第3話 隣に立つために③

 モニターと睨めっこしながら、先ほどまでのことを考える。

 あんな話で誤魔化せたとは思えない。


「博士の娘か……」


 一筋縄でいかない。事情は何も知らないはずなのに、やたら勘が良かった。

 彼女なら真相に辿り着くまでに、それほど時間がかからないだろう。


 また、すぐ会うことになる。


「適性は十分っていうわけだ」


 だから、彼女に味わせたのか。

 ひどい親だ、と決めつけるのは早計か。あの人でも実の娘を使ったりはしないだろう。そう思いたい。

 なら、誰がやった。

 学生であり、けど一般人とは言えない境遇の彼女。思いつくのが、残念ながらあの親しかない。

 何にせよ、


「面白くなりそうだ」


 モニターに反射して映った顔が悪そうな奴で、「正義の味方ね……」と小さな声で言い、自分で笑ってしまった。


 

 × × ×


 白衣の女性、ヤチヨさんに説明されて以来、シンクライで怖い経験はしなかった。疑ってはいたが、死を意識した事象は夢とシンクライが混ざり合って、干渉し合った不運な出来事だったのだろう。私が多感すぎて、夢を強く意識しすぎた。

 それしか、今は説明がつかない。


『ノースエリア。ノースエリア』


 機械音声が駅名を告げる。

 カサイリンカイ・エリアでのことなんて何もなかったかのように、今日のマクハリの朝は平和で平凡だ。ニュースを検索してみたが、何も存在しなかった。もみ消されたのだろうか。観覧車が止まったことすらニュースになっていなかった。

 駅前でシンクライに抗議している人はいないし、車内は皆、自分のシンクライを使用しているのだろう、誰も話すことなく、自分へ興味を向けている。

 私もそうだ。……そうだったのだが、今一度当たり前の光景を見るとマクハリの外とはまるで違うのだと実感する。


 ――マクハリの外には、シンクライは存在しない。


 なのに、シイナはおそらくシンクライを外で使用していた。

 シンクライを使用していたことは、まぁ百歩譲っていいとしよう。研究機関に所属する人間として、マクハリより上、国に認可されているのだろう。公になっていないが、そういう人たちが極秘裏にいてもおかしくない。シイナがそのメンバーのどこに位置するのかは気になるが、今は教えてくれないだろう。


 問題はシンクライを使用しても、あの現象を説明できないことだ。

 

 シンクライを極めると、魔法が使えるようになる? 超能力が使えるようになる? 普通ならありえない。が、100%嘘とは言えない。なぜなら、私はシンクライについて深くまで知らないからだ。知るはずがない。研究者ではなく単なる学生だ。 

 でも、知らないことが気持ち悪くて、すっきりとしない。

 なら、もっと知る努力をしなくてはいけない。


 ――時間の拡張は、要は感覚、認知の拡張だ。


 ヤチヨさんはそう言った。

 その言葉が強く残っている。拡張することで時間を超越した、ように思わせている。何かヒントになる気がしている。


「……頑張ろう」


 考えるためにはインプットが圧倒的に足りない。

 もっと文献を読もう。もっと仮説を立てて試そう。

 シイナに辿り着くために。自分でもシイナの存在の大きさに驚いている。私がそう思うなんて、彼女に会うまでは考えれなかった。

 悪くない気持ちだ。

 けど、シイナに頼ってばかりはいられない。自分の力で答えに辿り着くんだ。


『デートでの写真が共有されていませんが、一日で随分気持ちの変化があったんですね。気持ちに迷いがなくなっています』

「……シンク、うるさい」


 分身にも活躍してもらおうと、心に誓った。



 × × ×


 平穏な日常といったが、学校に行くと異変があった。


「どうしたの、ミヤ」


 ミヤの右手中指に包帯が巻かれていたのだ。


「ちょっと突き指しちゃってね」

「練習したときに?」

「うん、滑って落ちて、落ち方が悪くてね。まぁ日常茶判事だよ、こんなの」


 ミヤはボルダリングの選手であり、パルクールのチームにも所属するスポーツマンだ。大会で優勝したり、映像として残して賞を取ったりもしている。

 それもこれも戦隊物好きから興じた趣味だそうだ。「私もヒーローになりたいと思っていたら、身体を動かしたくなっちゃってさ」と言っていたが、その気持ちだけで行動はできない。パルクールのチームでは大人に混ざり、活動している。一度、彼女の映像を見たが、怖くて、最後まで見られなかった。大した度胸を持っている。

 ヒーロー、か。


「けど、怪我してもシンクライがあると便利だよね」

「まさか、今朝もシンクライの中で駆け回って、跳んでたの?」

「ひゅーひゅー」

「口笛拭けてないよ」


 怪我をしていても、シンクライの拡張時間では怪我を意識せず、万全の状態の身体で練習、体験が可能だ。ミヤはパルクールの予行練習として拡張時間を利用し、良いイメージを現実に持ってきて挑戦しているとのことだ。


「危ないことしないでよね」

「大丈夫、この指じゃ無理はできないから」

「……現実だけじゃないよ」


 たとえ、怪我をしないとしても、シンクライの中でも無茶をしないでほしい。わかっていても、そう願ってしまう。恐怖体験は夢が混ざり合った結果だと結論付けたのに、まだ心のどこかでは不安視している私がいる。


「そうだ、ミヤに聞きたいことがあったんだ」

「ん、なに?」


 フリーランニングとも呼ばれるパルクールのチームに所属し、走る・跳ぶ・登るなど駆使し、森や街中で縦横無尽に駆け巡る『彼女』の意見を聞きたかった。


「ミヤなら観覧車から飛び降りて、無事に着地できる?」

「なにいってんの?」


 当然の反応だ。


「絶対にケガする。観覧車? 50メートルはあるでしょ」

「100メートルの高さはあるかな……」

「無理に決まっている」

「だよねー」


 でも、無理ではなかった。目の前で見たというか、一緒に経験した。

 シイナは私を抱えながら、100m近くある高さから地上へ、衝撃もなく着地したのだ。今なお信じられない。やっぱり魔法はあるのかもしれない。


「なんでそんなこと気になるの?」

「えーっと、そういう映画を見てさ」


 じーっと半目で睨まれた。疑っている。そりゃそうだ。唐突に聞きすぎた。


「あ、もしや、シイナさんと観覧車デートをした?」

「え?」


 デートの単語が出て、間抜けな顔をしてしまった。どうしてバレた?


「あれでしょ、密室で対面に座ると緊張して顔見れなくて、外ばかり見ていたんだ。で、高いなー、ここから落ちたら無事で済まないな~と気を逸らしたんだ。恋に落ちているのはどっちだよ! っていうね」

「落ちてない!」

「その後、頂上にゴンドラが近づくとシイナさんが寄ってきてチューしてきたわけだ。わーきゃー」

「してないし! キスできなかったし!」


 あっ。

 自分の失言にすぐ反省する。


「へ~、キスしてほしかったんだ。カズサのオマセさん~」

「……今の発言は忘れてほしい。何円払えばいい?」


 最近似たようなセリフを聞いた気がするが、自分が言う羽目になるとは思わなかった。

 ミヤに餌を与えすぎた。ニヤニヤが止まらず、居心地が悪い。


「順調そうでよかったよ。お姉さん安心だ」

「なんだなんだ、面白そうな話しているな」


 さらに援軍、私にとっては都合のよくない人物がやってきた。ムツが私たちの元に寄ってきて、興味津々だ。


「ナンデモナイヨ」

「片言で怪しすぎる」

「カズサが恋愛脳になっているって話だよ」

「なってない」

「遠くにいってしまったな、カズサ」

「遠くにいってない!」


 ニヤニヤする人物が二人に増えて、逃げ場を失った。


「ほら、ミヤ。頼まれていたやつ」

「ありがと」


 ビニール袋をムツが渡そうとする。ミヤが指を怪我しているから、代わりにお昼を買いに行ってくれたのだろう。なんだかんだ優しい奴だ。二人の食事に私はお邪魔虫じゃないだろうか。ニヤニヤするのは私の方ではないだろうか。

 ミヤが手を伸ばし、受け取ろうとする。

 指を怪我している右手の方で。


「あっ、バカ」

「いてっ」


 怪我しているのできちんと受け取れず、手から離れた。ビニール袋は床に落ち、ペットボトルが床に転がった。


「なんで、怪我している手を出すかな」

「癖だよ、癖。それに今朝のシンクライではバッチリ右手は動いて、街中を駆け回っていたからさ」


 現実では右手が動かないのに、シンクライでは問題なく動いていたので、現実で勘違いした。

 シンクライで練習すると、現実でも動かせると錯覚する。

 錯覚の顕在化。


「カズサどうしたの、考え事?」


 言われて、自分が黙っていたことに気づく。


「ううん、何でもないよ」

「どうせ、デートの思い出に浸っていたんだろう」

「違うって」


 デートもしたが、それ以上に色々なことがありすぎた。デートの思い出に浸っている場合ではない。


「じゃあ次はいつ会うんだ」

「次は……未定」


 今は違う。目の前の問題を解決しないと、彼女に会う資格がない。

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