「名前は、サササ2号にするね」
「ネーミングセンス!」
「2号、私とお家に帰ろうね~」
「2号って、もう私の要素ない!」
かといって、サササの呼び名を取られるのは癪だ。仕方なく2号で妥協する。
「サササは犬っぽいよね。真面目で従順で、意外と感情が出やすい。尻尾があったらぶんぶんと振っていそう」
「振らないし」
そんなにわかりやすいのだろうか。シイナと会っていると表情が緩んでいるのだろうか。自分が自分じゃないようで、わからない。
「シイナは猫っぽいよね」
「えーそう? 自由気ままってこと?」
「その通りでしょ」
へへっと笑う彼女を愛おしく思う。お調子者で、気分屋で、可愛らしい。そんな彼女に振り回されるのが、どんな長い時間よりも好きだ。
× × ×
ぬいぐるみで満足したのだろう。彼女との放課後デートは遅いこともあり、クレーンゲームで終了となった。バッグに入れず、私似の犬のぬいぐるみを大事そうに持って帰る彼女を見て、ますます好きの気持ちは高まった。
それにわかった、気がする。
彼女の秘密、シンクライの可能性。
それを確かめるために、私は拡張時間と現実を行き来しなければならない。
やることはたくさんだ。けど、私一人ではどうにもならない。ただ、頼る先はシイナではない。
まずは、準備が必要だ。
「ミヤ、ムツ、私に協力してほしい」
次の日の朝、学校に着くや否や二人に頼み込んだ。
友人の手を借りて、私はシイナの存在に近づく実験を始めた。
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