第3話 隣に立つために
第3話 隣に立つために①
マクハリに戻ってすぐに、連れて来られたのはシンクライの施設だった。
「ここどこ?」と不思議がる私を気にせず、「いいから、いいから」と虹彩認証と、カードキーを使用して厳重なゲートを突破し、シイナは見知らぬ場所に連れてきた。
サーバールームのように、機械が何度も稼働している。もしやシンクライの研究施設なのだろうか。物珍しそうに眺める私の手を強く引っ張り、たどり着いた先は小さなオフィスフロアのような場所だった。
そこには、白衣を着た女性がいた。
「ヤチヨ、お疲れー」
「おい、御浜シイナ。お前は何度言ったらわかるんだ」
シイナの名をフルネームで呼んだ。どうやら、シイナの知り合いらしい。
「カサイで暴れたな。こちらの許可をとってから行動しろっていつも言っているだろ」
「先に動いたのはあっちだよ? それに何も壊してないから問題なーし」
「問題大ありだ。マクハリの外じゃ融通利かないんだよ。それに、またマクハリの風当たりが強くなるだろ?」
「普通の人は理解もできないでしょ」
「そういうことじゃない」
話している会話がわかるようで、わからない。カサイで起きた一件は、すでに把握しているらしい。
――普通の人は理解できない。
その通りだ、シイナの謎の力を私は説明することができない。シイナはシンクライを反対する組織の人たちを吹き飛ばし、倒した。拡張時間での出来事じゃない。現実に、目の前でありえないことが起きたのだ。
「で、こいつは新入りか?」
シイナと話す白衣の女性が私を指さす。いきなりシイナに連れて来られたが、話は通っていなかったらしい。そもそも、何で連れて来られたのか理解していない。
「ううん、私の恋人」
「恋人じゃありません!!」
大声を出してしまった。「あれ、違ったっけ?」ととぼけないでほしい。話がややこしくなる。
一方で、白衣の女性は冗談を意に介せず、わなわなと震えていた。
「一般人をここに連れてきたっていうのか御浜シイナ!」
「カズサを見てあげてよ、ヤチヨ」
「おい、話を聞け。この場所が何処なのかわかって行動しているのか」
虹彩認証に、見たことないカードキー。
正義の味方っぽいと言ったシイナが連れてきた場所だ。普通の施設ではないだろう。秘密基地、みたいなものだろうか。
「犬猫を拾ってくるかのように、気軽に人間を拾って連れてくるな!」
「サササは特別だよ」
「……サササ?」
私のあだ名がまた混乱を生む。シイナと話をしても埒が明かないと思ったのだろう、私を見てきた。私も理解できていないけど、喋らざるを得ない。
「あの、ごめんなさい。突然訪れることになり、申し訳ございません。私お邪魔みたいで、ここのことは忘れますので……」
「サササはシンクライで悩んでいるだって。専門分野でしょ? みてあげてよ」
「それは学校のカウンセラーに相談する内容だ」
「サササはシンクライで死を経験した」
「……なに?」
初めて女性がシイナの話に興味を持った。
――死の経験。
私が味わった恐怖。同期されずに私だけに残った記憶を相談するために、シイナは私をこの女性の元に連れてきたのだ。
私はすっかりと忘れていた。あんなに恐怖したのに、不自然に抜け落ちていた。
だが、カサイでの襲撃も大きすぎることで、私個人のことよりまずはそっちについてシイナと話したいと思っていた。
「じゃあ、私はこれで~」
「おい、ちょっと待って」
「え、待ってよシイナ! 私を置いてかないで!」
しかし、シイナにとっては大したことでなかったのかもしれない。軽やかに扉から出ていき、私は取り残された。
見知らぬ白衣の女性と二人きりにされたわけだ。しかも、歓迎はされていない。いきなり関係者以外の人間を連れてきたのだ。当然だろう。
「…………」
「…………」
沈黙が重い。
何か話さなきゃと思い、白衣の女性を見ると目が合った。
「……いきなり、すみません」
「いや、君は悪くないと思う……。だいたい御浜シイナのせいだ」
「そんなことないです。シイナは私のためを思って……」
「大変だな、御浜シイナの恋人さん」
「だから違いますって!?!?」
やっと白衣の女性の表情が柔らかくなったのであった。
× × ×
5つモニターがあるPCの前で、白衣の女性との相談タイムが始まった。
「最近、動悸が激しくて」
「あぁ、それは恋の病だな」
「違いますよ!?」
白衣の女性は、
「冗談は置いといて、しかし逆井博士の娘とはな……」
この場所について詳しいことは教えてくれなかったが、ヤチヨさんの上司の上司に私の父が当たるらしい。世の中は狭い。
「私の父がご迷惑をおかけしています……」
「いや、迷惑なんてかけられてないけどさ。仕事人間、研究漬けのあの人に娘がいるなんて知らなかったんで驚いたんだ」
職場で私のことを話す父ではないだろう。効率が優先な人間だ。家族の話はもちろん、世間話をする姿が想像できない。
しかし、ここが父が関係する場所とは思っていなかった。父が携わるシンクライの開発に関わる場所。つまり、シイナもシンクライの開発・研究に極秘裏に関わる人物ということだろう。
だから、父のことも知っていた。父と繋がっていたことは態度から無いと思われるが、ますますシイナのことがわからなくなった。
シイナはただの学生では、ない。
「医療機関ではさっぱりだったってわけだ」
「はい、シンクライの記録にも撃たれた映像、飛ばされた謎の空間は残っていませんでした……」
「で、別の記録が残っていたわけだ」
「はい、ベネチアを楽しむ、知らない私の姿が」
ヤチヨさんが「なるほどな……」と顎に指をあてて、考える。
「わからん」
「……わからないですか」
「拡張時間と夢が混ざったと考えるのが一番無難だけど、それで片づけていいのやら」
「夢……」
人類は、夢を見る。
人は日常で起きた出来事や、脳に蓄積された情報を整理するために夢を見ると、言われていた。
だが、その役割は今やシンクが担っている。
マクハリの人間も夢を見るがシンクにより情報整理がされ、さらに拡張時間を優先させるため、朝起きると夢を覚えていることは少ない。同期される拡張時間の占める割合が大きいのだ。不確かで何の役にも立たない夢は小さな領域に押し込められ、覚えずに小さな存在のまま漂い、消える。
「夢だから、私は忘れていた……」
「拡張時間の方が膨大な情報量だからね。その中でシンクライが情報を整理して、恐怖体験のプライオリティを下げた。だから覚えていたけど、深刻に考えず、日常を過ごしていた」
と考えるのが無難だ、と答える。
そうなのか。納得すれば大したことは、ない。筋も通っている。安心だ……と思うが、釈然とはしない気持ちも残っている。夢で片づけていいのだろうか。
「思春期は多感だからね。2年目のシンクライの運用となると、色々と感情を整理するのも大変なんだろう」
「シンクライも万能ではない」
「万能じゃないよ。だから、日々進化、改良をしようと開発、研究している」
目の前にいる女性のように、私の父親のように。
「せっかくだからほかの質問も受け付けるよ」と優しく言われたので、躊躇わず聞いた。
「拡張時間って何なんですか」
私のざっくりとした質問にも、ヤチヨさんは困らずに答えてくれた。概念、仕組み、何でもいい。私は、彼女なりの考えを知りたかった。
「時間の拡張は、要は感覚、認知の拡張だ」
モニターをタッチし、図が表示される。
「AIと人間が直結すると、人間はそのAIの部分も含めて自分自身だと思うようになっている」
「その性質を利用して、シンクに仮想体験させているのですか」
「そう、自分が体験したものだと思うように、感覚、認知を拡張しているんだ」
時間の拡張は、厳密には時間が増えているわけではない。自分ができる範囲が分身によって増え、時間が増えていると思わせているのだ。
「今は、時間が制限されているけどね。これから開発が進んで処理能力が向上すれば、時間は3倍、4倍、いや10倍、100倍と増えていくでしょう」
人が耐えれる範囲で、進化していく。情報整理の能力が、処理能力がより効率化されてくればそんな未来も見えてくる。
そうなったとき、人類は『人』と呼べるのだろうか。拡張しきった人間では、人間の占める割合が少ない。繋がったものを受け止める媒体、器にしかならないのではないか。
「そうかもしれないね。でも、それは時代によって変わる。なってみなきゃわからないさ」
「怖くないんですか」
「止まって、取り残される方が怖い」
研究者らしき答えだ。私もその気持ちは痛いほどにわかった。
「わかりやすい説明ありがとうございます。大変勉強になりました」
「それにしても、恋人じゃないとしても御浜シイナと友達なの君は? 本当に? 彼女と違って物分かりがよくて、話しやすかった」
「そんなことないですよ。シイナも頭はいいですよね? 私よりもよっぽど」
「けど、どこかネジが抜けているだろう? 行動も言葉も予測不可能だ」
確かに、と頷くが、そんな不可思議な人物ではない。
デートしていく中で優しい彼女、大胆な彼女、頼れる彼女の姿が見られた。彼女は私よりも、充実して生きている。よっぽど私よりも人間らしい。
……人間らしいってなんだろう。その考えも時代によって変わるのだろうか。シンクライの有り無しで定義も異なるかもしれない。
「入口まで案内するよ」と言われ、暗にここでの話は終了だと示された。けど、私はまだ意見を求めた。
「あと、ひとついいですか」
同期されなかった恐怖体験には説明がついた。
拡張時間についても、認識を深めることができた。
だが、説明がつかないことがある。
「シイナは正義のヒーローなんですか?」
私の前で起きた、不可思議な現象はごまかしようがなかった。
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