第2話 君に触れたら⑤

 母親探しの大冒険、

 

 のつもりだったが案内所に行き、そこで困惑している母親を発見。すぐに冒険は終了したのであった。


 気づいたら昼の時間もとうに過ぎていたので、遅めの昼ご飯だ。


「おいしっ……! おいしいよ、シイナ」


 まぐろカツカレーだけにとどまらず、横にはハワイアンパンケーキも注文済みだ。朝はあまり食べられなかったので、ここぞとばかりに贅沢をしている。


「びっくりだよ。外の世界のご飯がこんなに美味しいなんて……!」

「いちいち、マクハリの外を見下しているように聞こえるんだよな……」


 頬張ったまま、呆れたように彼女が答える。シイナはエビが入っているホットサンドを頼んだみたいだ。


「そんなことない、外の世界を知らなかっただけで」

「外って言っちゃう時点であれ。サササは言動に気を付けなよ、見てて危なっかしい」


 世間知らずで、井の中の蛙だったことは認める。でも、何も知らないわけではない。むしろマクハリの外の人より倍の時間を生き、倍の知識を持っている。

 けど、時間の長い世界だからってマクハリが全てにおいて優れているわけではない。シンクライの管理下に置かれているので、実際に贅沢をすることは限られてしまうのだ。


「そういえば、さっきの子のお母さん、すぐに見つかってよかったね」

「サササが最初に腕を掴まれていた時はびっくりしたよ。隠し子がいたのかって」

「いるわけないけどね」


 子供のお母さんにお礼で、水族館で使える食事のクーポンを貰い、すぐに使っているというわけだ。美味しいご飯を食べられたのは、迷子の子のために動いた成果だ。


「……シイナってすごいね」

「どこが?」

「すぐ動けるところ」


 私だったら、咄嗟に動けない。

 泣いている赤ちゃんがいても、迷子になった子供がいても、すぐに手を差し伸べられない。考えてしまうのだ。考えて、迷って、ためらって、行動にできない。

 けど、目の前の彼女は違う。


「時間の無駄と思ったでしょ。赤ちゃんをあやすのも、人助けも」

「無駄じゃない。すごいって感心したよ。私じゃできないことだ。眩しかったよ」

「褒めすぎだって」


 時間の無駄なんかじゃない。

 シイナは誰にでも優しくて、特に子供に親切で、行動にすぐ移せる人間だ。

 私と違って生き生きとしている。そして困難にあっても、刹那を真剣に、全力で楽しもうとしている。

 だから、


「私も見習わないと、いけないなって」


 口元に寄せようとしたカップを机に置き、シイナは苦笑いした。


「らしくないね、サササ。私をそう思うなんて」

「……らしさって、なんだろうね」


 わからないよ、と彼女は今度は笑顔を浮かべた。

 わからないから、難しい。

 けど、今はわからなくていいのかもしれない。

 彼女といて、彼女に影響されて私の生き方も、考えも変わっていく。そういうもので、私たちは、


「マクハリを許すなー」


 急な大声が聞こえ、思わず立ち上がった。

 公園の周りに人だかりができている。距離は遠いが、プラカードを持った人たちがいるのが見える。拡声器を使い、人々へ訴える。


「シンクライは格差を助長するものだー」

「時間の平等を取り戻せ!!」

「人の理を乱すなー!」

「正義を語るなー! 人間としての生き方を全うしろー!」


 デート気分、せっかくの温かい気持ちが台無しだ。

 こんなところで、子供たちのいる場所で抗議活動をするなんて、どういうつもりなんだ。


「なんなの、あのうるさい人たち」


 憤る私をよそに、シイナは冷静に答えた。


「やっぱり、シンクライはよく思われていないんだよ。使える人間と、使えない人間で差は生まれる。不平等だと思うのは当然だよ」


 でも、それはシンクライだけのせいじゃない。

 以前から不平等は存在した。時間だけ、シンクライだけが特別じゃない。


「平等って何だろう。完全に人間が平等なことはありえない。環境、遺伝子、出逢い、偶然と境遇と努力が影響しあって、人は変わっていける。仮に時間が平等だとしても、同じにはなりえない」


 同じ場所に立っていたって、同じ時間を過ごしたって、人は違う考えを持つ。同じには育たない。才が人によって違う。適性が人によって異なる。考え方は人それぞれで、影響するかどうかはその人次第だ。

 同じなら、人はいらない。シンクだけいればいい。


「……やっぱり、カズサは研究者向きだよ。マクハリで博士になれる人だ」


 「……嫌味?」と返すと、素直に褒めているんだよと彼女は返した。



 × × ×

 

「うわっ、どんどんあがっていく。高い、高すぎだよ!」

「そんなに? 実は高所恐怖症なの、シイナは?」


 嫌な気持ちのまま帰るのは嫌だったので、デートの最後は観覧車に乗ることにしたのだ。


「カズサは怖くないの?」

「私の家の高さより低いから」

「……そういうところだぞ、サササ」


 シイナの返しにも慣れた。じっと睨む顔も、子供に無邪気に笑う顔も、水族館で私に呆れる顔も、服をどんどん着せようとする元気な顔も、どの姿も眩しい。

 外はオレンジ色に移ろい、彼女の横顔を染めていた。


「どうだった? 今日のデートは」

「色々と知れて、勉強になった」

「もっと嬉しい、楽しいって感想が出てこないわけ?」

「……いいじゃん」

「シンクライ無しで活動してどうだった?」

「……楽しかったよ。シンクライありなし関係なしに、面白かった」


 シンクの手助けなしに、拡張時間の便利さなしに、時間を有意義に過ごせた。それは、どこにいたって変わらない。


「どこでも変わらず、人が生きている。なんか、私はちっぽけな狭い世界の中で、必死に生き急いでいたんだなって」


 それが悪いわけではない。むしろ、マクハリでは時間をともかく自分のために使うことが意味あることだ。

 でも、自分のため、がわかっていなかった。

 ――私は自分のために、彼女といる時間をつくりたい。

 どんな長い時間より、彼女は私に影響を与える。


「でも、サササはまだシンクライをやめようとはしない。シンクライが大好きなんだね」

「大好き……っていうとあれだけど、止めないよ」


 使い方は考える必要があるだろう。けど、有効的に使っていけば、良いだけだ。批判する人間も目の当たりしたが、私の考えは変わらない。

 彼女に誇れる私になりたい。そのために、シンクライを活用していく。


「私はこれからも、シンクライの世界で、マクハリで生きていくよ」

「シンクライで、死ぬかもしれないのに?」


 死、ぬ……?

 いきなり雷に打たれたような衝撃を覚えた。


「あれ? カズサがそう言ったんだよね」


 私が、言った?

 あれ、なんでだ。思い出す。

 忘れていた。いや、何で忘れたいたんだ。


 ――シンクライで死ぬような体験。


 いつから忘れていた?

 私は、シンクライでありえない経験をした。

 

 死の、同期。

 中途半端に終わったからこうして生きているが、恐怖は残っていたはずだ。

 次の日、病院に行き、原因がわからず、さらにシンクライの研究機関への案内を書いてもらったはずだ。

 なのに、どうしてか感覚が抜けている。案内された機関に行っていない。私の頭から抜け落ちているのか。

 いや、抜け落ちていないんだ。だって、現に今、思い出している。


 撃たれた恐怖。腕の激痛。闇から落ちた恐怖。


 なのに、極限まで薄れていた。忘れてはいない。頭の片隅にしまい込んで、すぐに思い出せはした。

 そもそもだ。シンクライで恐怖体験をしたはずなのに、平気でシイナと時間共有をして、そのあともシンクライを使用していた。拡張時間を疑わずに活用していた。

 まるで、何事もなかったかのように私はに戻っていたんだ。


 シイナに出会って、なんで死の恐怖を忘れていたのか。同期されたのではないのか? おかしい。なんだ、この違和感だらけの状況は。

 

 シイナがおもむろに立ち上がり、ぽつりとつぶやいた。


「あっ、気づかれた」


 何に? と考える前に、観覧車が大きく揺れた。

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