第3話 隣に立つために④

 シンクライの使用が前提のこの学校では、座学だけでなく、実践的な実習も多い。高校1年生の時は同じクラスで授業を受けることが多かったが、2年生の段階で半分が選択授業になり、3年生の段階ではすべて選択授業となる。

 より専門性を高めたい一方で、1年、2年の間は総合力が求められる。世の中は様々なことが絡み合い、複合的に作用するという考えの元、あらゆる分野を蔑ろにしないようカリキュラムが組まれているのだ。関係ないと思うことでも、複雑に絡み合っていることがある。簡単に必要ないことだと切り捨ててはいけないのだ。

 だが、マクハリの外の学校ではありえない授業がここでは展開される。


「いくぞ」


 レバーを握り、の脚部を動かす。


 ずしり、ずしり。


 動くスピードは遅いが、自分がロボットを動かしているという事実にワクワクしてしまう。

 ただロボットといっても、小型建設、整備用の機械だ。工事現場でも実際に使わている汎用型のロボットである。映画みたいにロボットに乗ってロボット同士で戦うなんて未来は、シンクライが当たり前になった世界でもありえない。

 それに機械に人間が乗る必要は本当のところ、無い。実際はシンクライのシステム、言ってしまえばAIが代わりに動かしているのがほとんどだ。けど、人が動かす仕組みを知ることには大きな意味がある。自分で動かしてみないと、わからないことは意外と多い。


「よしっ」


 次にアームを使い、鉄骨を持ち上げる。直感的に動かせるのが、この機械のいいところだろう。しかし、今はマニュアルモードで、セミオートでも、当然オートでもないので、なかなかうまく動かせない。


『カズサ、中心を持てよ。そんな端じゃバランスを崩して倒れるぞ』


 耳につけたワイヤレスイヤホンから、指示係のムツに注意される。医師を目指すムツだが、ロボット工学の分野においても知識が豊富だ。医療の分野においても義手、義肢と機械的な分野から切り離せないからだろう。マクハリでの医療は、より専門性と、総合力が試される。シンクライとは違った考えが必要になるのだ。

 ムツの指示を受けながら、せっせと動かしていく。鉄骨を動かし終え、あとはゴールゲートをくぐるだけだ。


『NA-05、逆井カズサ、判定B』


 教師からの評価が下され、私の実習が終わる。

 B……か。失敗もなくできたはずだが、Aではなく平均のB。もっとスピードが必要だったのだろう。確かにもたついた部分があった。ただクリアするだけでは駄目だ。


「ふぅ……」


 機械から降り、指示係のムツの元に戻る。すでに実習を終えたミヤと一緒で、楽しそうに話していた。お邪魔だろうかと思ったが、今は私の実習を見た感想、アドバイスが聞きたかった。


「カズサ、お疲れ」

「ミヤ、ありがとう。ムツ、今回の試験、どこが悪かったか言って」

「先を急ぎすぎだ。精確性が欠けていたし、ひとつを完結する前に次の行動に移ろうとしてきちんとできていなかった。それが結局、非効率になっていた」


 早く進もうと、早く持ち上げようとポイントを見極めずに、すぐ行動に移していたのだ。普段考えてばかりの私だが、行動にすると迷いがなくなる。それはそれでいいことだが、精確性が欠けて、「次、次!」と気持ちが焦ってしまう。結果的に効率が落ちるのは良くない。


「ムツ厳しいよ。カズサはよくできていたよ。私はBマイナスだったからさ」

「ううん、ありがとう。もっと精進するよ」


 私の言葉にムツとミヤが目を丸くしていた。


「どうしたの、カズサ?」

「やけに素直で怖いな」

「え、普通でしょ?」


 普通、のはずだが、二人の反応が違うということを示していた。


「授業を頑張ろうとするなんて、カズサらしくない」


 ひどい、と思ったが、その通りだった。わざわざ、同級生にアドバイスを求めること自体、私らしくない。

 けど、意識の違いの理由は、分かっている。

 ――今までの私では駄目だ。

 だから、目の前のことからきちんとこなしていこうと心に決めた。

 どこにヒントがあるか分からない。思わぬところに、シイナに続く光があるかもしれない。


「あれ、シイナさんじゃん」

 

 その名前に、心臓がドクンッと飛び跳ねる。

 ミヤが見た方を私も見ると、確かにシイナがいた。

 あの金髪と容姿はやたら目立つ。何故、今まで私は知らなかったのだろうと思うほどに、彼女の姿は異彩だ。

 彼女の姿を眺める。シイナも同じ、ロボット実践の授業を受けていて、どうやら指示係をしているようだ。ワイヤレスイヤホンをつけ、何やら会話している。


「声かけないの?」

「授業中だよ」


 いや、授業中じゃなくても、変わらないだろう。

 

「実習終わったらいいんじゃない?」

「今はいいの」


 「あれれ、倦怠期か?」と二人に揶揄われたが、違う。シイナといたら、シイナといることが優先になってしまうのだ。シイナといることは楽しくて、嬉しくて、彼女の存在に近づきたいと思って行動している今の私には毒だ。

 話したい。

 彼女との時間を満喫したい。

 けど、けど、それはこの先でいい。甘えてはいけないのだ。


 × × ×


 放課後はメディアルームに籠って、文献を漁りながら思考する。

 シンクライの拡張時間でも、私の分身のシンクにともかくインプットさせている。同期されればそれは私の知識だ。知識を拡張時間で入れ、現実で考える時間をつくる。知識を結び付けて、答えを見つけるのだ。

 考えは惜しいところまで、来ている気がしている。

 けど、まだ何か足りない。


『最近、研究熱心ですね』


 私にしか聞こえない通信で、シンクが話しかける。そろそろ集中力が切れる頃なのだろう。私の細かい気分の波も分析して、間違いないところで話しかける。


「いい傾向でしょ」

『悪くはないですね』


 逆井博士の娘という身分にとっては良いことのはずなのに、曖昧な答えを分身は返してくる。だから、憎めなくて頼りになる。けして私を甘やかしはしない。


「偽物が本物と同じように感じる」

『ラバーハンド錯覚のことですか』

「そう」


 シンクとの対話は、自分との対話だ。自分の知識を、自分の考えを、自分とぶつけ合って整理する。

 ラバーハンド錯覚を簡易的に説明し、情報を並べる。


「リアルの手が見えないようにしたうえで、偽物の手と、リアルの手を同じように刺激すると、偽物の手が本当の手のように感じる」

『えぇ、身体所有感の錯覚ですね』


 身体所有感の錯覚は,リアルだけでない。バーチャル空間内でも生じえることだ。

 錯覚。

 それを、シンクライと結びつけるとどうなるのか。

 ……そこからの突破口が見当たらない。


『シンクライで知覚したことが、現実には反映されます』


 だから、現実で右手を怪我をしても、シンクライの中では右手を動かせ、現実に戻って来ると勘違いする。ミヤのように。

 けど、それが不可思議な現象の説明には繋がってこない。


「まだ、足りない」


 シイナの力を解明するにはまだまだ学んで、考える必要があった。。

 

 × × ×


 結局、暗くなるまでメディアルームにいた。さすがにお腹が空いてきたので、帰宅しようと学校前のライトレール乗り場に向かう。空腹、睡眠不足だとシンクはきちんと機能してくれないのだ。アラートを出して『休め』と警告してくる。本当に人間想いな装置なことで。

 

「仮想、知覚、拡張、錯覚……」


 移動中も考えることは、不可思議な現象のことだ。短く言葉にして、より意識づけていく。

 ドアが開き、シートに座っても考えるのを止めない。 


「あっ」


 扉が閉まろうとする瞬間、見たことある人が同じ車両に乗り込んできた。

 シイナだ。


「カズサ」


 サササではなく、名前をきちんと呼ばれた。いつもの軽い雰囲気ではない、真剣な顔をして、私をにらみつける。


「なんで最近、私を避けているの!」

「さ、避けてないよ」


 座らず、私の目の前に立ち、見下ろしてくる。

 逃げられない……。会いたい気持ちは溢れるばかりにあったが、このタイミングではなかった。


「避けているよ! 連絡くれないじゃん!」

「私、今までそんなに連絡してなかったじゃん」

「デート後に次のデートの約束するのが普通でしょ?」


 普通。


「……そうなの?」


 その普通が私にはわからない。

 会った後に、次の予定を決める。そもそもあれはデートだったのか? デートだったけど、そうだけど、お出かけしたけど、楽しかったけど、おめかしした、いや、させられたけど。次があっていいものだったのだ。なるほど、私の普通の中には存在しない知識だった。


「はぁ~~~~~~~、そういうとこだぞ」


 大きくため息をつかれ、怒られた。


「せめて、デートの感想とか送ってくれてもいいじゃん」

「いや、デートは楽しかったけど、それを吹き飛ばすほど色々なことがあったというか……」

「うるさい、今日の授業だって、同じ場所にいたじゃん。なんで声をかけてくれないの?」

「授業中に話しかけるのは、いかがなものかと」

「お昼休み、一緒にご飯食べてもいいじゃん」

「友人と食べているし」

「放課後」

「ちょっと忙しいんだ」

「なんで!」


 何でと言われても、説明しづらい。

 けど、きちんと説明しないと解放されないだろう。恥ずかしいが、言葉にするしかなかった。


「シイナに近づきたくて、シイナを知りたくて、……色々と考えている」

「なら、私に近づいてもいいじゃん!」


 それは、その通りだが……。


「なんか、それは違うというか」

「じゃあ知らなくていい!」

「それは……」


 ご機嫌斜めだ。シンクに秘密裏に助言を求めても、何も返ってこない。さすが、私の分身だ。この困惑を対処する方法を知らない。


「ごめん、今は頑張っているの」

「やだ、私はサササと遊びたいの」


 否定され、手を強く握られた。


「まだ、帰らないよ」


 次の駅に着くと、無理やり降ろされたのであった。

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