第2話 君に触れたら⑥
観覧車が揺れて、思わず大きな声を出してしまった。
「この揺れ、なんなの!?」
驚く私をよそに、シイナは冷静だった。
「あー、なんでこうなっちゃうかな……」
揺れはすぐに収まったが、それはそれでおかしなことだった。
観覧車が停止した。
回っていた観覧車が急に止まったので、大きく揺れたのだ。
「……止まった?」
「そうだね、止まった」
何が起きているのかと下を見るとなんだか騒がしかった。慌てるスタッフと、男性2,3人が争っている。
「……いったい何が起きているの?」
「おおかた、シンクライの反対派だろうね」
反対派? さっき、騒いでいた連中なのだろうか。主張することはまだいい、色々な意見もあるだろう。だが、それが観覧車を止めることには繋がらなかった。
「狙われているのは私かサササか」
「私かシイナ? なんで!?」
シイナの言う通り、制服を着てこなかったし、シンクを今は身に着けていない。マクハリの人間だとはわからないはずだ。たとえ、マクハリの人間だとしてもこんなに堂々と行動してくるものか。一般人だ。常識が通じない。通じなさすぎる。
それに私たちに抗議してどうなる。
「最初からつけられていたとか?」
「……最悪」
「わからないけどさ、意味があるんだろうね」
「意味?」
「まぁ気に食わないんだろうね」
「だからって……おかしい」
かといって、観覧車が止まった中で行動はできない。
このまま観覧車の中で幽閉されたままなのだろうか。そんな意地悪をしてどうなる? 餓死するのを待つつもりか? 私たち以外の人間がいるというのに。
「このまま……なのかな」
「それはないと思う。仲間が来るのを待っているんじゃないかな。そして、仲間が集まったところで、マクハリの人間をとっ捕まえる。抗議活動の人質ってわけだ」
「そんなことして、正義がどっちにあるっていうの」
「その通り。そんなことしては、抗議団体が非難されて終わりだ。だけど、それすら厭わない状況になっている。彼らもなんとかして突破口を見つけたいんだろうね」
だとしても、迷惑すぎる話だ。私たち学生二人を狙ってどうなるというのだ。
「銃器の類はないと思うけどさ」
シイナの言葉に忘れたはずの痛みが、ズキッと主張した。
「こんな人がいる中で撃って仮に一般人をケガさせたら、それこそあいつらが悪者だ」
「……悪者」
「刃物ぐらいは持っているだろうけどね。気をつけないと」
野蛮すぎる。さっきまでの平和な世界が嘘のようだ。
シンクライがそこまで忌み嫌われるものなのか。
「学生の私たちを捕まえて、どうするの?」
「どうするんだろうね、マクハリのセキュリティとか、シンクライの秘密を知りたいとか」
「そんなの知らないし」
「そんな言葉が通じるかね。サササの身分証を見せたら、一発でアウトだ」
私の名、逆井カズサ。
――逆井博士の一人娘。
武智トオルの意志を継ぐもの。彼らにとって悪の親玉的存在。
クソ親父の子供であることを改めて恨んだ。
「で、どうしたら」
このままではまずいことが起きるのはわかった。
逆井博士の娘を人質に、マクハリへ抗議する。私の存在は彼らにとって、あまりに好都合すぎた。
なら、これからどうすればいいのか。
このまま観覧車が動き出して、地上に降りても待ち伏せている人に捕まるだけだろう。抵抗する武器もない。
「あー、せっかく観覧車の頂上にきたら、サササにちゅーしようとしたのに」
「!?」
聞き捨てならない言葉が聞こえたが、聞こえたが、聞こえましたが、ツッコミを入れている余裕はなかった。
「って、待って」
私が考えをまとめる前に、シイナは動いた。
あまりに自然に、普通のことであるかのように。
空中でなければ、その行動はまともだったかもしれない。
だが、ここは空中だ。
シイナは観覧車のドアを、開けた。
「どうする気!?」
風が吹き込んでくる。
このまま飛び出してしまいそうで、慌ててシイナの体を羽交い締めした。
「ここに留まっていたら、ジリ貧だからさ~」
「だから!?」
「降りるよ」
「ここをどこだと思って」
羽交い締めしていたはずなのに、簡単に解かれた。
「私を信じて」
そして私の腰をぐっと引き寄せ、抱きかかえるような形で、そのまま宙へ飛び出した。
「しんじられなああああああああああああああぁ……」
私はこの日、初めて本当の自由を得た。
何にも縛られず、地上へ落ちていくのはあまりにも自由だった。
× × ×
落ちていくのは、2回目だった。前はシンクライでの中。
今回は現実だった。
「きゃあああああ…………」
地面が迫り、目をつぶる。
「…………」
衝撃を待っていたが、何も起きなかった。
「……え?」
地面に着いて……はいないが、シイナに抱きかかえられたまま、シイナは地面に立っていた。いたはずの観覧車の場所を見返す。扉が開いていて、そこから降りてきた証拠は残っていた。
布団に飛び込むよりも柔らかく、落ちた卵が割れないぐらいに、何事もなく地面にたどり着いた。
……理解できない。
魔法かと思ったが、シイナが呪文を唱えた様子もない。説明できない事象が起きた。
「さてさて2人、3人か。私もなめられたものだね」
観覧車を止めた犯人たちがすぐに駆け寄ってきた。
真っ黒な防弾ベストのようなものを羽織っていて、サングラス姿。見るからに怪しい人たちだ。
その中でもリーダー格と思われる人物が、サングラスを外し、睨んできた。
「時間を拡張させし、冒涜者よ。我ら『正常なる
「許さないって、普通の学生を脅してどうするのさ」
「普通の学生? 我らの尺度と異なる化け物に年齢は関係ない。お前らは異端者だ」
「ひどい言い様だ」
シイナが鼻で笑った。
「おとなしくしていれば、手荒な真似はしない。我らは交渉材料が欲しいだけだ。さぁ投降しろ。傷つきたくないならわかっているだろ」
「それが人質って野蛮過ぎない? 何が正常だ。狂ってやがる」
「狂っているのはどっちだ。人の理を外す愚かな者よ」
男が動く前に、シイナが私を抱えていない方の手、左手を横に振った。
ただ振っただけだ。
直前まで話していた人が、吹っ飛んでいった。
「……は?」
目の前のことが信じられなかった。
触れずに、向かってきた男が10メートルほど遠くに飛ばされて、地面に転がっていた。
なんだこれは、魔法? 超能力? 何が起きている?
現実に起きていることが信じられない。
「おのれーーー化け物!!」
大声をあげ、男が走って向かってくる。
も、鈍い音をして、その場に倒れた。
まるで壁にぶつかったかのように、何もないところで、急に行く手を阻まれ、激突した。意味がわからない。
「あと一人は……懸命だ」
残りの一人は敵わないと思ったのか、向かってこず、距離をとって連絡をとっている。
も、持っていた携帯が吹き飛んだ。
さっきから起こっている現象に、頭が追いつかない。
ここはどこだ? 夢? 拡張現実?
説明してくれるシンクはいなくて、自分の頬をつねっても痛いだけだ。
「あー人が増えちゃ面倒だ。ごめんサササ、予定変更。急いでマクハリに戻るよ。いいね?」
私の答えを聞く前に、私を抱えたままシイナは走り出す。目指すはマクハリに向かう電車だろう。駅へ向かっていった。
後方を確認するも、男たちは追ってこない。
わけがわからないが、気持ちは少しだけ落ち着いた。
そして、抱っこされたまま、私は彼女に質問した。
「シイナ、あなたって何者なの?」
「私は正義の味方っぽいものだよ」
私を覗き込んだ彼女が、今日一番の笑顔を私に向けた。
また一つ、疑問が増えたのであった。
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