第3話 隣に立つために②

「ははは、正義のヒーローって何を言っているんだ。そんな漫画やアニメみたいなことあるわけないじゃないか」

「私、見たんです。シイナが謎の力でシンクライ反対派をバタバタと倒すのをこの目で見たんです」


 笑ってごまかそうとしてもそうはいかない。観覧車から衝撃もなく地面に着地し、敵を寄せ付けることなく倒した。私は確かにこの目で見たのだ。ここにきてすぐ、ヤヨイさんもカサイでのことをシイナに責めていた。今さらそんなこと言ってないと言っても、ここはマクハリだ。私のシンクはきちんと会話をきちんと記録しているだろう。

 ヤチヨさんも騙せないと思ったのか、「あいつ……」と悪態をつく。


「夢だったとか、魔法とか言わないでくださいよ。わかっているんです」


 追い打ちをかける。

 ヤチヨさんは迂闊に喋りすぎたのだ。

 ここ、この施設はシンクライを研究する父と繋がっている場所だ。そこへ出入りするキーを持つシイナ。マクハリを出るときはシンクライを預けたはずだが、それは私の話。シイナとはゲートが違った。個別のチェックだったのだ。つまり、


「あれも、シンクライの力なんですか?」


 シイナはシンクライを『カサイリンカイ・エリア』に持ち込み、私の知らない機能を使用した、何らかの力を発揮したのだ。状況から考えられることを推理する。


「シンクライを持ち込んだから、反対組織も気づいたのではないでしょうか。シンクライを使い、何かしでかすんじゃないかと危惧した。だから、少々強引な手に出た。どうですか、ヤチヨさん。あっていませんか? あっているでしょ? ねえ、どうなんですか!」

「あの、その……」


 目が泳いでいた。ある程度、合っている確信を得る。


「い、言えないです……ごめんなさい。お金を渡すので忘れてくれないでしょうか」


 急に敬語になった。けど、情けはかけない。


「いや、お金はいりません」

「え、金額が足りない? 今月は厳しいけど、頑張るからさ」

「だから、お金がじゃありません」

「誠意? 気持ちなの? 土下座をすれば忘れてくれる、許してくれる? 年上の綺麗なお姉さんの土下座を要求されている?」

「してません」

「かくなる上は……」

「させません。逆井博士の娘を傷つけるつもりですか?」

「カズサちゃん最強すぎるじゃん! 論破不能だよ!」


 たまには父親を利用しても罰が当たらないだろう。実際のところ、うちの父親は私が傷つこうとも、脅されようとも気にしなそうだが、ヤチヨさんには良心がある。話していれば、優しい女性だということがわかった。


「誰にも言うつもりはないですが、私はシイナのことを知りたいんです」


 学生であるシイナがどうして、この厳重なセキュリティの施設を出入りしているのか。

 持っていけないはずのシンクライが、どうして一部人間がマクハリの外でも使えるのか。

 シイナがここでどんなことをしているのか。どんな思いで行動しているのか。

 何らかの力を持っているのに、シンクライを『嫌う』気持ちを、私は知りたい。

 彼女のことなら、なんだって知りたい。

 そして、


「私はシイナに追いつきたい」


 彼女の隣に立ちたい。彼女のためになりたい。

 彼女のために、ありたい。


 生き急いでいた私に、安らぎをくれた。

 何をしたらいいのか分からなかった私に、目的を与えてくれた。

 私は私で良いんだと、彼女の隣なら肯定できた。


 それは、言葉にすると単純なことだった。


「だって、好きだから」


 口に出したら、すっきりとした。

 あまりに単純な言葉。声にして、私の中で刺さっていたものは消えた。

 好き、だから。シイナが好きだから、私は知りたい。私は彼女の隣に立つために、彼女の領域に踏み込みたい。それが危険なことだとしても、彼女の手を掴みたい。一緒に歩きたい。


「……熱いね。熱すぎて、冷房の温度を下げたい気分だよ」


 一言、白衣の女性がぽつりとこぼした。急に現実が戻ってきたような気がして。感情が駆け巡り、ヒートアップする。


「……すみません、つい熱が入っちゃいました。初対面のヤチヨさんに言うことじゃなかったですよね」


 ヤチヨさんは苦笑いしながらも、明るい声で返してきた。


「いや、良いことだ。あの子にもこんなに想ってくれる子がいたのを知れて嬉しい。へーそうか。あの子にね。うん、喜ばしい。ねえ、本人に直接言ってあげたらいいんじゃない?」

「い、言えません。私が彼女の隣に立つに相応しい人になるまで」

「なかなか頑固だね……」

「で、教えてくれるんですか」


 熱烈な気持ちの吐露はやりすぎたが、私が本気なことは伝わっただろう。

 打てる手は全部尽くし、追い詰めた。年上の白衣の女性は迷っているが、私の気持ちに変化はない。なんなら、協力するつもりだ。ヤチヨさんにとっても悪い話じゃないはずだ。全容がわからない、どんな危ない橋だとしても、私は知りたい。


「やっほー。終わったかい?」

「ひえっ!?」

「うわっ!?」


 突如、扉が開き、シイナが帰ってきた。

 まさか戻って来るとは思っていなかったので、驚きの声をあげてしまった。それはヤチヨさんも一緒だった。


「……うん、どうした? 私に内緒話でもしていた?」


 内緒話ではないが、言えない。絶対に言えない。

 わー、急に恥ずかしくなってきた。熱烈にシイナへの想いを語ってしまった。恥ずかしすぎて、彼女の顔が見られない。


「サササの顔が真っ赤……。もしかして、二人でエッチな映像でも見てた?」

「「みてない!!」」

「ハモった……怪しい……見てたんだ……」

「だから見てないって!!」


 誤解なのを説明したいが、説明できない。私の熱烈な気持ちを事細かに話すわけにはいかない! 

 同様に自分の失態を説明して、弱みを見せたくないと思っているであろうヤチヨさんも慌てているだけで何も口にしない。

 

「まぁいいや。そろそろ帰ろうか、サササ」

「えっと、ちょっと……」

「困ったらまた相談にのるからさ」


 ヤチヨさんも便乗してきた。せっかく追い詰めたのに、逃れようとしている。


「ここに来るまでに、厳重なところを突破しないといけないじゃないですか? この場限りで話を終わらそうとしていますね」

「そういうところまで、逆井博士の娘だな……」


 気に食わない言い方だが、評価してくれたことは感謝したい。仕方ない、連絡先を聞くだけで今日はよしとするか、と考えたが、先にシイナが提案してきた。


「相談事があったら私がここに連れてくるよ。それでいい?」

「私も忙しいことを忘れるなよ、御浜シイナ」

 

 今日はもうこれ以上、どうにもできないだろう。「わかった」と答えるしかなかった。

 こうして、私のカサイから続く、未知だらけの冒険は終わったのであった。



 × × ×


 施設を出ると空は夕暮れを通り過ぎて、真っ暗だった。

 あまりに長い一日だった。そして、その長い一日はもう少しだけ続く。

 横を歩く彼女を見ると、何事もなかったかのように呑気に鼻歌を奏でている。


「今日はありがとう」


 私の家の近くまでシイナと歩くことになったのだ。話を続ける。


「ごめん、私も予想外のことが多くて。疲れちゃったよね。せっかくのデートだったのにさ」

「いや、疲れてはないよ。デート自体は楽しかったしさ。恐怖体験の同期の件も説明が一応ついたしさ。連れてきてくれてありがとう」

「そう、それはよかった!」


 屈託のない笑顔の裏に、何が隠されているのか。

 御浜シイナは、秘密だらけだ。


「何だったの」

「何が?」

「シイナは正義の味方なんだよね」

「っぽいものね。っぽい」

「どんな風にして救っているの?」

「魔法でババーンとね」

「嘘」

「シイナのCはシークレットのCだからね」

「シークレットはSだよ」

「ありゃ」


 近づこうとしてもはぐらかされる。それは優しさなのか、情けなのか、今の私では知ることはできない。

 の私では教えてくれない。


「送ってくれてありがとう」

「じゃあね」


 なら、私も追いつくようにするしかない。

 彼女の背中を見送る私は、今日で終わりだ。

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